第2話 妖怪学校の授業。

 そんなわけで、私は、正式に妖怪学校の、唯一の人間として、先生になりました。私の子供たちといったら大袈裟ですが、私の大事な生徒たちを紹介します。

 いつも白い着物で頭がツルツルの男の子、一つ目小僧くん。

半ズボンとランニングで、いつも元気な男の子、三つ目小僧くん。

ピンクの花柄の浴衣を着ている、首が伸びる女の子、ろくろ首ちゃん。

柴犬のような茶色の体で二本足で歩く、犬男くん。

緑色の体に黒い斑点があり、背中に甲羅を背負って、頭にお皿がある河童くん。

いまだに成仏できない女の子の幽霊、幽子ちゃん。

父親が伝説の妖怪、九尾の狐と言う小さな男の子のキツネくん。

見た目は人間、でも、怒ると目がつりあがって口が耳まで裂けて、キバが鋭い、女の子のバケ猫ちゃん。

捨てられた傘から生まれたと言う、一本足の妖怪の、傘バケくん。

田んぼに討ち捨てられた案山子に魂が乗り移った一本足の男の子、カカシくん。

深海の人魚の国からやってきた、少しオマセな可愛い女の子、人魚ちゃん。

成仏することを諦めてこの世とあの世を行ったりきたりしている、掴みどころのない女の子、浮幽霊の霊子ちゃん。

全身が茶色の毛で覆われて、シッポが可愛い男の子、カワウソくん。

雪深い雪女の国からやってきた、白い着物が似合う女の子、雪子ちゃん。

天上界からやってきた、天使見習いの可愛い男の子、天使くん。

アクマ界からやってきた、お尻に矢印の黒いシッポがチャーミングの女の子、

アクマちゃん。

全員で16人の子供たちです。そして、天狗校長とカラス天狗のカラス先生と私です。

他に、毎日、おいしい給食を作ってくれる、八つ手女のおばさん。

保健の先生で校医の、包帯先生がいました。

 八つ手女というのは、文字通り、千手観音のように、手が八本あって

一度にいくつも料理が作れるという、料理が上手なオバケです。

 包帯先生というのは、全身を包帯に巻かれた、ミイラ男のような妖怪で、

生きていたときは、名医と呼ばれた外科医の成れの果てという話でした。

 天狗校長から紹介されたときは、心臓が止まりそうでした。

校内を案内されたときも、驚きの連続でした。

 勉強をする生徒たちの教室。その隣が職員室。その隣が給食室。

その隣が保健室。以上でした。

平屋建ての長屋のような細長い建物です。その裏が校庭になっていました。

校庭と言っても、荒れた空き地のようなもので、サッカーグランドが四面くらいありそうなほど広い。

その向こうは、森というか、林というか、木が生い茂って、そこで子供たちは

遊んでいます。私一人では、とても中に入れません。森を抜けると、子供たちの親が住んでいる、家が並んでいます。

アパートというより、ホントに時代劇に出てくるような、平屋建ての長屋

そのままでした。

 私は、一般教科全般と一般常識を教えることになりました。

「わかりましたか」

「ハイ、だいたいわかりました」

 私は、天狗校長と職員室で話をしています。

でも、話の内容が、常識外のことばかりで心臓がバクバクいっていました。

「それと、もう一つ、牧村先生にお願いしたいことがあるんです」

「なんでしょうか?」

「牧村先生は、一人暮らしですよね」

「いや、両親と実家暮らしなので、三人暮らしですけど」

「しかし、ご両親は、滅多に帰宅しないという話ですけど」

「どっちも、忙しいですから。そういわれると、一人暮らしといってもいいと

思います」

 私の両親は、官僚と閣僚のなので、ほとんど自宅には帰りません。

私も滅多に会えないし、用事があって電話しても、出てくれません。

「お一人では、淋しいでしょ」

「いえ、もう、慣れました」

「そこで、あなたに生徒を預かってもらいたいのですよ」

「生徒を預かる?」

 私は、意味がわからず、聞き返しました。

「生徒の中には、親がいない子もいるのです」

「それは、聞きましたけど、校長が引き取っているのではないですか?」

「そうなんですけどね、人間のことを子供のうちから、慣れ親しんで、理解

させたいんですよ。一言で言えば、ホームスティということですね」

「なるほど。それはわかります。でも、だれを預かるんですか?」

「天使くんとアクマちゃんです」

「ハァ?」

 私は、思わず首をひねって校長に聞きました。

「あの二人は、この学校の中では、唯一の人間タイプです。天使くんは、天上界の神様から預かった子供でね、将来は、神となるべきなのですが、それには、

人間を知らなければならない。そこで、この学校に留学という形で来たんですよ」

 話が壮大すぎて、まともについていけない。神が妖怪学校にいるって、

信じられない話です。

「もう一人のアクマちゃんは、悪魔界の悪魔大王からの頼みで、将来、地球を

支配するときのために、人間界の修行ということで、この学校に来ました」

 もう、話についていけません。私の許容範囲をはるかに超えた話で、現実的ではない。

「この二人は、生前は、双子だったんですよね。だから、顔が似てるんですよ。なのに、どういうわけか、生まれ変わって転生したら、天使と悪魔と言う、皮肉なことになったんですよ」

 そう言って、校長は、腕を組んで頭をひねっていました。

それより何より、生徒の中に天使と悪魔がいるって、もはや、マンガか小説の

話です。

「しかも、天使くんは男の子。アクマちゃんは、女の子なんですよね。この二人を預かって、人間というものを教えてあげてもらえないですか」

「いや、あの、だから、その……」

「わかりますよ。牧村先生は、まだ若いし、独身で子供もいません。子供を

預かって、育てるなんて出来ないと思います」

 まったく、その通りだ。さすが、校長は、話がわかる。私は、胸を撫で下ろしました。

「しかしですよ、せっかく、この学校に来たんだから、これは、絶好の機会

です。どうか、お願いいたします」

 そう言って、校長は、深々と頭を下げたのです。だけど、それは、無理です。

「しかし、私は……」

「いやいや、わかります。気持ちは、よくわかります。ですが、子供たちのためです。双子の弟、妹が出来たと思って、可愛がってくれればいいのです」

「そういうことじゃなくてですね……」

 私は、一人娘なので、兄弟はいません。だから、いきなり、妹、弟が出来たと言っても、どう接していいのかわかりません。

まして、普通の人間ではなく、天使と悪魔というんじゃ、こっちの身が

持ちません。

「ウチでは、可愛い兄弟として接してくれれば構いません。いっしょに登校

して、帰りはいっしょに帰る。それなら、負担はないと思います」

「だから、そうじゃなくてですね……」

「どうか、お願いします。もし、あの二人が、立派な天使と悪魔になったら、

牧村先生には、きっといいことがありますよ」

 いいことがあるとかないとかじゃなくて、私に子育てができるわけがない。

「大丈夫です。あの二人なら、あなたにも懐いているし、素直な子供だから、

手はかからないですよ」

「校長、話を聞いてください。いくらなんでも、この年で子育てなんて、無理

ですよ」

「そうですか…… それは、残念ですねぇ」

 校長は、すごくガッカリしたように、肩を下げました。

「あの、授業があるので、教室に行きますね」

 私は、話を切り上げて、授業に行くことにしました。校長は、まだ、そんな

私を見ていました。

いくらなんでも、この年で、子育てなんてできるわけがない。

第一、放課後は、私のプライベートの時間です。

その時間は、大事にしたいと思っています。確かに、ウチに帰ると

一人ぼっちで、インコのピーちゃんしかいません。

淋しいと思うときもあるけど、私も大人だから、一人には慣れました。

今更、兄弟が出来ましたといわれても、受け入れるのは難しい。

 私は、逃げるように教室に入りました。

「あっ、牧村先生、もう、いいんですか?」

 私が来るまで、教室を受け持ってくれたカラス天狗のカラス先生が話しかけ

ます。

「ハイ、もう、大丈夫です。ありがとうございました」

「それじゃ、牧村先生と交代するから、みんな、ちゃんと言うことを聞くん

だぞ」

 そう言って、カラス先生は、教室を出て行きました。

私は、教壇に立って、生徒全員を見渡して言いました。

「今日から、皆さんといっしょに、勉強する、牧村美久です。よろしくね」

「は~い!」

「美久せんせいは、いくつですか?」

「彼氏はいるんですか?」

「好きなタイプは、だれですか?」

 いきなり新任の先生いびりか。妖怪も人間も、やることは同じだ。

でも、これしきのことで負ける私ではない。

「先生は、22歳です。彼氏は、いません。好きなタイプは、優しい人です」

 そこまで、きっぱり言ってやりました。

「なんだ、普通じゃん」

「やっぱり、人間は、おもしろくないなぁ……」

 なんだ、その感想は…… それが、普通でしょ。でも、この生徒たちは、

人間じゃないから、普通は通じないのか。

私は、気持ちを切り替えて、話を続けました。

「それじゃ、授業を始めます。一時間目は、なにかな?」

 私は、そう言って、教壇の横の壁に貼ってある時間割をみました。

今日は、確か、火曜日です。火曜日の一時間目を確認しました。

そこには『ムシとり』と書いてありました。

なんだ、ムシとりって? 私は、不思議に思っていると、頭に光る輪を乗せた男の子が言いました。

「山に行って、みんなで虫を取る授業です」

 なんだその授業は…… てゆーか、ムシって、やっぱり、虫のことなのね。

虫は、苦手だ。でも、授業だし、私は先生だし、逃げちゃいけない。

 ふと見ると、時間割には、他にも意味がわからない授業が書いてありました。

「動物語」「水浴び」「お散歩」「街見学」なんだろう、この授業は……

私は、気を取り直して、生徒に言いました。

「そ、そうなんだ。それじゃ、みんなでムシとりに行きましょうか」

 そう言うと、みんなは、声を上げて喜びながら、教室を出て行った。

「ちょっと、待ちなさい。慌てないで、みんなで行くのよ」

 教室を飛び出していく子供たちに声をかけながら、私も急いで後についていきました。みんな足が速すぎる。やっぱり、人間じゃないのね。

私は、自分が人間であることを実感しました。

カカシくんや傘バケくんなど、足は一本しかないのに、私より速い。

 山と言っても、木が生い茂っている、森林地帯で、少し高くなっている場所

です。その中に子供たちは、声を上げて飛び込んでいきます。

「危ないから、みんな、気をつけてよ」

 男の子たちは、妖怪やオバケでも、虫が好きらしい。

逆に、人魚ちゃんは水がないので、虫取りには苦手らしい。

他にも、雪子ちゃんは、日陰でおとなしい。太陽は、苦手なようだ。

 木や草を分けながら、楽しそうに遊んでいるのは、男の子たちばかりでした。

そして、しばらくすると、体中草まみれになった男の子たちが、出てきました。

「美久先生、見てみて」

 そう言って、両手を私に見せました。そこには、カマキリ、バッタ、

カブトムシがいました。

私は、顔を引きつらせながら、そんな男の子たちの頭を撫でてあげました。

「ぼくのも見て、たくさん取れたよ」

 三つ目くんが、ポケットから大量のだんごムシを私に見せます。

思わず後ずさります。両手一杯に動いている、大量のだんごムシを見て、

声もありません。

「えっと、虫さんたちが可哀想だから、返してあげようね」

「食べちゃダメなの?」

 食べるの…… ムシを……

「虫さんは、食べ物じゃないから、食べちゃダメよ」

 私は、疑問に思いながら、子供たちに言いました。

「お~い、虫は、食べちゃダメだぞぉ」

「え~、なんでよ」

「美久先生が、ダメって言うんだもん」

「ちぇっ、しょうがない。返してこよう」

 男の子たちの会話を聞いて、目眩がしてきました。

イヤイヤ、この子たちは、人間じゃないんだから、人間の常識で考えては

いけない。

これくらいのことで、目眩なんてしてちゃ、この学校の先生は務まらない。

私は、気持ちを切り替えて、草だらけの男の子たちの服をはたいてあげました。

 女の子たちが気になったので見てみると、小さな池の中に人魚ちゃんが下半身を水につけて雪子ちゃんが雪を降らせていました。

「ちょっと、ちょっと、なにをしてるの?」

「だって、暑いんだもん」

 確かにそれはそうだろう。この二人は、特に暑さに弱い。

「美久先生、あっちで、バケ猫ちゃんとキツネくんがケンカしてます」

 一つ目くんに言われて、見てみると、二人が取っ組み合いのケンカしてました。

私の目から見ると、普通に猫とキツネのケンカにしか見えません。

「なんだ、猫のクセに」

「放してよ、キツネのバカ」

「やるのか」

 人の言葉で罵り合いながらケンカをしていました。もちろん、私は先生なので、止めに入ります。でも、なんか、危なそうな気がする。

私は、動物の飼育係じゃない。

「ちょっと、やめなさい。ケンカは、やめて、仲よくしないとダメでしょ」

 私は、思い切って間に入りました。何とか二匹、じゃなくて、二人を引き離します。

「ほら、もう、やめなさい」

 でも、興奮している二匹、じゃなくて、二人はキバを向いて、爪を出して

います。

「ちょっと、待ちなさい。あいたっ! キャッ……」

 なんとか引き離そうとした私の腕に、キツネくんが噛み付き、バケ猫ちゃんに引っかかれました。それでも、私は、我慢して二人を引き離します。

でも、二人は、威嚇して言うことを聞きません。

 すると、アクマちゃんが手を叩きました。

「ハイ、もうやめなさい。先生に噛み付いちゃダメでしょ」

 すると、キツネくんは、私の腕から口を離しました。

「美久先生に、謝りなさい」

 キツネくんとバケ猫ちゃんは、我に返って、おとなしくなりました。

「美久先生、ごめんなさい」

二人は、素直に謝って、私の歯の痕が残る腕をなめてくれました。

「大丈夫だから。もう、ケンカは、ダメよ」

 私は、痛いのをこらえて言いました。

私は、引っかかれた腕を摩りながら言いました。

「センセ、手を出して」

 アクマちゃんが言いました。私は、赤くなっている腕を出しました。

アクマちゃんは、白い小さな手を擦り傷になった腕を優しく撫でました。

すると、その傷が、ウソのように消えたのです。

「えっ? 何をしたの……」

「傷を治したのよ」

 そして、もう一方の歯型がついた腕にも同じように小さな手で撫でました。

痛みも傷跡も、きれいになくなっていました。

「あなたは、いったい……」

「魔術よ。あたし、アクマだから、これくらい簡単なのよ」

 アクマちゃんは、魔術を使えるらしい。私の生徒は、すごい技を持ってる

みたいだ。

「せんせ~えぇぇぇ……」

 そこに、頭に光る輪を乗せた天使くんが、飛び込んできました。

「ど、どうしたの、天使くん」

「美久先生、大丈夫?」

 そう言って、顔を上げると、目がうるうると潤んでいました。少し泣いているようにも見えます。

「大丈夫よ。ほら、みて。アクマちゃんに治してもらったから、もう、平気よ」

「よかったぁ。アクマちゃん、ありがとう」

「別に、これくらい、どうってことないわよ」

 そう言って、アクマちゃんは、横を向いてしまいました。

「天使くん、心配してくれて、ありがとうね」

 そう言って、サラサラした白い髪の頭を撫でました。さすが天使だ。

キューティクルがすごすぎる。私の髪より、断然きれいだった。

 

 一時間目のムシ取りの授業が終わり、教室に戻って、二時間目の授業が始まります。時間割を見たら、二時間目は、算数でした。

算数なら、私にも教えることが出来る。

先生用の机から、算数の教科書を出して、教壇で開きました。

 でも、開いてビックリ。小学一年生の内容でした。この子たちのレベルって、小学一年生程度なのか?

初歩から教えないといけないのかと、ちょっと驚きました。

気を取り直して、授業を始めました。

「二時間目は、算数ですね。それじゃ、教科書とノートを出して下さい」

 私が言うと、みんなは、机の上に教科書とノートを出しました。

私は、黒板にチョークで問題を書きます。まずは、1+1=?とか、1+2=?などと、書きます。

「この問題は、わかりますか? わかる人は、手を上げて」

 だけど、みんな手を上げません。シーンとしていました。

この程度の問題もわからないのか?

私は、正直、どうしたらいいか、わかりませんでした。

「えーと、わからないのかな?」

「わかりませ~ん」

 全員からそんな声が上がりました。どうしよう…… 

どう教えたらいいんだろう?

先生一年生の私には、これをどう説明して、教えたらいいのか、わかりません

でした。

「えーとですね。この問題の答えは、2ですね」

 オタオタしながら黒板に答えを書きます。

相変わらず、教室は、静まり返っていました。さっきの虫取りの授業のとき

とは、全然違って元気がありません。

「皆さんは、算数は、わかりますか?」

 私は、教室を見渡しながら言いました。

「おい、さんすうってなんだ?」

「難しいよな」

「それって、おいしいのか?」

 そんな声が聞こえて、違う意味で、目眩がしてきました。

「数字は、わかるかな? 私は、黒板に、1とか2とか、数字を書きました。

 しかし、反応はありません。

「これは、イチといいます。これは、ニですね」

 まるで、幼稚園児に教えるような感じです。いくら、妖怪でも、これくらいはわかるだろうと思った私が、ダメなのか?

すると、アクマちゃんが言いました。

「センセ、さんすうなんて、あたしたちには、必要ないと思います」

「イヤ、でも、あのね、足し算とか引き算くらいは、覚えないと……」

「アクマには、関係ないと思います」

「でもね、皆さんも人間界で生活するわけだから、算数くらいは、勉強しましょう」

「美久先生、勉強飽きた」

「あたしも」

「ぼくも」

 生徒たちが、口々に言い出しました。どうする、どうする…… 

ここから、どうする。私が口篭っていると、教室のドアが開きました。

そこには、天狗校長がいました。

「ハイハイ、みんな、静かに」

 校長は、手を叩きながら教壇に立つと、こういいました。

「いいですか。皆さんは、大きくなったら、人間の世界で生きていかないと

いけないのです。そのために、必要な勉強なんです。ちゃんと、牧村先生の言うことを聞いて、勉強しましょう」

 そして、今度は、私に言いました。

「牧村先生、しっかりして下さいね。この子たちは、今まで、算数や国語と

いった勉強は、したことないので、一から丁寧に、優しく、わかりやすく、教えてあげて下さい。急がなくていいです。この子たちのペースに合わせて、

教えてあげれば、いいんですよ。慌てなくて大丈夫です」

 そう言って、私の肩を叩いて、教室を出て行きました。

校長の言葉に、私は、気を取り直して、黒板に数字を書きました。

一から教えるなら、まずは、数字の読み方から、教えればいいんだ。

「それじゃ、まず、数字の読み方を声に出してみましょう。先生の言うとおりに言ってみて下さいね。まずは、イチ」

「イチ」

「ニ」

「ニ」

「サン」

「サン」

「シ」

「シ」

 こうして、数字を読み上げました。

「ノートに書いてみましょう」

 私は、そう言って、机の周りを歩きながら、みんなのノートをみました。

でも、それを見て、頭が痛くなりました。

なぜなら、彼らは、字が書けなかったのです。

 イチと言っても、イチをどう書いたらいいのかわからないのです。

算数の前に、国語から始めて、字を覚えないとダメじゃないか。

「えっとですね。一は、いちと書きます」

 私は、黒板にひらがなで『いち』と書きました。

生徒たちは、それを見て、ノートに『いち』と書きます。でも、字が下手です。

「次は、二は、こう書きます」

 私は、黒板に『に』と書きます。こんな感じで、十まで書いたところで、授業を終えるチャイムが鳴りました。

「終わった、終わった」

 途端に、子供たちが騒ぎ出しました。

次の三時間目まで、十分の休憩があります。私は、肩を落として、職員室に帰りました。

 職員室に戻り、席につくと、ため息が漏れました。

「どうしたんですか、牧村先生」

 カラス先生が、話しかけてきました。

「あの子たちは、どこまで、勉強しているんですか?」

 私は、算数の授業の事を話しました。すると、カラス先生は、肩を震わせて

笑いながら言いました。

「笑って失礼。確かに、牧村先生は、人間だから、その程度はわかるだろうと

思っていたんですよね。

でも、あの子たちは、勉強というものをしたことないんですよ。何しろ、

バケモノたちですからね」

 確かに、言われてみれば、そうかもしれない。でも、いくらなんでも、

そこから教えないといけないのでは、一年たっても、二年生にはなれません。

「気長に、肩の力を抜いて、教えてあげて下さい。さて、三時間目は、俺の体育だ。よかったら、牧村先生も参加してみませんか?」

 三時間目は、体育でした。子供たちにとっては、楽しい時間なのだろう。

どんな体育なのか、気になったので、参加させてもらうことにしました。

私は、ジャージに着替えて、校庭に出ると、子供たちも集まっていました。

でも、みんな着替えることなく、服装はバラバラでした。

「ハーイ、全員集合。今日の体育は、特別に牧村先生にも参加してもらいます」

「やったー!」

「美久センセ、足は、速いの?」

「空は、飛べる?」

「泳げる?」

 あっという間に、質問攻めにあって、騒ぎ出しました。

「ピーッ!」

 カラス先生が笛を吹きます。

「みんな静かに。牧村先生は、人間だから空は飛べません。足も速くないし、

泳げません」

「なんだ、つまんないの」

 子供たちは、ガッカリして、私を見ました。確かに、足は速くないし、泳ぎも下手。空は、そもそも飛べない。

「牧村先生、見ててください」

 カラス先生は、そう言うと、生徒たちに話を始めました。

「それじゃ、今日は、鬼ごっこをしてみよう。先生が逃げるから、みんなは、

先生を捕まえて下さい。牧村先生も、がんばって逃げて下さいよ。では、始めます。よーい、スタート」

 そう言うと、カラス先生は、ツバサをはためかせて、飛び上がりました。

「えっ!」

 私は、空高く飛び上がるカラス先生を見上げていました。空、飛べるんだ…… いや、カラスだから、当たり前か。

そう思っていると、なんと、同じように、カラス先生を追うように、子供たちも空に飛び上がりました。

 空中を泳ぐように尻尾を使って飛ぶ人魚ちゃん。体全身の傘を開いて空に飛び上がる傘バケくん。いきなり、来ているシャツを脱いで上半身裸になると、

背中に生えてる羽を使って、空を飛び始めた天使くん。

フワフワしながら空を舞っている、幽子ちゃんと霊子ちゃん。私は、唖然として立ち尽くしています。

「牧村先生、なにしてるんですか。空を飛べない生徒もいるんですよ。早く、逃げて下さい」

 カラス先生に言われて、ハッと気がつきました。私も鬼か…… 逃げなきゃ。

私は、校庭をダッシュで駆け出しました。

「牧村先生を捕まえて」

 カラス先生の声を合図に、子供たちが私の後を追いました。

私は、かなり力を抜いて走りました。子供たちに追いつかれてもダメだけど、

だからと言って、大人が子供相手に全力で逃げ切るのも、大人気ない。

私は、そう思って、捕まりそうで、捕まらないように、加減をして逃げました。

 ところが、子供たちを甘く見ていました。彼らは、人間じゃないのです。

「美久先生、捕まえた」

 犬男くんとカカシくんに、あっという間に捕まってしまいました。

「美久センセ、足が遅いワン」

 犬男くんは、舌をハァハァ出しながら、私に言いました。

「足が、速いのね」

 私は、肩で息を切らしているのに、二人は、笑っていました。

「それじゃ、もう一度よ」

 今度は、全力で逃げました。でも、今度は、キツネくんとバケ猫ちゃんに、

あっさり捕まってしまいました。

「キミたち、足が、速すぎるよ」

 私は、両膝に手をおいて、体を折り曲げて、息をついていました。

なのに、彼らは、澄ました顔をして笑っていました。さすが、妖怪の子供たちだ。とても人間の私には適わない。

 でも、逆に、走るのが苦手なのか、一つ目くんやカワウソくんは、むしろ足が遅すぎる。

「カワウソくん、がんばって。一つ目くんも、もっと、早く走ってみよう」

 そう言って、励ましたつもりでも、二人は、グッタリして、舌を出して座り

込んでしまいました。

「オレたちは、走るのが苦手なんだよ……」

「もう、走れないじょ」

 どうやら、体力的には、個人差がありすぎるらしい。

この二人よりもっと足が遅いのが、河童くんと三つ目くんだった。

走るには、足が短すぎるのだ。

「美久先生…… 待ってよぉ……」

「逃げちゃ、ダメなのだゲロ……」

 これで、どうやって、鬼ごっこをやれというんだ。これが、体育の授業というなら、ちょっと間違ってると思う。

「二人とも、がんばって。元気出して」

 私は、そんな二人に話しかけます。私は、また、走り出しました。

今度は、ろくちゃんに捕まりました。長く伸ばした首に体を絡めてきたのです。

「美久センセ、捕まえた」

「あのね、ろくちゃん、首を伸ばすのは、なしよ」

「えーっ、そうなの?」

 ろくちゃんが首を解きました。長い首に絡まれると、子供とわかっていても、ちょっと怖い。

妖怪の子供を相手に遊ぶには、人間の私では、勤まりそうもない。

やっぱり、体育は、カラス先生に任せたほうがいい。

 空を見上げれば、カラス先生は優雅に空を飛びながら、子供たちを上手に交わしている。

「美久センセって、運動できないのね」

 腕を組んで、私を見上げながら、アクマちゃんに言われて、ドキッとしました。

「別に、できないわけじゃないのよ。キミたちが、すごすぎるのよ」

「そうかしら。人間て、体力ないわね」

 なんか、バカにされた気がしました。でも、正直言って、彼らには体力では

勝てない。

「アクマちゃんも足が速いの?」

「アンタよりは、早いわよ」

 そう言って、スカートのお尻から、細長い黒いものがヒラヒラさせていました。

「あのさ、アクマちゃん、それ、なに?」

「シッポよ」

「シッポ?」

「だって、あたしはアクマだから、シッポがあるの。悪い?」

「イヤイヤ、悪くないわよ。ちょっと、気になっただけ」

 慌てて否定すると、アクマちゃんは、後ろを向いて、シッポをヒラヒラさせて自慢するように見せてくれました。

スカートの中は、どうなっているんだろう? シッポが生えているって、どんな体の構造しているんだろう……

 そんなとき、授業の終わりのチャイムが鳴りました。それを聞いて、

カラス先生が地上に降りてきました。

「ハイ、みんな集まって。体育の授業は、これで終わり。みんな教室に戻って、給食の準備をしましょう」

「は~い」

 そう言うと、子供たちは、元気に教室に走り出しました。

「牧村先生、体育の授業は、どうでしたか?」

「もう、驚きました」

「そのウチ、慣れますよ。気にしないでください。体育は、俺の担当だから」

 カラス先生は、そう言って、私の肩をポンと叩くと、教室に入っていきました。

生徒も生徒なら、先生も先生だ。私も早く慣れて、みんなに追いつかなきゃ。

私は、教室に急いで向かいました。次は、お昼休みで、給食の時間です。

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