11 城塞都市

「うわー、マジすっげー」

 らららはオルデナを見回し明るくはしゃいで見せた。

 徳川准はそれが仲間を失った皆の為の演技だと見抜いたが、口辺を綻ばせた。 

 オルデナは石で作られた町だった。

 地面には石畳みが敷かれてあり、商店のほとんどは石の家の店先に商品を並べていた。そしてその地区の天井はアーチ状の屋根が造られ、広場には噴水もあり、地母神エルジェナの教会はカノスにあったそれの倍の高さがある。

 まさに都会だった。

「ねー、どうしよ? どうする? 何をする?」

 らららは人の多さにも興奮して、准に詰め寄った。

「そうだな……」だが彼はすぐに現実を思い出す。

 もうそれほどお金はなかった。黒咲達に半分渡したのもあるが、何も知らぬ彼等はまずカノスの町で遣いすぎたのだ。

 准は広場の噴水を指すと、皆を見回した。

「しばらく自由行動だ。めぼしい物があったら買うことにする」

「マジ神ー!」

 らららは跳ねると、大谷環や朝倉菜々美を伴って飛んでいった。

「何が欲しいたまっち」

「たまっち呼ぶな」

「朝倉は?」

「私は……」

 と高い声が聞こえなくなっていく。

「あいつらは元気だな」 

 深紅が呆れたように呟いた。

「いいさ、そのほうがいい」

 准は表情を引き締めると、残りの生徒達に振り返る。

「君達も自由に町を回ってくれ、だけど考えて欲しい、これ以上仲間を減らさないために何が必要か」

 北条青藍や明智明日香、細川朧は頷くと、商店の方へと歩いていく。

「てかさー」

 見送る准に、成田がべったり寄りかかる。

「俺、腹が減ったんだけどー」

「あっ」准は自分がまた失敗したと悟った。

 ここまで来るのに野宿続きで、ろくな食べ物も口にしていなかったのだ。

 最初に向かう場所は食べ物のある場所にすべきだった。

 空を仰ぐと、太陽はまだ中天にはなかった。

「わかった、お昼は豪勢に食べよう」

「やたー」成田は万歳するが、小早川は疑わしげだ。

「この世界にそんな美味い食べ物あんのかよ」

 思わず微笑を浮かべる准だが、ふと今まであれだけ元気だった嶋亘が俯いているのを目にした。

「どうした? 嶋」

 だが彼は問われると、無理に笑顔を作り、拳を振り上げる。

「何でもないよ! 僕達は選ばれし者だからね」

「おーいっ」

 徳川准は思わず耳を疑う。

 たった今出かけた小西歌達が全速力で駆け戻ってきたのだ。

「どうした、ららら」

 だがらららは真っ赤な顔で准の前で体を折りしばし呼吸を整えると、彼の肩をがしりと掴む。

「ららら達、とんでもないものをみつけたっ! 神降臨!」

 准は彼女の迫力に仰け反る。

「な、何を?」

 らららの目がびかっと光った。

「この街、お風呂ある!」

「え?」

 遅れて着いた朝倉菜々美と大谷環が息を弾ませて補足する。

「公衆浴場です、この街には公衆浴場がありました」 

「なんですって!」

 叫んだのは真田亜由美子だ。

「浴場、お風呂……これは夢?」

「へー」白夜は感心する。

「そんなもんあんだねえ」

「源、あんたそんなんだから冴えないんだよっ」

 らららが突如暴言を吐く。

「お風呂。それはららら達の否、女子達の夢、それにきづけっつーの!」

「わかったわかった」

 准は燃え上がりそうならららにたじろぐ。

「後でみんなで行ってみよう、それでいいだろ」

「うわーい!」

 らららが、朝倉が、大谷が、真田が空に向かって絶叫した。

 それでなくとも人通りの多い町だ、突然奇声を上げた少女達に視線が集まる。

 しかし側にいる准が聖職者の証しのメダリオンをしているので、誰もが哀れな者を見る目を彼女らに向けた。

 ……そうなんです、この子達は少し可哀相なんです。

 注目に怯んでいた准は内心抗弁した。


 太陽が中天に届いたころ、三年四組の生徒達は酒場に集まっていた。

 食事のためだ。

 本当なら食堂のような場所を探したかったが、この世界にはまだないらしく仕方なくアルコールも扱う店にした。

 宿命として、周囲は酔漢ばかりだ。昼間から飲んだくれているような大人連中だ。

 なのに皆の機嫌はよかった。

 何だかんだで、三年四組はしばらくぶりに風呂に入った。

 お湯が汚い、とか石けんが臭いとか色々ぶつくさ垂れるらららがいたが、風呂上がりになると彼女の機嫌は天上まで上がっていた。

 その後の食事である。小西歌は天国に達した表情をしていた。

 密かに准は苦労していた。

 何と言っても十九人だ。受け入れる店はなかなか見つからなかった。

 こうなったら数人ずつ分けようか、と考え出した所で、気のいい主人の店に巡り会えた。 勿論、この街最大の酒場で、二回には宿屋もある。流石に十九人を止められる部屋はないらしいが。

 ……どうしたものか。

 元気いっぱいのらららや成田を前にしながら、准のリーダーとしての悩みは尽きなかった。

「で、何かめぼしい物は見つかったか?」 

 准は肉料理の大皿を注文した後、皆に尋ねた。

「……香水」らららが目を伏せながらぽつりと呟く。勿論スルーだ。

「まず、キャンプね、野宿が続くでしょうから。それにマシな保存食」

 青藍が顔をしかめたのは、ここまで到る野宿で口にしたパンもどきが酷かったからだろう。

「あと……」

 彼女の顔が赤くなる。

「エレクトラさんに前に聞いていたんだけど……リネンの布」

「ええ? 何に遣うんだいそんな物」

 准の前で女子生徒達は耳まで赤くなる。

「婦人用の……月の……アレ」

 准は意味が分かって慌てた。そう言えばそこまで考えなければならないのだ。

「アレ? アレって何ー? ねーねー何ー?」

 空気ガン無視の成田がしつこく訊ねるが、青藍の肘の一撃をみぞうちに受けて悶絶させられる。

「あと、一ついいかな」

 源白夜が手を挙げた。

「この前の戦いで思い知ったんだけど、僕等には防御力が足りない」

「判るよ、だけどもうみんなに鎧を買うお金はないんだ。盾は邪魔だし」

「そうだ徳川、盾は邪魔だ、だから提案がある、大きな盾を何枚か買おう」

 准は首を捻るが、白夜は自分の考えを皆に伝えた。

「なるほど」と深紅が感心する。

「それは考えたな」

「お前頭いーなぁ」立花が拍手せんばかりに賞賛した。

「お待たせ」

 そこで彼等のテーブルに肉料理が置かれた。牛を焼いた肉料理で小山のように大きい。「あれ? ナイフとフォークは?」

 小早川は皿を配る給仕に尋ねるが、「ナイフはそこです」と皿の傍らにある一本のナイフに指をさされる。

「ええっと」

 皆が困惑すると、給仕は「この田舎者め」との風に肩をすくめ説明する。

「肉を切り分けて皿に載せて食べるんです」

「どうやって?」

「もちろん手づかみで」

「…………」洋食屋の息子・小早川倫太郎は質問の答えに沈黙する。

「ま、まあ……郷に入っては郷に従えと言うし」

 と准は立ち上がり牛肉の塊を切り分けて皿に配る。

 沈黙のまま手で掴み口に運んだ。

 臭かった、ひたすら牛臭くて硬かった。ワイルドな味、と表現すべきか。だが噛むのに歯が持っていれそうになるのはいかがだろう。  

 肉好きの権化力角も手を止め、肉食女子達も二度と口に運ばない。

「もう我慢できないっ!」

 突如、小早川はテーブルを叩いて立ち上がる。

 ずんずん厨房へと向かっていった。

 

 小早川倫太郎が乱入すると、厨房は微かにパニックになった。

「何だお前は? ここは客が入る場所じゃない!」

 しかし小早川はそれらをガン無視して、牛肉を焼いてある石の竈に直行する。

 案の定、下で薪を焚き肉を焼くだけのようだ。

「酒、ワインはあるか?」

「あ、ああ」と料理人が彼に応じてしまったのは、小早川が殺気に満ちていたからだろう。 ワインボトルを受け取った小早川は、深い皿にワインを入れて生の牛肉を入れる。

「何て勿体ないことをするんだ、とっとと出て行け!」

 料理人の罵声を無視した小早川は、抵抗してしばらく時間を稼ぎ肉を取り出し、慎重に竈の上に置かれている鉄のフライパンに乗せる。

「おいお前」と勝手な行動に遂に業を煮やした店の主人が現れ、小早川の腕を掴む。

 小早川はまだ赤身の残る肉をフライパンから取り出すと、主人の前に突き出した。

「喰ってみろ!」

「何だ急に?」

 主人は狼狽したが渋々肉を口にする。

「何だこれ、臭くない、美味いぞ!」

「牛肉は酒で臭みを取るんだ」

 小早川が胸を張る。

「お前……料理人か?」

 主人の質問にゆくゆくはな、と答えた小早川に酒場の主人は咳払いをすると、打って変わってにっこりと頼んだ。

「なあ、どうやらお前は料理のこと詳しそうだな、もっと教えてくれよ」

「わかった」

 小早川は容易く頷くが、「待った!」と様子を見に来た徳川准が止める。

「何だよ」

「ただで教えるわけにはいかない、彼は名のある料理人だからな」

 准が大嘘を吐く。

「金を取るのか? 俺はそんなに無いぞ」

 渋い顔をした酒場の主人に、准は一つ提案をする。

「我々十九人が今夜止まれる場所を提供して欲しい、それだけだ」

「十九人!」

 流石に主人は鼻白み、考え込む。

「あー、そうだなー、俺の持ってる道具用の小屋があるが、さすがに十九人はな」

「その小屋には何人くらい泊まれる?」

「詰めて十人くらいかな」

「四人部屋は二つ開いているか」

「まあそれなら今日は開いてる」

「交渉成立!」

 准は朗々と宣言するが、意味が分からない小早川はポカンと口を開けたままだ。

 徳川准の考えは、酒場の主人の持つ小屋に十一人の男子生徒を詰めて泊まらせ、四人部屋二つに八人の女子生徒を泊まらせる、と言う物だと、後で知らされる。

「んじゃあ、小早川、色々教えてやれ」

 イマイチ意味が分かっていない小早川だが、酒場の主人に牛肉を調理するコツや味付けの仕方、オリーブオイルを使った唐揚げ等を伝授して、主人は熱心それを紙に羽根ペンでメモした。 

 後の話だが、それによりこの店はさらに繁盛することになる。


 見たこともない星空が広がっていた。

 徳川准は広場の噴水の縁に座りそれを眺めつつ、じっと物思いにふけっている。

 選ばれし者、としてこの世界に来てからどれぐらい経ったろう。卒業式にいきなり消えた彼等を親たちは心配しているだろうか。恐らく大事件になっているに違いない。

 一度考え出すと思考は止めどなく回転しだし、考えたくもない谷での惨敗について考えが触れた。

 准の表情が崩れる。

 野々村、木村、笹野……犠牲は大きすぎた。

 そして黒咲達……彼等の信頼を失ったのは准が間違ったからだ。

「……どうして僕はリーダーなんて引き受けたんだろう」

 今更の台詞を呟いてしまう。

「ここにいたのか?」

 不意に声がかけられた。

 源白夜だった。

「ああ……眠れなくて」

「僕もだ徳川、酒場の主人、十人とか行ってたが、ありゃ八人くらいが限度だって、みんなぎゅうぎゅうだ」

 准は穏やかな目で白夜を見つめる。

「なあ源、頼みがあるんだけど」 

「何だよ、いきなり」

「もし僕に何かあったら、次のリーダーは慎重に決めてくれ」

「何だよ何かって、馬鹿なことを言うな! 三年四組のリーダーはずっとお前だ」

「いいや、僕は無能なリーダーだ、犠牲を出し仲間に見捨てられた」

「あれは……あれは仕方なかったんだ、誰がリーダーだったとしても変わらなかったさ」 准はゆるゆると首を振った。

「でもやっぱり僕は駄目な奴さ、犠牲を出したんだから」

「うるさい、もう聞かない僕は寝る」

 白夜は准に背を向けて、その場から足早に去った。

 徳川准は再び星空を見上げる。


 次の日、三年四組一行は前日決めた物資を買い求めていた。

 キャンプ用品にリネンの布、そして恐らくそれでお金が無くなるだろうが大きな盾を幾つか。

 オルデナの町は大きく、人も多く皆はぐれないように必死だが、准はその時のために迷子になったら噴水の広場に集まるように指示をしていた。

「キャンプの為のテントと保存食と」

 准が大分軽くなった通貨の入った袋を両手で持って歩いていると、三年四組は沢山の人が集まっている場面に出くわす。

「何だあれ」

 何と無しに彼等が近づくと、人々が子供に石を投げつけている最悪の光景があった。

「失せろ化け物!」

「この町から出てけ、怪物」

「死にたくないなら消えろ」

 集まった者達は口々に罵声を上げ、ぼろい布を纏った子供に石をぶつけている。

 准に止める暇はなかった。

 その前に真田亜由美子が飛び出したのだ。

「何してんのあんた達! よってたかって子供に何て酷いことを」

 真田は正義感が強い。融通が利かないのが難点だが、弱い者イジメを決して許さない。

 三年四組でも堀や脇坂達のイジりと呼ぶイジメに対し、最後まで犠牲者を庇っていたのは彼女だ。

「何だお前、化け物の仲間か?」

 真田の乱入にも投石は止まなかった。石の一つが彼女の額に辺り、赤い血がつつっと流れる。

「くそっ」と深紅が分け入る。

「おまえ達、つまらないことしてんじゃねー」

 准も深紅に続いた。

「この子が何をしたんだ」

 徳川准が首から提げている地母神のメダリオンに気付き、人々の動きは止まる。

「で、でも司祭様、そいつは悪魔の子なんです」

「何のはなし……」

 准の言葉が途切れる。子供の顔を見たのだ。

 下あごから上に伸びる牙と、豚のような鼻。投石されていた子供はオークに似ていた。

「そいつは人間とオークの子供だ、産まれてはならなかった冒涜の子だ」

 人々は嘲りと憎悪の表情を浮かべる。

「ふざけんな!」

 流れ出る血も拭わず真田が怒鳴る。

「産まれていけない者なんかいない! 冒涜なんて迷信よ! あんた等がしてんのはただの差別と弱い者イジメ。この世で最も醜い行いよ」

 彼女の怒りに准も我に返る。

「そうだ、元より小さい子を多数でいたぶるなんて神もお許しにならないだろう」

 これは当然聖職者としてのクラスを利用した説教だった。

 地母神エルジェナを信仰している人々は、そのエルジェナのメダリオンを持つ者の言葉に顔を強ばらせて、解散していく。

「大丈夫?」

 攻撃する者がいなくなったのを確かめ、真田は子供に話しかけた。

 次の瞬間、深紅の手が子供の細い手を掴む。

「何をする!」

 子供はナイフを真田に突き出すところだった。

「お前、俺を哀れんだなっ」

 少年らしき子供の声に真田は愕然とした表情になる。

「そ、そんなつもりは……」 

「うるさい、同情なんていらない! 俺なんて放っとけばよかったんだ」

 彼は荒んだ目で彼女を睨み、走り去っていった。

 真田は何も答えられず、ただ立ち尽くしていた。


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