青春の笑顔

髙木 春楡

青春の笑顔

 春は、出会いと別れの季節とはよく言ったものだと思う。もちろん、入学や卒業、入社などが春に行われるからという意味なのはわかっている。でも、今の私ほどこの言葉を噛み締めているものはいないのではないだろうか。

 風は少し冷たく、日差しは暖かい。長袖で坂道を登れば少し汗ばんでしまうような春の季節。そんな今からはもう少し前、まだ寒かった3月に彼氏から別れを告げられ、私は別れを経験する。そして、今は今月に入って何度目なのか分からない出会いを繰り返していた。

 寂しさを埋めるために、他の異性に行くなんてありえないでしょ。なんて、夢幻想を追いかけていた私を今では、眩しく思う。そんなものは、現実ではなかった。現実であって欲しいと願っていたのに。

 無料でできるマッチングアプリ。女性は大概のマッチングアプリは無料なのだけど、これは男性も無料だったはずだ。だから、している人が多い。恋人を真剣に求めている人は多分1割にも満たなくて、ここに居るのは自身の欲望を満たしたいだけの人間が多い。私もそんな存在の一人で、寂しさを埋めるために男の人を探している。生まれ持って両親からそこそこに可愛い顔を引き継いでいる私は、出会うのに苦労するということはなかった。メッセージが来てお酒を飲むことが好きなんて書いたプロフィールを見た男の人は、飲みに誘ってくれる。それにホイホイと着いていきただ酒を飲み、その対価に身体を許した。私は、体を許している時、一人じゃないと実感出来た。そこそこに快楽もあるし、行為自体は嫌いじゃない。だけど、大学3年生の私より歳上の30代の人と出会うことが多く、時には見た目に気を使っていない人にも出会ってしまう。それだけが嫌なことだ。だけど、多分そういう人達を二、三人相手した後だろうか慣れてしまった。特になんとも思わない。私の話を聞いてくれて、私の寂しさを埋めてくれるなら、それでいい。お金はいらなかった。パパ活した方が建設的でしょなんて言う子も居そうなものだけど、お金が欲しくてしてるわけじゃない。バイトして稼いだお金で満足している。家族によくしてもらってるから、そう言えるのかもしれないけれど、満足してるのだから、それ以上は望まない。私は、私の傷を舐めてくれる人を探している。

 全ての人が一度きりというわけでもなく、何度か会うような人がいる。その人に惹かれるとかそういう感情ではなく、ただめんどくさくないとか、会ってて楽だからそんな感じの理由。そんな人と三度目に会って行為を終えたあと、彼が煙草に火をつけ携帯を眺めながら、ふと声をかけてきた。

「まこちゃんさ、よかったら被写体とかやってみたい?」

 私のマッチングアプリで使ってる名前を呼ばれ、「こういう感じで、写真撮られるんだけど、ポートレート撮影とも言うけどさ。」と携帯画面を見せられる。そこに写ってるのは、かわいい女の人や美人な人、意外と普通っぽい人もいた。

「最初は無償とかで、名前が売れてきたら有償とかでも出来たりするんだけど、まこちゃん顔いいし撮ってみたさあるんだよね。」

 写真を撮られることにお金が貰えることがあるなんて、モデルさんみたいだなと思った。こんな世界もあるんだなと思いながら、「考えときますね。」とサラッと答えた。

 写真を撮られるのは好きだ。でも、それは恋人から撮られる写真や、二人で撮るツーショット写真のことだった。私の無邪気な笑顔、くしゃっとして盛れてはないけど愛嬌があるようで好きなもの。それと同じようなことを、いいカメラで撮られたら、素敵だろうなと思う。やってみてもいいかななんて思うけど、今の私を写真に残したいとも思えなかった。幸せだった彼との時間ならいい。でも、今の私は、あのころの夢見た少女ではない。


『私の愛は誰にも負けないよ!』彼に告白された時そんな風に言った。重いって言われるから、それでも受け止めてくれるなら、付き合いたいって伝えた。実際、愛することは得意だ。誰にも負けない愛を、ずっと変わらぬ愛を恋人だけに、好きな人だけにあげれると信じていた。今も信じている。

 彼の前では笑顔、辛いことがあれば泣いたりしてしまうけど、彼といるのが楽しかったから、九割は笑顔でいたと思う。毎日好きって伝えて、彼からの連絡を待っていた。バイト中でさえ彼のことを考えるし、講義中はもっと考えていた。私は、愛する人と一緒になれた素敵な少女だと信じて疑わない。夢見る女の子は、その時輝いていた。その証拠がたくさん携帯電話に詰められている。彼に撮られた写真、彼を撮った写真、彼とのツーショット、幸せそうに四季を巡った。ただ、一周しただけで私たちの関係は終わってしまったけれど。

 初めて出来た彼氏なんかではなかったけど、本気で一番好きだと思っていた。好きな人なんてそんなものだとは思うけど、大切な人だった。今でも好きなのかな。吹っ切れているとは思ってる。おじさんとの行為後に元彼氏の写真見せて、笑えるのだから過去になっていると思っていた。でも、忘れられてないのかな。忘れられてないのは、愛しいと思っていた彼のことか、あの楽しかった日々、楽しそうにしている私の可愛さだろうか。

 あの頃に戻りたい。私にとっての清純を輝かしいものを持っていたあの頃に、切実に戻りたいと願う。その私を切り抜いてよ。その私を残してほしいよ。ミュージックビデオに出ているかわいい女の子のように、私もあんな風になりたいなんて、思ってしまう。

 ふとした瞬間に、YouTubeで流れてきたアイドルのミュージックビデオ。楽しそうに笑う5人の少女達。彼女達も私と変わらない、この日本に産まれた女の子だ。聴き入ってしまう音楽に、歌声。そして、彼女達の素敵な笑顔。こんな女の子になりたい。なりたかった。ただ純粋に笑うだけの素敵な女の子になりたかった。私はこんなふうに笑えるだろうか、こんなふうに綺麗だろうか、かわいいだろうか。彼女達の笑顔は、自然でかわいらしい。でも、彼女達のこの笑顔は、作られたものなのかもしれない。それでも、可愛いならいいというのなら、私だってこんな存在になれるのではないだろうか。

 熱愛報道があったアイドルも、清純な顔して笑ってる。それをみて可愛いと思うか、そりゃもちろん思ってしまう。ただ恋をしただけ、それだけで汚れるなんてないよね。私自身もそうだ。ただ、心の穴を埋める為色々な人と会って身体を重ねただけ。それだけで、私が汚れるわけではない。私が、ただ私が許せないと思っただけだ。それだけだ。そんなもの気にしなければいいだけなのに。私の感情は言うことを聞いてくれない。私自身を許せない。もう戻れないかもなんて思ってしまうけれど、それでも私は願っているんだ、綺麗でありたいと清純でありたいと、あの笑顔を取り戻したいと。


 大切な友人と話している時、私を心配してくれる声が私に届きにくくなっていることを感じた。私、どっか遠くに行ってしまっているんだ。身体だけがそこにある。精神はどこか遠くでふわふわと浮かんでいる。私なんかと仲良くしている彼女に申し訳なくなってしまう。彼女とも離れなくちゃいけないのかな。少しだけポジティブになっていたと思った心も、すぐに真っ黒に塗りつぶされる。私のことを好きだと言わないで、汚いものだと扱ってよ。そうされた方が今は楽。心は痛くなっても、その方が楽なんだ。素敵だとか好きだとか、そんな好意的な言葉が私には毒になっている。毒が私の身体をめぐり、他人の言葉を遠ざける。私は私の殻ができて、動けなくなってしまう。清純な心を持つ皆様方、私を見ないで。私の殻はトゲトゲしてしまっているから、あなた達のその清純を傷つけてしまうかもしれないから。

「まこちゃん、この前の話考えてくれた?」

 いつものおじさんは、私の写真を撮りたがる。最近は会ったらこの話ばかりだ。だから、私も決意を決めた。撮ってもらおう。この醜さを清純な心を持った人に撮られれば、私は生きていけないけれど、このおじさんならいい。こいつは、清純な心を持つ創作者ではない。

「いいですよ。その代わり、撮りたいとこがあるんです。その場所でよければ、とりあえず一度だけ。」

「いいよいいよ。とりあえず一回だけね。」

 私が、望んだのは彼との思い出の場所だった。紫陽花が綺麗に咲く、彼と付き合う前初デートで行った場所。彼に撮ってもらった写真を大切に心にしまっていた。その場所で撮られてみようと思った。それで、私が変わった姿を見れば私は私に期待しなくていい。私を散々に汚して欲しいと願ったんだ。全て破壊してくれと願って、その場所へおじさんの車で向かう。

 あの頃と何も変わってない場所、色とりどりの紫陽花が並び緩やかな階段が寺院まで続く。その真ん中で私はあの頃の記憶を呼び起こしていた。緊張して上手く笑えているだろうかなんて考えていた、ピュアな私。途中から、全てを忘れてその景色に魅入っていた私。スマホを構え私を撮るのを気付かないふりして、嬉しくなって笑っていた私。全ての私がこの場所にいた。

「どんな格好とかポーズ決めればいいですか?」

「自由にしてて、勝手に撮るから笑顔でもなんでも、好きにしてて最初はそんな感じでいいよ。」

 任せられても困るなと思いながらも、私は思い思いに好きなポーズを撮ってみたり紫陽花に近づいてみたりした。あのアイドルのMVを頭に流しながら、自由に寺院に続くその階段をゆっくりと登っていった。あの頃の私と共にゆっくりと登っていく。楽しい思い出が私の心を流れていく。彼がぼそっと言ったかわいいなの言葉、スマホの画面を覗かずに私ばかり見るから、ぶれぶれになってしまった写真。そんなたくさんの思い出が私を巡る。私は、変わっていったのかな。でも、私の積み重ねた過去はこんなにも美しいのだ。それなのに、私は汚れてしまったなんてあるのかな。こんな素敵な思い出に包まれた私が、汚れているなんてあるのかな。

 心に疑問を抱く。私が持ってたこの感情ってなんだったんだろう。こんなに綺麗な景色があって、私は生きてる。死にたいなんて思ってることもあるけど、私は力強く生きてる。大切な人達がいて、愛することは私の取り柄で私は素敵な人とも仲がいい。そんな私を私が否定していいのかな。考えても考えてもわからない。でも、私は自然と笑えるようになった。なんで笑顔になったのかわからない。自分なのに自分で理解できない。でも、今私は笑おうと思ったんだ。綺麗な紫陽花、階段の下からカメラを向けるおじさん。このおじさんなんていらないなと思ったけど、そのカメラに向けて、私は最高の笑顔を見せた。


 出来上がった写真を見た時、私やっぱりかわいいじゃんって素直に思った。自惚れかもしれない。それでもいいじゃんって思えた。基本的に過去を振り返りながら歩いただけだから、仏頂面も多いし盛れてない写真もある。でも、雰囲気はあるななんて、素人目線で思ったりした。そんな中に一枚だけたった一枚だけど、その写真が私の全てだと思える写真があった。最後、私が振り返った時の写真。最高の笑顔を見せた写真。それは、あの頃と変わらない私が写っていた。やっぱり何も変わってないんだな私って。あんなおじさん達に振り回されて、私は何を思っていたんだろう。私、綺麗なままだよ。あの子にも誇れる私のままなんだよ。私は私が好き。好きだから、ずっと守りたくて言い訳をしてた。それでも、私はこの私が好き。だから、周りにいる素敵な人達と大好きな子達と、この私を愛していくんだ。

 出会い系のアプリを消して、おじさん達に会えなくなるって話をした。私は私なりに輝いていくよ。ミュージックビデオに出るようなそんな素敵な女の子でいるんだ。出会いの多かった春が終わり夏がやって来る。この夏、私は素敵な笑顔をたくさん残していこうと思う。本当に素敵な清純なそんな人達の作品に私はなりたい。

 あの頃と何も変わらない青春の笑顔で。

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青春の笑顔 髙木 春楡 @Tharunire

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