Track 3-5

「未地……」


「だって他の奴だと毎回カウント揃えないといけないのに、李智とだとなぜか阿吽あうんの呼吸で揃っちゃうし。李智の声と重ねると、俺のハスキーボイスがぶち殺されないし。好きな食いもんとかファッションとか、価値観合う所多いし。5歳下とか全然感じなくて、話しやすいし」


 李智が女の子なら俺絶対告ってる、と真顔で言うので、亜央は吹き出してしまった。


「おい笑うなよ。昔この話した時、じゃあ仲良しカップルだねって言ってくれたじゃんかよ」


 李智、マジかよ。と亜央は心の中で呟く。

 まぁ李智は容姿も雰囲気も姫だけど。


「まぁとにかく、そういうことだから。李智、一緒に最高のセンターになれる方法見つけようぜ。お前への批判は俺が全部かわしてやるから。15歳の少年に無慈悲な批判する方がおかしいんだよ、なぁ?」


 こんな最高のシンメを持つ李智が羨ましい。そして亜央は、未地を心から尊敬した。

 自分も、こんな風に理玖を支えられる人間になれるだろうか。


 ……なれるだろうか、じゃない。

 なるんだ。

 理玖の1番近くで輝くアイドルになるんだ。その輝きはきっと、天城匠斗のそれより強い。

 ΦalファイアルはYBFを超える。その瞬間にメンバーとしていられれば、これほど幸せなことはないじゃないか。

 姉ちゃんだってきっと喜んでくれる。


 胸のわだかまりがスーッと解けていった。


「おっ李智、いい顔に戻った。いつもの綺麗なイケメンだなぁほんと腹立つ」


「未地だってイケメンだよ」


「顔面国宝に言われてもなぁ」


「顔も中身も、綺麗なイケメンだよ未地は」


 本心からそう伝えると、未地はあからさまに照れて、亜央の髪をわしゃわしゃといじる。そのままじゃれつくように未地の体が迫ってきた。167センチと最近の男性アイドルにしては少々小柄な体は、鍛え上げられた筋肉で覆われていて、亜央はなぜかその胸板に安心してしまった。

 胸板にもたれかかると未地は一瞬驚いたが、そのまま亜央の頭を右手で抱えて、左手で背中をさすってくれる。背負うものが大きすぎたな、と呟く未地の声に、心がふわりと浮いた。




 ☆




 事務所の寮に帰ってきて、亜央は顔を洗おうと洗面所に入る。

 少々泣いたせいで瞳が僅かに腫れているが、未地が言った「綺麗なイケメン」は崩れていない。はっきりした平行二重にすらりと通った鼻筋、下が少しだけぷっくりとした唇。

 可愛さの中に美しさを持つ李智の顔に思わず見惚れて、亜央はふと李智のことが気になった。リビングに戻ってスマホを取り出し、電話のマークをタップする。


『もしもし……』


『あぁ、もしもし。李智? ごめんな急に電話して。何かメッセージ打つのめんどくさくってさ。今平気?』


『あぁ……大丈夫です。何かあったんですか』


『いや別に。ただ最近連絡してなかったからさ。急にΦalになって忙しくなったろ。大丈夫か?』


『あ……まぁ、はい』


 いつも以上に電話越しの声が緊張していて、亜央は心配になった。と、李智は途端に泣き出したのでびっくりしてしまった。


『……おい? どうした? 李智、お前……泣いてんのか!?』


『亜央くん! ごめんなさい!……僕の、僕のせいでっ!』


『ん?』


『実は、僕……ハジンさんに、活動休止を言い渡されました』


 え、えっと、待って待って。活動休止?


 一瞬取り乱したけど、俺以上に慌てているのは李智だとすぐに気づいて続きを促す。どうも動画の撮影中のミスをハジンに責められて一人だけ活動休止に追い込まれたらしい。李智が天馬亜央として犯したミスは「誠意がない」「パッションがない」と言われたのだとか。


 どう声をかけるべきか迷った。

 アイドルとしての誠実さ。パッション。

 亜央自身が分からないことばかりだ。未だにUr BroZersの相原誠哉や、未地から教わっているのだから。

 李智にも、これを機会に学んでみてほしい。Φalの体を使って勉強して、もっとすごいアイドルになって欲しいと亜央は思った。だって、こんなにも素晴らしい素質を持ってるんだから。

 自分だって変われたんだ。李智が変われないわけがない。


 李智はハジンに活動休止を言い渡された後、天馬亜央のロッカーを思わず殴ってしまったのだという。

 李智がオーディションなしでハイグリに入った詳しい経緯は分からない。だけど、そういう悔しさがあると知って安心した。悔しいということは、トップアイドルになりたいということだ。Φalを疑似体験してそう思ってくれたとしたら、これほど嬉しいことはない。


 悔しさに戸惑う李智が面白くて、思わず笑ってしまう。

 亜央自身は、何度も何度もその悔しさに苛まれてきたのだ。神城理玖が眩しくて眩しくてたまらなかった。だけどその悔しさを持っていたから、デビューまで漕ぎ着くことができた。

 李智は本来、練習生でありながらセンターを任される逸材だ。その逸材が悔しさを経験して、強くなろうとしている。もうその瞬間に、活動再開は約束されているような気がした。


『李智っ。お前、今週中には活動再開しそうだな』


 李智は、はぁ、と訳の分からなそうな声を出したが、亜央は適当に電話を切り上げた。Φalのみんなはきっと、李智を助けてくれるだろう。亜央はもう心配していなかった。


 それから1週間ほど経って、李智はΦalとしての活動再開の文章を発表した。

 亜央に事前の連絡はなかったが、文章に違和感は全くない。

 後で聞いたところによると、なんと李智はハジンと高久社長に直談判して、自分で文章を書いたようだ。彼にそんなパッションが芽生えていたとは。


 もし体が元に戻ったら、李智に負けないくらいの「天馬亜央」でいなくちゃな。


 亜央が雨上がりの空を見上げると、うっすらと虹が架かっていた。

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