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木星。英語名はジュピター。ラテン語読みではユピテル。ローマ神話の主神だ。ギリシャ神話で言うところの唯一神ゼウス。ゼウスは人間や他の神々の父と言われている。
2025年のことだった。宇宙望遠鏡による観測の結果、木星のスケールに比べれば非常に小さいものだが、木星の赤道付近の表面に幾何学的な形が浮かんでいることが分かった。
全長数千キロメートルにわたる大きさの正三角形や正八角形などが規則正しい間隔で並ぶ様は、とても自然現象とは考えられなかった。このことは世界中に一大センセーションを巻き起こした。何らかの知的生命がいるのではないか。地球外文明が存在する証拠ではないのか。
直ちに人類の全権大使を木星に送る有人飛行計画「オデッセイ」が開始された。このプロジェクトを主導する立場に就いたのが、日本だった。小惑星サンプルリターンプロジェクト「はやぶさ」を三回にわたり全て成功させた日本の他に、月軌道を越える宇宙空間まで行って帰還する宇宙船を建造した実績を持つ国は、2035年現在も未だに存在しないのだ。
木星探査船は国際共同プロジェクトとして月の衛星軌道上で作られ、完成間近だった三人乗りの火星探査船を、急遽改造して一人乗りの宇宙船に仕立て上げたものだ。とは言え、火星と木星では距離が違いすぎる。公転半径で比べてみても、地球と火星の距離は最短で7千万キロメートルと言ったところだが、地球と木星はその8倍以上離れているのだ。
従って、必要な物資を節約する必要上、
この木星探査船は「はやて」と命名された。初代の「はやぶさ」プロジェクトから4代目にあたるから、なのだそうだ。そして搭載される最新の量子コンピュータは「アキ」―― AQUI(
まあ、その作品のストーリーを知っていれば、賛成する人間はそうはいないだろう。僕としては別にコンピュータに裏切られて生命機能を停止したまま木星一番乗りになっても別に構わないと思っているのだが、それでは本来のミッションが達成出来ない。生きて木星にたどり着き、そこにいるかもしれない知的存在とコンタクトを取るのが、僕の使命なのだから。しかし……「ハル」がダメなら「アキ」というのは……あまりにも安直ではないだろうか……
それはともかく。
「オデッセイ」プロジェクトは順調に進み、いよいよ出発の日がやってきた。「はやて」のメインエンジンは、もはや日本のお家芸となったイオンエンジンだ。初代「はやぶさ」以来の歴史と伝統を誇る、信頼性の高いエンジンである。
イオンエンジンの長所はその効率の高さにある。
「燃焼」は、化学反応によって出た熱が次の反応を呼ぶ、いわゆる「連鎖反応」という奴だ。必然的に余分な熱も、そして光も発生することになるが、これらは全く推力には結びつかない。つまり、エネルギーのかなりの部分が役に立たない熱や光に変わってしまうのだ。
しかし、イオンエンジンはただ推進剤の原子に電子を追加したり取り払ったりして電荷を持つイオンに変えるだけだ。一旦電荷を持たせてしまえば後は電場をかけてそれを加速し、噴射させることができる。そしてそのために必要な電力は、太陽電池からほとんど無尽蔵に供給される。余計な熱や光はほとんど出ない。その代わり瞬間的な加速は化学燃料ロケットにはかなわないが、別に地上から打ち上げるわけでもないので、それで困ることもないのだ。
「はやて」はメインエンジンを始動し月を半周した後、その周回軌道から離脱した。その後は、まず金星に向かうことになっていた。航行速度を上げるスイングバイ飛行を行うためだ。これはガリレオやカッシーニなど過去の外惑星無人探査機も行っている、惑星間飛行の定番中の定番技術と言える。と言っても、やることは簡単。金星の鼻先をかすめて飛び去るだけだ。たったそれだけのことで、なぜ加速出来るのか。
金星に近づくと、その重力に引かれて「はやて」は確かに加速する。だが、金星を通り過ぎたら今度は金星の重力がブレーキとなって「はやて」を減速させ、十分遠ざかった時には結局「はやて」が加速した分の速度は失われて差し引きゼロになってしまう……ように思える。振り子が両端では速度が一瞬ゼロになるように。
だが、これは金星が静止している場合の話だ。実際には金星も太陽の周りを回っていることを忘れてはいけない。金星は近づく「はやて」を重力で引っ張りながら、それ自身の動く速度……公転速度を「はやて」に与えているのだ。その代償として金星の公転速度がほんの少し遅くなるが、それは測定誤差よりも十分小さいレベルだろう。
金星は地球と同じ程度の強い重力を持ち、しかも公転速度は地球よりも速いのだ。これをスイングバイで利用しない手は無い。だから過去の無人探査機もみな金星を1~2回スイングバイした後、外惑星に向けて旅立っている。
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