46 託して

「そいつに近寄るな! 本田君っ」

 本田繋の脚は力角拓也の警告に止まった。

 呆然と彼を見る。

 力角の絶叫なんて聞いたこともなかった。

 だが微かに、一瞬それは遅かった。

 アンデレの姿が茶褐色の肌のエルフに急に変化し、剣を抜いて襲いかかってきた。

 本田は反射的に剣の柄に手を伸ばした。すべてがスローモーションになる中、アンデレの右肩が傷ついていると本田は見抜いた。

 ……こいつが、徳川を。

 本田のプレートメイルの腹部を、アンデレの剣が易々貫いた。

「本田!」白夜が叫ばなければ、本田の意識は途絶えていたろう。だが彼は仲間の声を頼りに、辛うじてそれを保つ。

「くくく、さすが魔法により力を与えられた剣。人間の作る鉄鎧など紙同然だ」

「お前は何だ! アンデレ」

 アンデレは本田を剣にぶら下げながらにこやかに答えた。 

「ダークエルフ、と名乗ってあなた方等判るでしょうか? ともかくこの男は我が同胞の仇、それを討ちました」

 本田は密かに歯がみする。

 考えたら、彼等より後に出たアンデレがその前にいるなど普通の方法ではあり得ないのだ。

 カティアの名を出されて、誰よりも研いできた集中力を切らしてしまった。

 ……なんたる未熟……。

 口から血を吐きながら、本田の目はまだ輝く。

 ……カティア。

 彼女は本田が始めて強く思い、抱きしめ合った女だった。彼女が笑い、むくれ、ベッドの中で上り詰めていき鳴く……全てがどうしようもなく本田の心を掴んだ。

 そのきめ細やかな肌の暖かさも、その熱い息の匂いも、何もかも彼を惹きつけた。

 しかし結ばれない運命、とベッドの中で抱き合いながら彼女自身により説明されていた。 カティアは王族、いずれ誰かに政治の駒として嫁ぐ。自分は異世界に帰る。

 二人の逢瀬はそれによって逆に激しく燃えた。

 本田の脳裏にカティアの可憐な姿、ガルベシアへと向かう前に見せた涙の煌めきがよぎる。

「何故だ、何故我々の邪魔をする? どうしてここにいれる?」

 奥歯をならし問う白夜に、アンデレは白い歯をむき出す。

「ガルベシアの封印について我等が知らぬと思うたか? 太古から伝われる伝説曰く『ガルベシアの封印を解いた者に世界が手に入る』と……我等が貴様等のような下等な猿にそれを与える訳が無かろう。……あの雨には参ったが、幸運なことに私には強力な魔力が宿ったローブがあるのだ」

 アンデレの嘲弄は続く。

「ここで貴様等を殺したら次はエルスだ。あの汚らしい女とその子供を一人残らず引き裂いてやろう」

「それは無理だな!」

 本田は最後の力を振り絞り剣を抜き、勝手に彼が死んだものと思いこんでいるアンデレの顔をなぎ払った。

「うおっ」しかしアンデレは間一髪で剣を放し、本田の攻撃から身を引く。

 本田の魂を込めたブロードソードの一撃は、残念なことに敵の頬を深く切り裂くのが精々だ。

 が、アンデレはそれで膝を突く。

「あああ、私の美しい顔が、ああああああっ!」

 ふ、と本田は仕方なくそれで満足し、幼いころから剣道の道場で師範に言われ続けた言葉を放つ。

「汝、残心を知れ」

「くっ、この猿どもめがっ!」

 両手で顔を押さえながらアンデレは跳んだ。その跳躍力は凄まじく、たった一歩で森に届き、その後消える。

 誰も邪悪なエルフを追うことが出来なかった。

 ……カティア……。

 本田繋は自ら血に溜まりに倒れた。

「本田! 本田!」

 白夜が必死の形相で、彼の体を揺すった。

「すぐ治してやる! 早くヒールを!」

 しかし本田の傷は深すぎた。彼に横に屈み治癒を唱えていた青藍が、ややあって首を振る。治癒の魔法も死に瀕する者は救えないようだ。

「……そんな……すまん……何がリーダーだ! 僕は……」

「違う」本田は自責に取り乱す白夜を制した。

「あれは俺がミスったたけだ、お前の言うことを聞かなかった。俺のせいだ」

「でも」

「……なら、そう思うなら白夜、頼みが、ある……カティアを救ってくれ」

「判った、約束する僕はカティア姫を絶対に守る」

「たの、む」

 本田繋は目をつむった。色々心残りはあるが、大丈夫だ心配ない、と彼は確信していた。

 信頼できる仲間達に任せたのだ。

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