第13話
バスに入ると、すでに乗客が3人いた。
最後部の長いシートに乳児を抱いた若い母親が座っており、入口扉から通路を越えて左側に独り言を話している分厚い眼鏡を掛けた少女がいた。黒髪おかっぱ頭に長袖のボーダーのTシャツを着ていたが、首周りはヨレヨレだった。
僕は、理由もなくその少女の後ろに座った。よく見ると、独語を発しながら濃いめの鉛筆で白紙の自由帳に何かを書き続けている。
字体は大きく崩れていて読み取ることはできない。なんとかして判読したかったが、あまり見るのも失礼だと思った。
「はぁ〜あ」
通路を挟んだ向かいから溜め息が聞こえる。
それも何度も何度も。
その主は例の55くらいだとすぐに分かった。単なる声の大きさからではなく、アクセントの強さからだった。
独語がうるさいと言いたいのも分かった。
しかし、書字に集中する少女はほとんどというか、まるで聞こえていない様子だったし、車中での余計な情報に対して、僕の耳も傾かなかった。
バスが左へ大きくカーブして揺れた。スピードは出ていなかったが、舗装していない道路で、それは揺れた。
少女はその瞬間、書くのを止めた。
きっと大事な手紙なのだろう。
そうこうしていると、少女は降車ボタンを押してから膝元に置いてあるピンクのリュックサックのファスナーを開けた。
キャラクターの描いてある筆箱を取り出して、濃いめの鉛筆と消しゴムを入れ蓋をした。磁石がパチンと合わさった音だったが、冷たくはなかった。
バスがスピードを緩め、同時にアナウンスが聞こえた。
少女はまだ残された自由帳を見ている。
到着ギリギリになって、目の高さに持って行き、音を立てずにゆっくりとそれを閉じた。
倫理的な問題から見るつもりはなかったが、結果、僕は盗み見をしてしまった。
そのことに少女は気づかなかった。
大きく崩れた字体達により、真っ黒に成りかけている白紙の中に極めて大きく太い文字で、確かに読むことができる文字で、
『いもうと』と書いてあった。
僕は、ハッとした。
この黒髪の少女は、ずっとこの言葉を、たったこの一言を書きたかったんだ。
『いもうと』への計り知れない愛の間には誰も入ってはいけない。
丁寧に自由帳をリュックサックに入れ、大切そうに背負った。
その後、バスが停まり降車扉が開くとともに運転席に行き、首から下げたICカードをピッと触れ、降りて行った。
降りる瞬間、車内に入ってくる向かい風にたじろぎもせず急ぎ足で前へ歩き、歩道へ小さくジャンプした。
ただ、おかっぱ頭の前髪からシャンプーの柔らかい香りが車中に漂ってくるだけだった。
一体、あの少女はどこに行ったのだろうか?
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