愛してるのに、愛せない

メープルシロップ

第1話 本当に大切なもの

 高校3年生の僕にはおよそ10年間片想いしている女の子がいる。

 容姿は良く、運動ができ、勉強もそこそこできる。

 カーストトップの高嶺の花って感じではなく、誰でも接しやすいタイプの女の子だ。

 

 僕は彼女に恋をしたのは小学2年生の時だ。

 それからほとんどおんなじクラスなためか、自分で言うのもなんだが結構仲が良い。

 そんな僕にキューピット役を求めて寄ってくる男子は昔から少なくない。というか一年に2、3人はいる。

 昔から断ることができない僕は、「仲良くなりたいから手伝って欲しい」なんて言われたら、そうするしかないんだ。

 例え僕が彼女のことを好きでも


 そして今は彼女の恋の手伝いをしている。

 自分でもなんでこんなことをしてるのか分からないし、正直今すぐにやめたいなんて思ってしまう。

 でもこれが彼女の幸せに繋がるなら、なんて考えを創り出しその想いを引き出しの奥へと隠す。

 どうやら僕は彼女の隣に長く居すぎたようだ。友達という席に座って。


 僕は昔から自分に自信がない。1人で生きていけない僕は、なるべくみんなに嫌われないようにと生きてきた。

 頼み事を断れないのもこのせいだ。そんな自分が常々嫌になる。


 


 そして今日は彼女が好きな人に想いを伝える日だ。

 昼休憩に「行ってくる!」拳を握り、彼女は教室を出ていった。


 そして5時限目の途中、前の席に座っている彼女が

「一緒に帰ろ」と寂しげに僕に言った。

 

 僕はそれに無言で頷いた。

 多分告白を断られたんだろう。いつもの明るさは無く、ずんとした彼女の後ろ姿を見つめる。

 でも最低な僕は内心ほっとしていた。

 

 これまで彼女は何人かと付き合ってきたが、その度に死ぬほど辛かった。

 彼氏とキスする姿なんかを想像して吐きそうになったこともある。

 気を紛らわそうと、ゲームをしたり、少し良いものを食べたりしても、楽しくないし味が全くしなかった。

 彼女といる時間、話している時間は何で置き換えることもできないと知った。


 そんな思いをしなくて済む、今日は一緒に帰れる。僕の心はそれらに対する喜びで覆われた。



 そしてその放課後、彼女のリクエストで川沿いに寄ることになった。

 この時期の夕方は少し冷える。悲しむ彼女にも冷たい風が容赦なくぶつかる。

 だが、彼女はそんな風など微塵も感じていないようだった。

 ずっと焦点を合わすことなく前を見ている。何を考えているのかよく分からなかった。

 こんな風になるのは当然かも知れない。

 彼女から人に好きっていったのは今回が初めてだ。いつも告白される側の彼女が自ら頑張って手に入れようとした恋なんだから。


 僕が本当に彼女のことが好きなら、ここで一緒に悲しむべきなのだろう。

 いや、それを義務的に感じている時点で何かがおかしい。

 よく「好きな人の幸せは自分の幸せ」なんて言ってる人もいるが、ただの綺麗事なんじゃないか。みんな本心はどうせ僕みたいに思っているんだろうなんてひねくれた僕は考える。

 

 そう思わないと、自分の存在が壊れてしまいそうだから



 

 彼女は道の脇にある階段を降り、川のすぐそばにしゃがみ込んだ。

 風と彼女に挟まれるように僕は隣に座る。


「振られちゃったよ。好きな人がいたんだって……」

 

 頬に涙を伝わせながら、彼女は重く閉ざしていた口を開けそう言った。

 そんな彼女の言葉に、僕は「そっか……」としか言えなかった。


 止まらない涙を手で払う彼女の背中を優しく撫でることしか、僕にはできなかった。


 ここで抱きしめたら彼女は僕を異性として見てくれるのだろうか。

 そんな邪な考えが頭に浮かぶ。

 もしかしたらそうなるかも知れない。でも僕はそうしない。

 多分彼女がこうして涙を見せる男子は僕ぐらいだと思うから。

 

 たった一つの席を失いたくない。それが自分の本心だった。

 もし僕が想いを伝えたら、この席には2度と戻れない。たとえ奇跡が起こって付き合えたとしても高校生の恋愛だ。いづれ終わってしまう。

 そんなことはしたくない。僕はずっとこの席に座っていたいから。


 怖い。この安全で、居心地の良いこの関係が崩れるのが。

 この関係を崩して、彼女といることができなくなれば、僕は味わったことのないような絶望を味わうと思う。そんな未来は避けたい。

 

     

       一番守りたいのは、彼女じゃなくて自分自身だから



 

 

 

 

 

 

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