悲劇の魔女、フィーネ 15

 エレベーターに乗り込んだものの、先程一瞬見えた光景が脳裏に焼き付いて離れない。

恨めし気な目でこちらを見つめる両腕の無い、腹の部分が半分骨が見えていた若い男。そして四肢がもげ…床の上に転がり、こちらをじっと見つめる中年の男…。

血塗れの光景はとても幻覚とは思えない。その証拠に何となくこのエレベーター内には鉄のような匂いが充満し、気分が悪くなってくる。


早く…早く、到着してくれ…!


エレベーターの動きが妙に遅く感じる。たかだか5階なのに、随分到着するのに時間がかかる気がする。


その時―。


ピチャン


なにか生暖かいものが俺の頭上をかすめて床の上に落ちた。


「何だ?」


何気なく足元を見て、俺は悲鳴を上げそうになった。何と足元の床には血が飛び散っているのだ。


「な、な、何だ…?こ、これは…」


その時、頭上から得も言われぬ恐ろしい気配を感じた。恐る恐る天井を見上げ…。


「ウワアアアアアッ!!」


またもや悲鳴を上げてしまった。何と天井には先程俺が目にした2人の怨霊がへばりつき、こちらを恨めし気に見つめているのだ。


そして恐ろしい声が頭の中に響いて来た。



<フィーネ…よくも我らをこんな目に…>


やめろ…やめてくれ…!


耳を塞いでも頭の中に響いてくる声を消す事が出来ない。天井からはポタリポタリと生暖かい血が滴り、俺の身体を血で染めていく。

もう駄目だ…このままでは俺は恐怖で気が狂ってしまうかもしれない…。



そう思った矢先―。


ポーン…


エレベーターが5階に到着し、扉が開いた。


「…!」


気力を振り絞り、フィオーネを乗せた車いすのハンドグリップの握りしめると廊下に走り出た。


自分の部屋を目指して―。



バンッ!!


フィオーネを乗せた車いすを押して501号室の扉を開けて部屋に入ると後ろ手に扉を閉めた。こんな事をしても無駄と思いつつ、ガチャガチャと部屋の鍵を掛けたところで俺の精神は限界に達した。


「う…」


安心してしまったせいだろう。フラフラとベッドに近付き、バタンとベッドに倒れ込むと、そのまま俺は気を失ってしまった―。



****


「う…」


気付けば俺はベッドの上に横たわっていた。部屋の中はテーブルランプのオレンジ色のぼんやりとした明かりで照らされている。


「気が付きましたか?」


直ぐそばで声が聞こえ、驚いて頭を動かした。するとそこには俺の寝ているベッドに腰かけたフィオーネの姿があった。

彼女は体調が良くなったのか。顔の血色が戻っていた。


「あ…お、俺は一体何を…?」


ゆっくり身体を起こすとフィオーネが言った。


「あまり無理して起き上がらない方が良いでしょう。ユリウスさん、貴方は怨霊に触れてしまったのですから」


「怨霊に…触れた…?」


「ええ、そうです。そのせいで貴方はすっかり身体の熱を奪われてしまいました」


言われてみれば、先程から寒くて寒くてたまらない。…こんなのは絶対におかしい。今は6月でもうすぐ夏は目の前だと言うのに…。


「た、確かに寒くてたまらないですね…」


俺はガチガチ歯を鳴らしながらブランケットを手繰り寄せると身体に巻き付けた。


「…申し訳ございませんでした」


突然フィオーネは頭を下げて来た。


「え?何故…謝るのですか?」


「何もかも…私のせいなのです…」


フィオーネは俯くと肩を震わせた。


「何故貴女のせいなのですか?」


訳が分からず尋ねた。


「貴方が呪いに触れてしまったのも…あの土地が呪われてしまったのも…何もかも…」


「フィオーネ…?」


するとフィオーネは不意に顔を上げると、俺の頬に手を触れて来た。


「え…?」


そして気付くと、次の瞬間俺は彼女にキスをされていた―。



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