悲劇の魔女、フィーネ 14

「フィオーネッ!」


彼女に駆け寄り、抱き起すなりギョッとした。その顔色は余りにも青ざめていたからだ。


「フィオーネ、しっかりして下さい」


幾ら彼女をゆすってもまるきり反応が無い。


「フィオーネ…」


兎に角彼女を休ませてやらなければ…!俺は彼女を抱き上げるとタクシーを拾う為に路上へ出た―。



****


 幸いな事に、流しのタクシーをすぐに止める事が出来た。運転手にドアを開けて貰い、自分の宿泊先のホテルまで連れて行って貰う事にした。


タクシーが走り始めると、すぐに隣に座らせたフィオーネの様子を伺った。

ただでさえ、白かった彼女の肌は今は青白くなっている。微かに呼吸はしているものの、全く意識が戻る気配が無い。


「お客様…病院に連れて行かれた方が宜しいのではないでしょうか?」


タクシー運転手が心配そうに声を掛けて来た。


「病院…」


口の中で小さく呟き、何故か俺は思った。

多分、病院に連れて行ってもフィオーネの具合が良くなることは無いだろうと。


「いえ、取りあえずはホテルに連れて行って下さい。少し様子を見てから病院へ行くかどうか決めるので」


「そうですか、分りました」


俺の言葉に運転手は返事をした。


そしてタクシーはそのま宿泊先のホテルへ向かった―。



****


「ありがとうございました」


ホテルに到着するとカードでタクシー代を支払い、フィオーネを抱きかかえて自分の滞在するホテルの中へと入った。

そして空いているソファに彼女を座らせ、すぐフロントへと向かった。




 ルームキーを預かり、ついでに車椅子を借りて来るとフィオーネの元へ戻った。


「フィオーネ…」


呼びかけてみるも、やはり彼女は無反応だ。


「仕方ないな…」


フィオーネを抱き上げ、車椅子に座らせると自分の滞在している部屋へと向かった。



 俺の宿泊している部屋は5階だった。

5階行のボタンを押してエレベーターが到着するのを待っている時にふと思った。


ひょっとして、フィオーネの具合が悪いのは俺が彼女のネックレスをしているからではないだろうか…と。

そこでネックレスを外し、フィオーネの首にかけてやった。その瞬間、再び自分の背筋がヒヤリとする感覚を覚えた。


…やはり、彼女のネックレスが今まで俺を怨霊から守っていたのかもしれない…。


その時―。


軽い音と共に、目の前のエレベーターが1階に到着した。

スーッと扉がゆっくり開かれた時…俺はとんでもないものを目にしてしまった。

何と、そこには両腕がちぎれ、腹の肉も食い破られているのか、骨まで見えている血塗れの栗毛色の髪の若い男と、四肢がちぎれて床の上に転がっている年配の男がこちらを恨めしそうに睨み付けていたのだ。

エレベーターの中の床は血塗れ、壁にも天井にも血しぶきが飛んでいる。


「うああああああああっ!!」


あまりの恐怖に絶叫し、目を閉じてしまった。


すると…。


「な、何ですかっ!!貴方は!」

「驚かさないで頂戴っ!」


突然エレベーターの中から声を掛けられた。


「え…?」


恐る恐る目を開けると、そこには夫婦と思しき40代くらいの男女が俺を驚いた様にこちらを見ている。


「どういう事だ…?」


何だ?俺がさっき見た光景は…一体何なのだ?


「どういう事ってこちらのセリフです!」

「いきなり叫んで…心臓が止まりそうになったわ!」


男女はかなり御立腹だ。


「すみません。本当に大変申し訳ございません」


俺はただひたすらに2人に謝罪し…彼らもまた、いきなり叫んだ俺が気味悪かったのだろう。ブツブツ言いながらもエレベーターを降りて行った。


「…い、今のは…一体俺が見た光景は…?」


心臓は激しく脈打ち、今に胸を突き破られそうだ。


「と、とにかく…まずはフィオーネを…休ませないと…」


俺は震えながらエレベーターに乗り込んだ―。


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