中編 互いの真実

(1)

「どういう事か、お話頂きたいのですが」

 翌朝、目を覚ました秋満さまの顔を覗き込みながら開口一番そう告げた。しばらくは視線を彷徨わせていた彼だけども、逸らさずに見つめ続けていると観念したようにため息をつく。

「それは……昨夜、俺が熱を出して倒れた事に関してか?」

「お分かり頂いているならば話は早いです」

「……分かった。元々昨夜のうちに打ち明けるつもりだったし、順番に話そう。起き抜けだから飲み物が欲しいが……心春は何が良い?」

「では、お茶を」

「舶来物の珈琲とかもあるが良いか?」

「はい。いずれ頂戴出来れば嬉しいですが、今回はお茶が良いです」

「分かった」

 聞き入れて下さった秋満さまは、部屋に控えていた女中に準備を言いつけた。一礼して下がった彼女を見送った後で、掛け声と共に一気に上半身を起こす。

「そんなに勢いよく起き上がって大丈夫なのですか?」

「大丈夫だ。心春のお陰だな」

 そう言って下さった秋満さまは、赤紫の瞳を優しく細めてほんの少しだけ口角を上げた。恐らく初めて見るであろうその微笑みを浴びて、どくんとひと際大きく心臓が跳ねる。

「そんな……それ程の、事は」

「してくれた。難しい治癒の術をあれだけ扱えるんだ。心春は、本当に凄い神様なんだな」

 彼が心から褒めてくれているのは分かったが、どうしても素直にお礼が言えなかった。私が治癒の術を人並み以上に使えるのは、単純にそれだけをひたすら特訓していたからだ。何があっても生き続ける為には、絶対に必要だと思ったから。

「……秋満さま」

 静かに深呼吸して覚悟を決めて、彼へ呼び掛けた。彼が自分の秘密を打ち明けてくれると言うのならば、私も同じだけ返さないといけない。

 私と彼は、夫婦となったのだから。

「うん?」

「私の方にも、貴方にお伝えしておかないといけない話があります」

 口の中がからからに乾いて、一文伝えるだけで精一杯だった。返答を聞くのを、恐怖で叫びだしたいのを必死に堪えながら見守る。彼は、驚いたのか瞳をまん丸にしていた。

「そうなのか?」

「はい……正直言って、良い話ではありません」

「そうだろうな。前置きがいるくらいなのだから」

「その通りです。だから……聞いた人はみんな、それならお前も同罪だ、お前も穢れているんだろうって口を揃えて言いました。私を責めて、なかまはずれにして、神界の端に追いやって」

「……そうか。心春も辛い思いをしてきたんだな」

 そんな労りの言葉と共に、ぽんぽんと頭を撫でられた。優しさの滲む温もりが、止まらなくなってしまった感情を止めてくれる。彼の輪郭は滲んでいるけれど、彼の赤紫の隻眼は、はっきりと輝いていた。

「そろそろ続きを話しても良いか?」

「……はい。お話の途中だったのに、遮ってしまって申し訳ありません」

「大丈夫、怒っている訳ではないんだ。気持ちが溢れて止まらなくて言葉も止まらない、なんて事は良くあるだろう」

「そう、ですね」

「そこは人間も神も同じなんだな。少しだけ、神様を近く感じた気がしたよ」

「……秋満さま」

 赤紫に労りと情が灯った。ああ、どうして、私はこの人を怖いだなんて思ったんだろう。本当に、見てくれだけしか見えていなかったのだ。

「ええと……そうだな、昨夜俺がいきなり熱を出して意識を失った理由からだな」

「はい。持病でもあるのですか?」

「いいや。あれは、この身に受けた神罰のせいだ」

 今度は私が大きく目を見開いた。秋満さまは、神の怒りを買うような人とは思えないのだけれど。

「神罰を受けたのは左目だ。それで左目の視力も色も失って、夜になると高熱にうなされるようになった」

「夜になると……って、まさか毎晩」

「熱そのものは出るが、日によって差がある。俺の場合、満月の日が一番高くて新月の日は微熱とも言えないくらいだ」

「月の満ち欠けによって変わる、と?」

「ああ。神罰を与えた神が月を司る神だからだろう」

「……それ、まさか」

 神の名に思い至った瞬間、ぞくりと背筋が震えた。月を司る神、と言えばあの方しかいない。

「月読様……」

 私の声を聴いた秋満さまは、無言で頷いた。

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