21 勝利

 エルヴィデス城の戦いはまさに奇跡が起こって人間軍が逆転した。

 突如炎の球が振り巨人をなぎ倒し、突如巨人達が味方になり、突如地震で起きた地割れが残った怪物を飲みこんでいった。

 ……そんな馬鹿な。

 徳川准は出来すぎの事態に笑ってしまう。しかも地割れの跡は怪物がいなくなるとぴたりと組み合わさり、もう痕跡もないのだ。

 ……いったい何が?

 徳川准はそのまま事態を考え……られなかった。

 それよりも重要な問題がある。

 仲間達だ。

 結局彼等の浅はかな策は突端で崩壊し、後は目も当てられない乱戦となった。

 魔法使い達は声をからして呪文を唱え、戦士達は傷だらけになりながら敵ととっくみあいになり、レンジャーも弓を失った後は短剣で応戦した。

 准達聖職者もメイスを手に戦いに加わり、結果として三年四組はほぼ全員大なり小なり負傷していた。

「ううう」と背中をモーニングスターの棘で裂かれた立花の傍らで膝を突き、癒しの魔法を唱えていると、馬のいななきが聞こえた。

 振り返ると戦場を疾駆していた銀の全身鎧の人物が馬上から見ていた。

「……加勢感謝する!」

 准は馬上の騎士が女性だったと気付いた。

 彼女は鉄の兜のバイザーを上げる。整ってはいるが精悍な素顔があった。

「ど、どうも……」

 准は萎縮してしまう。化粧気はないが身に纏うぴかぴかのプレートメイルとこちらを射るような目の鋭さで偉い人だと直感したのだ。  

「わたくしはこの城の城主にして、エルス王国の女王シャーニナ、そなた等は? その顔つき……東のエルジア人か?」

 女王! 准はぶっ倒れかけたが、何とか耐え答える。

「ええと僕等は港区羽場中学校三年四組の生徒で、日本人です、ぼ、僕は徳川准です」

「うん?」女王シャーニナが眉を寄せる。

 意味が通じなかったのだろう。

「部下達の話によると、そなたらは異端の術を使ったそうだが如何?」

「異端?」

 シャーニナは厳しい表情を変えない。

「魔法だ」

「ああ」と准は顔を輝かせた。

「確かに、うちには優秀な魔法使いがいますから」

「異端だとっ」

 いつの間にか女王の周りに集まってきていた騎士達がざわめく。

「騒ぐな、ラスタルも魔道に通じておる」

 准はシャーニナの言葉に聞き逃してはならない名を聞いた。

「ラスタル! 賢者ラスタル、僕等はその人に会いに来たんです」

「なるほど」とシャーニナは戦場を見渡し呟く。

「それでその寡兵で突入したのか……」

 准はうっと喉を鳴らした。どうやら彼等の無謀な参戦は女王の監視の元にあったらしい。「ふ」と不意にシャーニナが相好を崩した。

「異端の術を使うとしても浅慮がすぎたぞ。まあ我が国には行幸だったがな、子供の傭兵団は」

「ふふふ」「くくくく」辺りの騎士達が笑い出す。しかしそれは准達を小馬鹿にしてのではなく、本当に国が助かった安堵からの笑いだと彼は感じた。

「シャーニナ様」

 不意に女王の馬に一頭の馬が近づいた。

「どうした?」

「カティア様が」

「カティアが? どうかしたのか?」

 今までの雰囲気が消え、突如ガラス張りのように場が緊張する。

「いえ、ご無事です。ただ異国のホンダとか言う戦士に助けられたようで、戦士は重傷です」

 シャーニナは准に向き直る。

「それはそちらの仲間か?」

「はい」とじゅんは胸を張った。

 ……やるじゅないか本田!

「ふう」シャーニナは息を吐く。

「ならばそなたらはこの国の恩人だな、カティアが捕らわれていたら城は落ちていた」

 その頃には准の元へ三年四組の仲間が集まってきていたから、シャーニナは皆を見回した。

「その前に手伝って欲しいことがある、町に入った敵を一掃したいのだ。手伝ってくれるか?」

「……俺も条件がある」

 切り傷だらけの深紅が、周囲の騎士の反応を無視し折れたショートソードを彼女に見せた。

「武器を貸してくれ」

「ふ、はははは」シャーニナは愉快そうに笑い、「誰か彼等に武器を、上等な物をな」と言い残して馬首を巡らし城の隣の町へと走り去った。

 エルヴィデスの町の損害はそれ程ではなかった。何より人々が手近な物を武器に怪物達と戦ったのだ。

 三年四組の生徒達は新たな武器と防具を与えられ勇躍したが、出番はそんなになかった。

 日が傾くころには、もうエルヴィデスから混沌の気配は消えていた。

 徳川准は人々の顔に笑顔が戻り始めた事を見、ようやく一息ついた。

 ……全く持って無謀な行動だった、後でみんなに注意しよう。 

 一人憤慨しながら決意し、一際高く豪勢なエルジェナの聖堂の階段に腰を下ろしていると、背後から呼ばれる。

 若い騎士だ。

「シャーニナ陛下がお呼びです」

 騎士は何か彼等について英雄的なデマでも聞いたのだろう、顔を紅潮させて直立している。

「判りました」准は彼に誤解されるのを面はゆく感じながらその背に続き、エルヴィデス城内へ入った。

 城はかなり被害を負っているようだが、皆の顔は明るく活力が伝わってくる。

 戦争に勝利した高揚感が、彼等の力になっているのだろう。

「冬までには直さねばならぬぞ」

 親方らしい壮年男性が叫ぶが、それは無理だろ、と密かに准はこき使われる若者達に同情した。

 准が若い騎士に伴われて着いたのは城の天守にある大広間だった。

 壁にはタペストリーが飾ってあり、正面に一段高い飾りつけられた椅子が置かれ、シャーニナが座っている。

 恐らく玉座という奴だろう。

 准が入ってると居心地悪そうな小西歌と目が合う。

 そこにはもう三年四組の生徒が勢揃いしていた。本田も聖職者に怪我を治されたのだろう、ぼうっとした表情ながら顔を並べている。

「よく来たな、若者達よ」

 まだ甲冑姿のシャーニナが歓迎の言葉を口にする。

 彼女の隣には、茶色い髪の美しい少女がいる。彼女が本田が命を賭けて助けたカティアなのだろう。

 そのカティアは正面を向いているフリをしているが、ちらちらと瞳が本田へと動いていた。

「そなたらは賢者ラスタルを訊ねてきたそうだな」

「はい」と不作法にも数人が頷く。

「ラスタルは東の城コンディーヌの城代に任命した、こちらの急を聞きつけ駆けつけるとしてもしばらくはかかる」

「はあっ」今度は誰が不作法物かを准は突き止めた。ため息を吐いたのは立花僚だ。

「そなたらは旅をしているようだが、急ぐのか?」

「いえ、ラスタル様にお会いすることが目的だったので」

 准は立花が口を開く前に答えた。

「そうか、ならばこの地でしばし休んでいくがいい、そなたらはカティアと国の恩人なのだからな」

 三年四組の面々の反応は微妙だ。本来ならば城での滞在など破格なのだろうが、彼等は

城と言う物が居住に適していないともう気付いているのだ。

「くさーい」と先程入城と同時に文句を張り上げたのは勿論らららだった。

「ふふふ」と彼等の内心を見抜いたのか、シャーニナ女王は愉快そうに笑う。

「ここで過ごすのではない、町にある王宮だ」

 皆の顔がぱっと明るくなる。

「私もそなたらの話を聞きたいからな」

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