鳳凰劇場 7

 エドン公爵家の訪問をした翌日、サーシャはレオンと共にアリア・ソグラン伯爵令嬢に会うべく、ソグラン伯爵家の屋敷を訪問した。

 ソグラン家は伯爵家としては、あまり裕福な方ではない。

 先代のトマス・ソグランが事業に失敗してからというもの、斜陽ぎみという噂である。

 屋敷はそれなりの大きさであるが、建物は古く、庭に関しては手入れが最小限で済むようなつくりになっている。

 見るからに落ちぶれているわけではないが、経営はそれなりに厳しいものと推察された。

 ただ、ソグラン家の由緒は正しく、伯爵家でありながらも皇太子の婚約者候補に挙がっても、まったく問題ない家柄ではある。

 レオンと共に通された応接室は、昨日の公爵家のものと比べると随分と見劣りするが、それはある意味当然のことだろう。

 サーシャは昨日と同じようにレオンの座るソファの後ろに立つ。

 レオンの対面に座っているのは、アリア・ソグラン伯爵令嬢だ。こげ茶色のストレートでさらさらとした長い髪。大きな茶色の瞳。薄い唇は緊張のためかギュッと閉じられている。

 美人、というよりは可愛らしさを感じさせる顔立ちだ。

 アリアの後方には、侍女が控えている。おそらく、劇場に同行した侍女であろう。

「事件の時の話を聞かせてもらおう」

「もうずいぶんと話しましたけれど」

 アリアはうんざりした顔をする。

「急に後ろから押されて、階段から落ちかけたところをイーサン・ロバルさまが助けて下さったのですわ」

「聞きたいのはそこではない」

 レオンは首を振った。

「その日、芝居を見に行くというのは、いつ決めたのだ? それから誰がそれを知っていた?」

「芝居を見に行くことを決めたのは、その三日前ですわ。ちょうど、神殿でしている魔術の勉強が急に取りやめになりましたので、出かけることに決めたのです。私は年間シートを持っておりますので、いつでも行けますから。知っているのは神殿の関係者くらいでしょうか」

「なぜ、取りやめに?」

「魔術の講師をしてくださるグロル神官が出張になりましたので。陛下の意向だそうです」

「なるほど」

 レオンは頷いた。

「芝居の公演が終わった後のことを話してくれ」

「私、お芝居が終わった後、退出して階段のところまで行ったところで、忘れ物に気が付いたのです。それで、それを侍女のマーサに取りに行ってもらい、私は階段のそばに立っていました」

「あの通路で誰か見かけなかったか?」

「ボックス席を出た時、階段を降りていく人は何人かいました。でも忘れ物を待っている間は、いなかったような気がします。もっとも、私、芝居の余韻でぼーっとしていたから、あまり覚えていません」

 アリアは可愛らしく首を傾げた。

 仕草がいちいち可愛らしいが、どこか計算されているようにみえる。

──皇太子でなく、第二皇子でもいいということだろうか?

 サーシャはアリアの表情を読もうとするが、どうにもつかみどころがない。

「従業員の姿はみたか?」

「わかりません」

「そうか」

 レオンは顎に手を当てる。

 アリアが従業員の姿を見ていたら話は早かったのだが、なかなかそう簡単に謎は解けないらしい。

「ああ、そういえば、三階に向かう階段手前の通路のボックス席の扉が開いていたように思います。人の姿は見ませんでしたが」

「ふむ」

 レオンは頷いた。

「では、ソグラン嬢に同行した侍女、マーサに話を聞きたい」

「は、はい」

 アリアの後ろで、びくりと飛び跳ねるかのように侍女が返事をした。

「芝居が終わってからのことを話してくれ」

「はい」

 マーサは緊張を隠せないらしく声がやや震えている。

「公演が終わったあと、私とお嬢さまはボックス席を退出いたしました。ちょうど何人かの方が階段を下りて行かれるのが見えました。階段のそばまで行きましたら、お嬢さまが忘れ物をされたとおっしゃったので、ボックス席に戻りました。忘れ物は少しわかりにくいところに落ちておりまして、戻るのに少々時間がかかりました。ようやくに見つけてボックス席を出ますと、階下の方で騒ぎが起こっているようでした。階段の方へと向かいますと、ちょうどラビニア・エドン公女さまが三階からおりてくるところでした。えっと。それから従業員の方が一人、通路の奥に歩いていくのが見えました」

「ボックス席の扉については?」

「わかりません。ただ、忘れ物を持って階段のところに行った時には、閉まっていたように思います」

 マーサは慎重に答える。

「アルカイド君、君からは何かあるか?」

「殿下、眼鏡をとっても?」

「かまわん」

「ありがとうございます」

 サーシャは眼鏡を外し、二人の女性を見る。

 アリアは予想通り『飛行』の魔術を唱えた人物でまちがいなさそうだ。マーサは特に魔力を持っていない。

 サーシャの瞳が虹色の光を帯びる。

「事件解明に大きな影響があるわけではありませんが、アリア・ソグランさまは、『飛行』の術をお使いになられましたね?」

「え?」

 アリアは驚いたようだったが、サーシャの瞳の色を見て、納得したらしい。

「ええ。そうです。だからといって、自作自演ではありません」

「わかっております。ただ、まあ、世間で言われているように、ラビニア・エドン公女さまの犯行ではございません」

 サーシャはゆっくりと眼鏡をかけなおした。

「ソグランさまは、どなたかにお恨みを買われた覚えはございますか?」

「恨みって、そんなのわかりません」

 アリアは首を振った。

「ただ、私は光の魔術の使い手ということで、とても目立っています。そのことで気に入らないと思われることがないとは言えないとは思いますが」

「なるほど」

 サーシャは頷く。

「エドン公女さまは特に私のことが気に入らないと思っておられるとは思います」

 普通に考えれば、皇太子との間に割り込んできた女性を疎ましく思うのは当然だ。

 逆に言えば、疎まれることをわかって、アリアは婚約者候補に名乗りを上げたことになる。

 見た目より、随分と肝の据わった女性のようだ。

「残念ながら、エドン公女さまは『白』です。公女さまが本気でソグランさまを陥れたいと思われたら、今頃、ソグラン伯爵家は社会的にかつ合法的に抹殺されるでしょう。それは間違いありません」

「アルカイド君、さすがにそれは言い過ぎだ」

 レオンが見かねたようにひとつ咳払いをした。

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