(5)

「奥方様!」

 見られているような気配を感じて目を開けると、目の前には阿倍野さんと女中のキヨさんがいた。旦那様を呼びに行ってきますと言ってキヨさんはすぐに部屋を飛び出していったので、上半身だけ起こして阿倍野さんの方へと視線を向ける。

「本当にありがとうございます! 感謝してもしきれません……!!」

「解呪……できてました?」

「ええ、ええ! もうすっかり、元通りの様子で!」

「そうですか。足りなかったらどうしようかと思いましたけど……」

「丁度足りたようで……あ」

 感極まったという言葉が似合う様子で話していた阿倍野さんが、不自然に言葉を止めた。どうかしましたかと問いかけると、彼はばつの悪そうな表情になる。

「申し訳ありません。奥方様は負担の大きい術を使われた直後なのに、その御身を顧みる事もせずにはしゃいでしまって」

「ああ……それだけ主君の回復が嬉しかったという事でしょう? 忠心から来るものでしょうし、お気になさらなくても大丈夫ですよ」

「寛大なお言葉ありがとうございます。そうです、奥方様はたった今起きられたばかりですし、白湯かお茶かをご用意しましょうか」

「では温かいお茶を頂けますか?」

「かしこまりました」

 返事をした阿倍野さんが部屋を出たのと入れ替わりに、キヨさんが戻ってきた。その後ろから現れた秋満さまの顔には、変わらず綺麗な赤紫が二つ並んでいる。

「心春!」

「秋満さま。お加減は如何ですか?」

「やっと目を覚ましたと……俺か? 俺は元気だ」

「良かった」

 本人の口から直接聞けて、ようやく本当の意味で肩の荷が下りた。ちゃんと約束を果たせた。ちゃんとこの人を助けられた。それが、本当に本当に、嬉しかった。

「心春の方はどうだ? 起き上がって大丈夫なのか?」

「私ですか? 私は、疲れはまだありますけど……不調はありませんよ」

「そうか」

 ほっとした様子の秋満さまをと目が合って、どきりと心臓が跳ねた。彼は基本的に口を引き結んだ生真面目な表情をしている事が多いので、ふとした瞬間に微笑んだ顔なんて実に心臓に悪い。

「本当に、感謝してもしきれない。ありがとう、心春」

「……こちらこそ。私を信じて下さって、ありがとうございました」

 両親を失ってから、私はずっと侮蔑と忌避の中で生きてきた。全員が全員そうではなかったけれど、比喩でなく九割方は私を嘲り下に見て……或いは、お前もいつか暴走して周りを巻き込むのではと恐れて、私の事を避けていた。だから。

『心春で不足とは思わない』

 あの言葉は、間違いなく私を救ってくれたのだ。私を恐れず嫌悪せず、素直に力を認めて信頼してくれた事が、本当に、涙が出るくらい嬉しかった。

「……秋満さま」

「……心春」

 少しの沈黙の後に、二人同時に互いを呼んだ。心春の方からと秋満さまが譲って下さったので、意を決して口を開く。

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