第11話 推理はともかく滅茶苦茶驚きました

 吾輩は何を考えているか分からない留学王女ちゃんをしばらく眺める。

 だが、直ぐに飽きた。苦手なのだ。分からないなら分かるようにしようではないか。そもそも、吾輩は容疑が正しいのか確認しに来たのだった。


 では早速!


「君が吸血鬼ってのはこの紙に書いてあるけれど、具体的に何ができるの? それ次第でいろいろ変わるんだよね!」


 吸血鬼の能力は個体差が大きい。犠牲者と吾輩と留学王女ちゃんを合わせれば、ここまでで合計32人の吸血鬼が登場した計算になるが……


 吸血鬼は結構戦闘向きだ。夜目は効くし、耳もいいし、身体能力も全魔族中で上位だ。おまけに、心臓以外は致命傷にならないしね。


 吸血鬼である吾輩、バフォメットの騎士団長くんには負け散らかしたけれど、彼は本当の戦争機械だ。比較対象が悪いということで一つよろしく! 吾輩はポンコツ吸血鬼に過ぎないのだ!


 30人も吸血鬼がいたならば、絶対に吾輩よりも強い人物がいたはずなのである。暗殺対象としては少々ハードルが高いと言わざるを得ないのである。


 少なくとも、耳の良いデュラハンで埋め尽くされた魔王城で「したいなぁ。暗殺したいなぁ」と考えたときに、対象として相応しい種族とはいい難いのだ。他の種族でも良いじゃないか。


 余程の強者でなくては、吸血鬼の暗殺なんてできない。

 全員夜に! しかも30日連続で30人と来たもんだ!!

 それなりのトリックがなければ不可能なのだ!!


 でも、この俯きがちな留学王女ちゃんも吸血鬼なのだった。

 もしかしたら、真の強者なのかもしれない。角が大きいしね。

 だからこその質問なのであった。


「お見せしましょう」


 留学王女ちゃんは長い銀髪をなびかせながら立ち上がった。懐から薄型水筒スキットルを取り出しておもむろに飲み始める。吾輩の鼻に甘美な香ばしい匂いが届いた。


 唇に残った液体を留学王女ちゃんは拭った。

 口元に少しだけ赤が残る。


 血だ。薄型水筒の中身は血なのだった。

 吸血鬼が懐に忍ばせるものとしてはまったく意外ではない。


 そして、留学幼女ちゃんの全身から魔力が膨れ上がった。

 ここまで全く説明せずに来たが、吸血鬼は血を飲んで強大な力を手に入れるのだ。

 常識の範疇だから、かまわないよね?


「まずひとつ目、身体強化です」


 そう言って彼女は、ゆっくりと小指でテーブルに触れた。かと思うと、鉄製のそれは鈍い音を立てて一瞬でひしゃげた。破片が勢いよく飛び散って、いくつかが吾輩に突き刺さる。


 痛いね!


 付け加えると、上に載っていた茶器は吾輩がすべて受け止めました。備品に気をつけろと次席執事ちゃんに言われたことを思い出したのでした。


「なるほどね~」


 吸血鬼なら誰でも使える力だが…… ともかく、大した強化っぷりなのは確かだった。手の小指ってのは二番目に力が込めづらいからね。ちなみに一番は足の小指だ。


「それで、ふたつ目ですが」


 突如留学王女ちゃんの姿が捻じれ、その直後白猫と化した。

 椅子の上で丸くなっている。


「かわいい……」


 吾輩は感想を漏らした。

 留学王女ちゃんは直ぐに姿を戻す。頬は赤くないが--吸血鬼だからね、血の巡り方は生物と異なる--少し照れているように見えた。


 うん。こちらの姿も可愛らしいね!


「見てのとおり、変化ができます。空間的な制約がありましたのでやりませんでしたが、ドラゴンにもなれます。当然蝙蝠もいけます」


「な、なるほどね~」


 変化も吸血鬼ならだいたいできる力であるが、ほとんどの者は親和性の高い蝙蝠にしかなれないのだ。しかもドラゴンと来たか。凄すぎる。なかなか聞いたことないぞ……


「そして、みっつ目ですが」


 彼女は影に潜った。

 そして吾輩の背後に出現する。


影潜りシャドウランができます。ちなみに距離は100リーグいけます」


「は~~~!! なるほどね~!!!!」


 影潜りとは、名前のとおり影に潜って高速で移動する技である。身体強化と変化は他の魔族でもできるが、影潜りは吸血鬼しか出来ないレア技だった。しかし、吸血鬼でも強力な個体しか出来ないムズ技でもあった。


 しかも、何? 100リーグ?

 地平線の向こうまで行けるってことじゃないか……

 たまげたよ。


「で、この3つ以外にも色々ありまして、全部で9の力が発現します」


 は、はぇ~!

 血を飲んで発動する能力が9!!

 信じられない! 何百歳の吸血鬼でもそこまではなかなかいないぞ!?


「なるほどなるほど! 留学王女ちゃん、何歳だっけ?」


「見た目は13歳です」


「若いね。でも、吸血鬼に見た目は関係ないでしょ。吾輩だって外見どおりの年齢じゃないし」


「2年前吸血鬼になりました。実年齢は15歳です」


「なるほどなるほどなるほどねぇ~!!」


 マジで!? 15歳でこんなにあれこれできるの!?

 この留学王女ちゃん、神童だ!!

 吾輩が15歳の頃、これほどの力を…… 

 うーん、忘れたから比較はできないな。どうだったかな。


 と、不意に扉が叩かれた。留学王女ちゃんがどうぞと返事をすると、デュラハン数体とメイドが入ってくる。メイドが言った。


「恐れながら、閣下。そろそろ家庭教師が来る時間でございます。授業の準備をせねばなりません」


 そうか。家庭教師くんは大学の授業を終えてから家庭教師の仕事をしているんだな。

 いやいや、そろそろ夕方だというのに立派だ。


「偉いねぇ、留学王女ちゃんは」


「吸血鬼は夜型ですよ」


「それはそう! でも勉強するのはいつでも偉いからね! 吾輩は勉強できないから尊敬するよ!」


「……はぁ、そうですか」


「ねぇ! 最後にひとつだけ聞いてもいいかな!?」


「どうぞ」


「なんでこの国に来たのかな? 資料では『戦争を始めないための人質』って書いてあったけど」


「随分正直に書いてあるんですね。そして正直に伝えるんですね」


 吾輩の取り柄は正直くらいのものなのだ!


「それで、どうなの?」


「吸血鬼を殺しまくって戦争の火種になるために来ました」


「そうなの!?」


「冗談です」


「ハッハッハ! 今度はよく理解できたよ!! 留学王女ちゃんは冗談が上手いねぇ!! 勉強頑張ってね!」


 吾輩は笑った。お茶をありがとう、美味しかったよ。と言って、直ぐに退室する。帰宅する前に立ち寄るべき場所を思いついたのだった。 

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