Track 3-1

 ☆




 Next Gleamingによる、Φalのプレデビュー曲『AviewSEアビューズ』のダンスカバー。


 李智と体が入れ替わった亜央は、人生初めてのセンターを経験していた。週に一度、練習生の間だけで行われるショーケースでしかダンスを披露する機会がなかったものの、亜央はライブステージで踊る時より充実した気持ちになるのを感じていた。


 サビに差し掛かり、亜央を起点にカノンが始まる所で、みんなの視線が亜央に釘付けになる。9人全員の動きがユニゾンとしてピタリと揃った時、練習生達の瞳が一様に丸く、大きく開かれる。その瞳の真ん中に映るのは、必ず亜央だった。それが亜央には、極めて新鮮な出来事だった。


 今までずっと、そこに映るのは理玖だった。幼い頃からアイドルがすぐ近くにあった亜央ではなくて、親戚に勧められるがまま履歴書を送り、ハイグリのオーディションを受けた理玖だった。その悔しさが、このハイグリのレッスン室で一気に解放された。



 みんな、もっとだ、もっと。

 もっと……ずっと、俺を見て。

 俺こそが、センターなんだ。



 踊り終わった時には、かなり汗だくだった。音が終わったことにも一瞬気がつかないくらいに、没入していた。自分のグループの持ち曲でこんなことになったのは初めてだ。


「……以上、Next Gleamingのショーケースだ。サビはよく揃えたな。でも蒼羅そら伊佐いさ、Aメロの最後のカウントがズレてた。李智と未地の動きに揃えるように言ったよな? ちゃんと周りを見ろ」


「はい」


「はい……」


 例のスパルタ振付師は、今後もΦalの曲は扱うつもりなのでよく練習しておくように、と声をかけた。今後はデビュー曲の『Sweet Drug』も扱うようだ。クールな世界観の『AviewSE』とは異なり、ポップなアップテンポの曲である。カウントも取りやすく、サビをTik Tokで披露するファンも多い。


 ショーケース後、振付師が亜央に駆け寄ってきた。


「李智。何か今日のお前、いつもと違ったぞ。何かあったのか?」


「え?」


「なんか……すっげぇ楽しそうに踊ってたから。いつもの李智は、動きだけはしっかりしてて、でも表情がイマイチなのに。まぁステージに立てば、お前も表情がいくらかマシになるけど……レッスンの時点から、表情の心がけをするのは大事だ」


「楽しそう、でしたか」


「あぁ。表情の作り方が上手くなったのか、それともこの曲がお前に合ってたのかは分かんないけどな。この攻めた曲で、お前があんなに楽しそうに踊れるとは思わなかった。曲の終わりにも一瞬気づいてないように見えた。とにかく、今日の感覚は忘れないようにしとけよ。悪くなかったから」


「は、はい」


 振付師は亜央の肩をパシパシと叩いて、レッスン室を去っていく。

 いつもの李智と違うと言われ、(まさか入れ替わりがバレたのか)と焦る亜央だったが、そんな事実を信じる人はいないだろう。踊りの違いを振付師に認められたことが素直に嬉しかった。


 それはつまり、天馬亜央の踊り方を褒められたことと同じだからである。センターで踊る亜央を認めてくれた。それは……きっと、亜央はセンターでも通用するということ?


 亜央は小さくガッツポーズをして、レッスン室を後にした。

 まさか、その褒められたことこそが彼を苦しめることになるとは、思いもしないまま——。




 ☆




 それからNext Gleamingは、Φal全員がレギュラーモデルを務める雑誌で『Nextイケメン先取り!』という、小さな連載を持たせてもらえることになった。現場監督の指示で、たまに未地やキラとセンターが入れ替わることもあるが、大抵は亜央がセンターを務めている。


 ダンス練習でも基本的にはセンター、あるいは未地やキラとの三人組で最前列に出ることが多かった。ボイストレーニングも組み込まれていたが、亜央にとって最も大事なのは歌や撮影よりも、週に一度のショーケースだった。そこで40名ほどの練習生の瞳の真ん中に自分が映ること。それを確認しながら踊ることこそが、亜央にとって何よりの幸せだった。李智と入れ替わるまではアリーナでライブまでしておいて、と自分でも思うが、やっぱりセンターの景色は格別だと感じる。


 元々李智が通っている中学校にも無遅刻無欠席で通い、小テストは時々壊滅的な点を取って教師を驚かせるものの、授業態度だけは完璧であろうと努めた。

 眠くても足をペシペシと叩いて瞼をこじ開け、Φalとして頑張っている李智のために板書するのだ。


 小テストの点数が酷いことは、どうにかなった。というのも、いつもつるんでいる僅かな友人やアイドルヲタクの女子達が、Next Gleamingの活動を教師に伝えてくれるからである。「雑誌の連載持ってて忙しいんだよ」とか、「インタビュー記事でダンスが大変って書いてあったから疲れてるんだよ」などと言われた教師は、「定期試験は気を抜くなよ」の一言で済ませてくれるから、勉強嫌いの亜央は何とか命拾いをしているようなものだ。

 李智が友達と思える人間は少なくても、彼の頑張りを見て応援し、間接的に支えてくれる人は多いのだな、と感じる亜央だった。



 そんな毎日を過ごしているうちに、気づけば李智と入れ替わって2週間以上が経過していた。


 次のショーケースに向けたダンスレッスンの後、未地に声をかけられた。本来15歳の李智にとって未地は5つも年上なのだが、彼とは撮影やダンスでもよく一緒のパートを担当するため、「タメ口で構わない」と言われていた。亜央から見ても、年の差はあるものの、良い関係性の二人だと思っている。


「なぁ李智。この後、ちょっといいか?」


「未地? あ、うん。どうしたの?」


「話がある。社食で待ってる」


「ふーん、分かった」


 事務所ビルの2階には社員食堂があり、社員・所属タレント・練習生・得意先などの関係者は、一食200円と格安で食事をとることができる。激しいレッスン後、練習生らの溜まり場になることもしばしばあった。亜央は更衣室で素早く着替え、汗を拭ってから社員食堂へと向かった。到着が早すぎたのか、未地の姿がない。亜央は適当な場所に腰を下ろした。

 少しして、未地がやってきた。クリーム色の机に買ってきたカフェオレを二つ置き、亜央の向かいに腰を下ろす。彼は一つを亜央に差し出した。李智はカフェオレが好きなのだろうか。亜央が15歳の時はコーヒーが飲めなかった。李智は大人の舌を持っているようだ。


「悪いな、呼び出して」


「それは全然いいけど……話って?」


「李智。お前……うーん、これ言っていいのかどうか迷ったんだけどな……最近、顔がおかしいんだよ」


「顔がおかしい!?」


 アイドルの卵に向かって、その言い方はないだろう。

 首を傾げると、未地は続けた。


「いつから、センターが楽しくなった?」

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