第7話

出来ることがちょっとずつ増えていき、いよいよ、就職を考えていく段階になった。

平賀さんとは月に1度必ず面談があったが、この頃になると、いつもにも増して、ゆっくりと言葉を選んで話されているのが見てとれた。

「クライシスプランを作ってみませんか?」

「何ですか、それ?」

「再発を防止するためのプランなんですよ」

「難しいですか?」


教えていただきながら、クライシスプランを作成していくにつれて、僕の気持ちは、これまでの復職から再就職へ、大きく舵を切っていった。



前職場へ電話をかけた。

退職の意思をお伝えしたかった。

義理は感じていなかったが、礼儀は通そうと思っていた。


電話の向こう側からは、面談を行う、というものだった。

後日、リワーク漣のスタッフさんと、面談に出掛けた。

手足が震えた。


面談で人事部長から言われたこととしては、2点しか記憶していない。

1つは、

「結論から話しますが、病気休暇後、復帰されますか?そうでないなら、どうされますか?」

もう1つは、言葉を失っていた僕にフォローを入れてくださったリワーク漣のスタッフさんの発言に対して、

「あなたは第三者機関でしょう?参考になりませんから、ちょっと静かにしてください」

だった。

10分後、僕とスタッフさんは、応接室を出た。

同席していた前職場の上長は、終始無言だった。


1階に降りて、正面玄関を出た直後、どっと疲れた表情のスタッフさんが、

「あれはないわ」

と呟いた。

「え?」

「いろいろ行ってるけど、あれはないわ」

と俯いた。


入る時は小雨が降っていたが、すでに上がっていた。

ビニール傘を応接室に忘れてきたことに気がついたが、僕は取りに行かなかった。

要らないわけではなかった。

ただ、駅のロータリーから出発する帰りのバスの時間に遅れそうだったからだ。

雲が切れ始めてきていて、走ればまだ間に合うと考えたからだった。

折れかかっていた靴の踵部分に人差し指を入れて、素早く直した。

1㎞を、走れそうな気がした。

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