悲劇の魔女、フィーネ 11

 2人で喫茶店を出て、雑踏の中を歩いているとフィオーネが口を開いた。


「ユリウスさん、日が沈む頃には怨霊の力が強くなります。今日の日没は午後6時半です。その時に昨夜のレストランの前で待ち合わせをしましょう」


「え?ええ」


まさか俺と食事を…?まるでデート気分の様になって浮かれたが、すぐにその言葉は打ち消された。


「私は今夜もあの店でピアノの演奏があるのです」


「あ…そうなのですか…」


何だ、仕事か…。

少しだけ落胆した気持ちになりながらも尋ねた。


「フィオーネさんはこれからどうするのです?もし何も予定が無ければ一緒に食事でもしませんか?お互いにお昼を食べ損なってしまいましたからね」


しかしフィオーネは首を振った。


「…申し訳ありませんが、私はこれから仕事があるのです」


「え?仕事って…ああ、昼間もレストランでピアノの演奏でもあるのですか?」


「いいえ。占いの仕事をしております」


「えっ?!占い師?!」


その言葉に驚いた。


「占い師が…どうかしましたか?」


「い、いえ。その…あまりにも貴女に合っているなと思って。その何と言うか…貴女の黒く長い髪や、青い瞳は…神秘的で…」


まるで魔女フィーネが現存していれば、彼女のような姿ではないだろうか…?


いつしかそんな事を考えていた。


「どうしましたか?ユリウスさん」


フィオーネが声を掛けて来た。


「あ、い・いえ。何でもありません。では本日18時半にあのレストランの前で待っています」


「はい、よろしくお願いします」


「では…失礼しますね」


そして俺はフィオーネに背を向けた時―。


「ユリウスさん」


不意に声を掛けられた。


「はい?」


まさか…気が変わって俺と食事を…?

期待に胸を膨らませ、笑みを浮かべながらフィオーネを見た。しかし、彼女の口から出たのは期待していた言葉では無かった。


「危険ですから、絶対にもうお1人でアドラー城へは行かないで下さいね」


フィオーネの目は真剣だった。


「は、はい。分りました」


「ならいいです。それでは後程」


フィオーネ頭を下げると、背を向けて雑踏の中へと消えて行った。


「…」


少しだけフィオーネが立ち去る後姿を見届けていたが…。


「部屋に戻るか…」


ホテルへ足を向けた―。



****



「参ったな…カメラの映像を取りにアドラー城跡地へ行きたかったのに…。あんな事になるのが始めから分っていれば、PCに接続して画面を確認する事が出来たのにな…」


しかしそこまで言いかけてふと思った。

だが、仮にそんな事をして、また恐ろしい映像でも映っていたら?その映像を見る事で、ますます怨霊にとりつかれてしまう可能性もあるかもしれない。


「何しろ、今回ばかりは今までのガセネタとは違う…。あれは絶対に本物だ…」


そして、それと同時に先程別れたフィオーネの事が頭に浮かんだ。


「フィオーネ…本当に彼女は何者なのだろう…。年齢はまだ20歳そこそこに見えるのに、あんなに落ち着いて…俺よりもずっと大人に見える…」


フィオーネとの約束の時間までまだ4時間以上ある。


「こうしていても仕方ないしな…」


そしてリュックの中からノートPCを取り出し、ネットにつなげた。


アドラー城と近くに合った集落『メイソン』について調べる為に―。

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