第6話

この福祉施設では、週に1回の面談があった。行政に決められた内容・頻度だったのではないだろうか。

定期的には、長期目標・短期目標の設定や、それを達成するための具体的な内容を作っていった。これに関しては、必ず責任者の平賀さんが行ってくれて、やっぱり、あまりの美しさに毎回うっとりした。

「長期目標はどうしますか?難しく考えなくていいですよ、何か真っ先に思うことでいいですよ」

と言われて、

「心身ともに、健康で長生きすることができる」

と答えた。

「それ、いいですね、いいと思います」

と、平賀さんの左手環指から指輪が光った。

「それでは、短期目標はどうします?」

と聞かれたが、どう答えたか全く記憶していない。

舞い上がっていたのではなく、どうでもよくなっていた。

「三嶋さん、難しかったら一緒に考えましょうね」

と言葉をかけてもらい、我にかえった。

「PC操作が出来ないので、したいです」

「いい取り組みですね、では、もっと具体的に何を行っていきましょう?」

「僕は、何も出来ないので、Wordというやつで文書が打てるようになりたいんです、その次はExcelで表も作成してみたい、あとは職場で苦い思いをしたPowerPointというのにも挑戦してみたい」

自分自身の口から『挑戦』という言葉が出るなんて、直後、ハッとした。

「まずは、Wordからやってみましょう」

ということになった。

「もう1つくらい具体的に行う内容を決めましょう」

そう言われて、

「今までそこのバス停から乗っていたんですが、それを2つ先まで歩くというのはダメですか?」

そんなふうに相談してみた。

「とてもいいと思います、それにしましょう」

「最近、運動不足なので、体力づくりに」

「この2点でやっていきましょう」

と、お互い笑顔だった。

押印した。

平賀さんが扉を開けてくれた。

2人は、ゆっくりと部屋を出た。


その頃だったか、通所開始日に最初に声をかけてくださったスタッフさんの姿を見なくなった。

時々、奥の部屋にスーッと入って行かれることはあったが、今度は本当にいなくなった。

なんとなく感じ取るものはあったから、誰にも聞かなかった。

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