Track 3-2

「え……?」


 突然「いつセンターが楽しくなった?」と聞かれて戸惑いを隠せない亜央は、未地をただ見つめている。


「この前、AviewSEのショーケースやった時から、おかしいとは思ってたんだ。李智、お前最近すっげぇ楽しそうに踊ってるよな。正面から見てなくても感じるんだよ。『俺を見て』ってオーラ」


「オーラ……」


「Φalのデビューツアーの時、バックでセンター務めろって言われて嫌そうな顔してたじゃん」


「えっ、そ、そんなつもりは」


 おい、そうなのか。バックだとしても、せっかくのセンターを、嫌そうな顔で受け入れたのか? 李智。


「まぁ嫌そうな顔したのは一瞬だったけど。俺、お前と伊達にシンメやってないからさぁ、分かるんだよそーゆーの」


 シンメというのはシンメトリー(左右対称)の略で、固定のペアとして共通の振りや歌割りをもらうことが多いメンバー達のことをいう。Next Gleamingの結成後はメンバーが9人で奇数ということもあり、李智が一人でセンターを務めることが多いが、その前は未地とよくシンメを組んでいた。このことは、亜央もよく知っている。


 李智と未地は、顔立ちはそれぞれ可愛い系とクール系なのだが、167センチ程度の背丈と踊り方、得意なジャンルが似ているのだ。一方で歌声は未地がハスキーボイスのアルト、李智が清らかなソプラノという感じで、なかなか綺麗にハモる。だからシンメにするとよく映える。


「Φalのツアーじゃ、あんだけ嫌そうだったのに。Next Gleamingが結成した頃からかな……なんか練習の時から『俺は負けねぇ、絶対センターなんて渡さねぇ』みたいな気概を感じて。それが悪いことだとは言わないけど、なんでそんなに変わったか、俺は知りたい。正直めっちゃ気になる」


「なんで……知りたいの?」


 カフェオレに伸ばしかけた手を、未地は止めた。その三白眼がこちらを射抜くように見つめる。それは彼の向かいに座る李智を見つめているのか、その中にいる亜央を見つめているのか、亜央には分からず困惑した。


「そりゃ……俺だって、センターになりたいからだよ。こんな恥ずかしいけど当たり前のこと、言わすなよバカ」


 そして未地は再び手を伸ばし、カフェオレを一口含む。


「バンナンさんは、俺らに全てを賭けてると思う。Φal兄さんの活躍はすごいけど、やっぱバンナンさん的にはハジンに仕事を取られたって思いはあるんだろうな。

 あの人は本気だ。だから俺も、その本気に賭けたい。どんな形でも、Next Gleamingとしてやっていることをデビューに繋げたいし、その時俺は……センターにいたい」


「未地……」


「正直、李智がセンターやる気ないってことは分かってた。お前に華があるのは俺だって分かってるけど、本気出せばお前のことは追い抜けるって思ってた。

 でも……でもお前が本気出したから、俺どうしたらいいのか分かんなくなった。李智に勝てそうな俺の唯一の持ち味は気合いだったのに、お前まで気合い出したら、俺どうやって李智からセンター奪えばいいんだよ」


「なんでそれを、お……僕に?」


「とにかく理由が知りたい。あれだけセンターに苦しんでたのに、急に解放された理由を」


 亜央はカフェオレを口に含んだ。ミルクと砂糖がコーヒーの強さを曖昧にかき消して、ぐちゃぐちゃになる。

 センターに苦しむ、その気持ちが分からない。理由なんて、分かるはずがない。


 なぁ李智。

 お前、なんでハイグリに入ったんだ?

 アイドル、楽しくないのか?

 センターに、憧れないのか?

 俺にはお前が分からない。


「理由……特にない、としか言えないかな」


「は?」


「気付いたらこうなってた、ただそれだけ」


「そんなはずは」


「ごめん未地、今日はもう帰らないと。じゃあ」


「おい李智……待てよ李智! そんなんで俺が納得するとでも思ってんのかよ!」


 亜央は立ち上がり、手にした残りのカフェオレを飲みながら考える。


 このままセンターを守って行っていいのか。

 李智と体が戻った時に、彼を困らせることになってしまうのではないか。

 オーディションなしで入所したという李智は一体、何がしたいのか。


 直接聞いてみたい気持ちもあったが、天馬亜央としてのスケジュールを思い出し躊躇った。きっと今、彼は慣れない収録で多忙を極めているはずだ。

 Φalとして生きている今も、李智にとっては苦しいんだろうか。


 同じ世界で生きているはずなのに、分からないことが多すぎる。




 ☆




「ストップストップストップ!……おい、李智! 今のカウント違うって言っただろ! スリーで下がるんだよ。なんでフォーになってんだよ」


「……すみません」


「最近表情ばっかり先行してんな。楽しけりゃいいってもんじゃねぇ! お前を中心に他の8人が動いてんだよ。なんで基点がズレてんだよ、あぁっ?」


 スキンヘッドの振付師が、カウントのズレた亜央を叱責した。


 未地にセンターが楽しくなった理由を突然問われてから、心と体が乖離かいりしてしまったように感じる。


 そりゃあ、元々の体は李智のもので、精神は亜央なのだから乖離しているのは事実なのだが、それでもどこか一体感があった。デビュー組だろうが練習生だろうが、アイドルとしてやることは同じだと思っていたからだ。

 だけどそれが、今はペリペリと音を立てて剥がれ始めている気がする。少しでもくっつけようと奔走すると他の場所が剥がれて、修復が追いつかない。そうこうしているうちに、体をうまく制御できなくなっていく。


「李智さぁ……何のためのセンターなんだよ」


「すみません」


「謝って終わりか? 謝れば済むのか? 行動で示せないのか?」


 振付師が再びUr BroZersの曲をかけるが、どうにも体が乗らない。乗らないというより、乗ってくれない。動きを確認するために視線が下がり、それが意欲の低下に見られてまた叱られる。そんなセンターを見て、周囲の舌打ちやため息が大きくなっていく。特にキラや伊佐は、亜央を睨みつけるようにして舌打ちを聞かせてきた。


 やっとカウントを体に染み込ませ、『AviewSE』の時のような感覚を思い起こして踊り始めると、今度は周囲とアクセントがズレる。


「なぁ李智。センターはな、目立てばいいってもんじゃねぇだろうが。ズラすのがカッコいいとか思ってんなら、そんな腐った考えは今ここで捨てろっ!」


 振付師は何度も音楽を止め、その度に亜央に異なる言葉をかけた。

 センターって、こんなに複雑な仕事だったか? 理玖はもっと、時にはアレンジも効かせて楽しそうにしていたはずなのに。


「じゃあ……センターって」


 センターってどんな意味があるんですか、と尋ねようとすると、振付師は吐き捨てるように言った。


「そんなに目立ちたい、自分のアクセントを貫きたい、っていうなら、ソロになれ。今のお前はNext Gleamingにとって邪魔だ」

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