36 朱なる深紅

 深紅が密かに決意した時、オーガー達が不意に左右に分かれた。

「いかん!」

 その間にはクロスボウを構えたゴブリン達がいた。

「源、北条、よけろ!」

 深紅は前進して二人を庇うために腕を広げた。

 熱い熱が体中から上がる。さすがのプレートメイルもクロスボウには弱いらしい。

「平君!」

 青藍が悲鳴を上げた。

 平深紅の体には何本もの矢が刺さり、そこから血が溢れていた。

「下がれ二人とも」

 好機と見たのか、オーガーが突進してくる。

 もう橋を落とすしかなかった。だから二人をまず避難させる。

「でも!」

「行け北条! 俺が時間を稼ぐ!」

 深紅は怒鳴った。彼は怒っていた。いつからだったか戦いに対すると浮かぶその感情に、完全に支配されていた。

 怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、怒れ。

 スライムに溶かされた野々村。キャリオン・クローラーに喰われた笹野。サイクロプスに潰された木村。ゴブリン射殺された嶋。

 怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、みんなを思い怒れ。

 怒りの化身となった深紅の口辺に何故か歓喜の笑みがこぼれた。

「殺してやるっ!」

 彼はオーガーの列に突撃した。滅茶苦茶にロングソードを振り、オーガーもゴブリンもワージャッカルも切り刻む。

 当然、反撃があり彼の体も深く傷ついたが、もはや痛みなど感じなかった。どうでもよかった。

 怒れ、怒れ、怒れ、怒れ、怒れ!

 ただ内なる声のまま暴れ狂う。

「平!」「平君!」

 背後から白夜と青嵐が飛びつき、暴れる彼を力で引っ張り橋の向こうにまで後退した。

 だが深紅の目にはまだ接近してくるオーガーが写っている。

「離せ!」

 深紅は白夜と青嵐をふりほどくと、吊り橋に一歩踏みだし、それを支えるロープを切った。

 視界が不意に歪み、木の板が跳ねるように持ち上がる。土埃が激しく舞い、轟音が鳴り響き、平深紅はゆっくりと落下していった。

 橋の遙か下には速い流れの川がある。

 深紅はそれを見下ろしていた。

 オーガーやゴブリン、ワージャガー達が雨のように落下し流されていく。だが彼はまだ落ちていない。

 見あげると深紅の腕を必死に掴む二人がいた。

 源白夜と北条青藍。

 白夜は顔を真っ赤にして歯を食いしばり、青藍は青ざめて泣いていた。彼等は崖から身を乗り出していて、ぱらぱらと土が滑り落ちていく。

 鉄の鎧を着ている深紅は二人ががかりでも相当重いはずだ。このままではただ犠牲者が三人になるだけ……。

「死なないで……」

 青藍は顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。

 ふふ、とどうしてか深紅は笑う。温もりに笑いかける。

「……俺の人生はつまらないが……お前達との旅はおもしろかった」

 深紅は最後の力で共に落ちかけている二人の手を振り払うと、微笑みながら落下していった。

 長い時間をかけ急流に落ちる。

 だが不思議と悲しみも恐怖もなかった。

 ……みんな、元の世界に戻れよ……

 それが平深紅の最後の願いだ。

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