Hello, Jupiter

Phantom Cat

1

 かつて、僕は父親だった。


 そうでなくなったのは、もう3年前になる。僕の目の前で、真彩まやは死んだ。うっかり僕が手を離した隙に、車道に飛び出したのだ。たった3年間の命だった。


 娘を轢いたドライバーには、何も落ち度はなかった。制限速度内で走っていたし、事故が起きたのは横断歩道でもなんでもない場所だった。彼を恨むことはできなかった。


 事故がきっかけで、妻とも別れた。彼女が僕を詰ったことは一度もない。直接は。だけど僕は彼女が心の中で僕を責めていることを知っていた。それに耐えられなくなったのだ。


 それから1年間ほど、僕は何もできなかった。抜け殻、という形容が相応しすぎるくらいだった。毎日娘の写真が飾られた仏壇の前で、ただ茫然と座っていた。


 何度娘のところに行こうと思ったことか。三回忌が終わった今も、その気持ちは消えていない。だから、今回の木星探査ミッションに、僕は自ら志願したのだ。たった一人で遥か彼方の木星を目指す。生還の可能性はかなり低い。天体物理学アストロフィジックスの博士号を持ち、航空宇宙自衛隊出身の宇宙飛行士アストロノートにしてJAXA職員、そして家族は一人もいない僕ほど、このミッションに適任な人間もいないだろう。


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