第4話 初めての街と、炊き立てご飯




埃に塗れた街の人達は、咽せることも忘れているかのように、大きな口を開けて呆然と私を見つめている。


私はおんぶしているミアを降ろした。


ミアは真っ直ぐにある女性に駆け寄っていく。



「ママー」

「ミアー」


どうやらミアのママのようだ。

親子の再会を私は温かい目で見つめた。




おぉーーーーーー

ミアだーーーーー

帰ってきたぞーー




街の外にいた人達が次々に声をあげる。

その状態がしばらく続き、少し落ち着き始めた頃、ミアとミアのママが私に近づいてきた。



「あなたがミアを助けて下さったマリー様ですね」


さ、様??

違和感を感じたまま私が「はい」と返事をすると、ミアのママは深々と頭を下げた。



「ありがとうございました」

「いや、そんな。気にしないで下さい」


私は慌てて言った。



「マリーお姉ちゃんは強いんだよ。盗賊もデビルベアも倒しちゃったんだよ」


ミアがまだ頭を下げ続けているママに話しかける。



それを聞いたミアのママは、更に恐縮して頭を下げた。



「本当に、頭を上げてください」


私はミアのママの肩を取り、頭を上げるようお願いした。

ミアのママは頭を上げ、私を見つめてくる。

髪はミアと同じ薄緑色で綺麗な顔立ちをしている。そして、瞳からは涙が溢れていた。




ぐぅぅぅぅ




静寂を破ったのはミアのお腹の音だった。

その場にいた皆んなが笑い出し、一気に雰囲気が和んだ。




「ミア、帰ってご飯にしましょう」

「うん」


ミアの表情からは盗賊達に攫われていたときのような緊張が一切無くなり、緩々の笑顔をしている。



「マリー様も是非いらしてください」

「お姉ちゃんも、早く」


私が答える間も無くミアは私の腕を取り歩き出した。



歩いてる最中、街の人達にミアを助けてくれてありがとう、と声をかけられた。

照れながら歩いていると、すぐに門の前に辿り着いた。


門は開いていたが、横にいた鎧を着た男が私に詰め寄ってくる。



「おい、お前。身分証を出せ!!」


明らかな敵意を向けて語尾を強く言ってきた。



「この人はミアを助けてくれた人だぞ。そんな態度はないだろう!!」


街の人達が一斉に声を上げる。



「黙れ!!規則は規則だ。それともお前達、ラーロック様に逆らうのか?」


「くそ、またそれか」


言葉を返してはいるが、先程までとは明らかに街の人達の勢いが落ちた。



「身分証、ないんですけど」


私は男の態度を気にも留めず言った。



「身分証がないって、どんだけ田舎もんなんだ。まったく、面倒臭いやつだ」


男はそう言うと、門の横にある控室のような場所に向かって声をかけた。



「サドック、こいつの鑑定を頼む」


控室のような場所から小柄な年配の男が出てきた。



私の判別スキルに男は『簡易鑑定スキル持ち』と表示された。


『簡易鑑定スキル』は人の犯罪歴や年齢を見るスキルで、それ以外の情報は確認できないようだ。

私のスキルを確認されたら少々面倒なので少し安堵した。



男はしばらく私を見続けた後、問題ない、と言った。



「チッ、早く行け!!」


結果に納得行かないのか、不愉快そうに私に言ってきた。



争うのも面倒なので、言われるがまま私は門を通り抜けた。


街は東京ドーム3個分(予想)程の広さで、家や店が立ち並んでいる。

街灯がなく、家や店から漏れる光だけを頼りに歩く。



私は念のため、暗視スキルを発動。

街の中がはっきり分かるようになると、家や店が痛んでいることが分かり、中には壁に穴が空いている家もあった。



「さっきの衛兵の態度、本当にすみません」


「いえいえ。ミアのママが悪い訳ではありませんから」


「そう言えば申し遅れました。私はミアの母親でラーミアと言います」


「あっ、私はマリー•アントワネットです。様とかはいらないので、マリーって呼んでください」


私は改めて自己紹介をした。

私の横でミアが笑顔で歩いている。



「マリー様、マリーさん。ここが私達の家です。少し痛んでいて申し訳ないのですが、ゆっくりして行ってください」


ラーミアさんは優しい笑顔でそう言ってくれた。



私の目の前にある家は1階建で、確かに老朽化も重なってかなり痛んでいるように感じた。



その状況をいったん忘れ、遠慮なく家の中に入ると、そこにはキッチンとテーブル、奥にはベットと棚が置いてあるシンプルな内装だった。キッチンの横に扉がひとつあるが、トイレとお風呂かな?



「マリーさん。こちらに座ってください。すぐに食事を用意しますから」


私はテーブルに備え付けられている椅子に座った。

ミアは嬉しそうに私の横に座ってきた。



しばらくして出てきた料理は、芋を甘辛く炒めたものと、恐らく玉葱のスライスが入ったスープだった。

箸は当たり前のようになく、フォークが置かれている。



「それじゃ、食べましょう」


ラーミアさんが言うと、ミアは勢いよく食べ出した。

その姿を笑顔で見ながら、私は両手を合わせて「いただきます」と言った。



ラーミアさんとミアが私を見てくる。

いただきます、習慣的にやってしまったが、私は日本人であること、いや、あったことを誇りに思っているのでこれからも続けるだろう。



「私の故郷では、命をいただくことへの感謝として、いただきますって言うんだよ」


手が止まっているミアに私は言った。



ミアはラーミアさんを見て、目配せした二人はフォークを置き、両手を合わせて同時に言った。



「いただきます」



私は二人に笑顔を向けると、もう一度、いただきます、と言ってから食べ始めた。


芋を甘辛く炒めたものは適度な濃さで、スープも少し薄味だが美味しい。

これは、絶対にお米が合うはず。



「ラーミアさん、一つお皿を貸してもらえませんか?」


「分かりました」


ラーミアさんは席を立つと、棚からお皿をひとつ取ってきて私の前に置いてくれた。



そのお皿の前で、ご飯創生スキルを発動。

このスキルを使えば、お米と味噌と醤油が出せる。


お皿の上に炊き立てのご飯が現れた。

よかったー。生米が出たらどうしようかと思ってた。


現れたご飯を見て、ラーミアさんとミアはあんぐり口を開けている。



「これは私のスキルなの。だから安心して」


スキルという言葉に少し納得がいったのか、ラーミアさんとミアは大きく開けていた口を閉じた。


スキルという言葉はこっちの世界にもあるみたいだ。



私は目の前の炊き立てご飯に我慢できず、少しがっつくように食べ始めた。

ご飯と芋の甘辛炒めが良く合う。



あぁ〜

やっぱり、ご飯だよ。

日本人はこれがなきゃ。



ミアが、うるうるしている私と、ご飯を交互に見つめてくる。



「ご飯、お米って言った方がいいかな。食べてみる?」


「うん」


「ラーミアさん、お皿をあと2つお願いできますか?ラーミアさんも是非食べて下さい」



ラーミアさんはお礼を言いながら席を立つと、お皿を取りに行ってくれた。


ラーミアさんもミアもだけど、いいや、街の他の人達も明らかに頬が痩けているし、全体的に細過ぎる。


絶対に栄養が足りてない。

お米は糖質、ミネラル、鉄分が含まれているから、ラーミアさんにも食べて欲しかった。



私の前に置かれた二つのお皿にご飯を出すと、二人に差し出した。



「お菜とご飯、交互に食べてみて下さい」


二人はいただきます、ともう一度言うと、お菜とご飯を食べた。



「お、美味しい」


「お姉ちゃん、これ美味しいーー」


二人は同時に言葉を発した。


「お米は偉大なんだよ」


私は得意げに言うと、3人で笑いながら食事を楽しんだ。



食事が終わり、ミアが眠そうに目を擦っているのを、私は本当の妹を見守るような優しい目で見ていた。


こんなに小さいのに、盗賊達に怖い目に遭わされて大変だったよね。

今日はゆっくり眠るんだよ。



そう思っていると、私はあることを思い出した。




盗賊、


収容、



ああーーーー!!





私は大きな声を上げてその場に立ち上がった。

ミアはびくんとして、目を開いた。



「ミアごめんね。ラーミアさん、警察署、いや、違うな、私、盗賊を収容しているんですけど、どこに持っていけばいいでしょうか?」


「収容?」


ラーミアさんは首を傾げながら私の周りを見る。



「えっと、私のスキルで見えない空間に閉じ込めてるんです」


ここで牢屋収納スキル発動するのは流石に良くないので、納得してもらうしかない。



「ミアも見たよ。何もないところに入口が出てきてね、その中に盗賊もデビルベアも入れてたんだよ」


正確にはデビルベアは牢屋収納ではなくて、真空収納スキルに格納したんだけど、ミア、ナイスアシスト。



「お米もそうだし、マリーさんなら色々不思議なスキルをお持ちなんでしょうね」


自分を納得させているようなマリーさんは続けて言った。


「盗賊も魔物も、冒険者ギルドに行けば対応してくれるはずです」




ぼ、冒険者ギルド、きたーーー。



アニメで見たことがある。私も冒険者になっちゃおうかな。



「その冒険者ギルドはまだ営業してますか?」


「はい。基本的には緊急対応もできるように誰かしらいます。それに、酒場を併設してますから」


酒場、14歳の私には縁がない場所だけで、営業してるならすぐに行かなきゃ。



「ちょっと冒険者ギルドに行ってきます」



ミアが寂しそうな顔をして私を見つめてくる。


「大丈夫。すぐ戻ってくるよ。私はミアのお姉ちゃんなんだよ」


ミアは一気に笑顔になり、私に抱きついてきた。


「ラーミアさん、事情を聞かれるかもしれないので、帰りが遅くなるかもしれません」


ラーミアさんは静かに頷いた。


ミアには申し訳ないが、早く帰れない場合も想定した。ミアも呼ばれる可能性があるかもしれないけど、私一人で極力対応しよう。




私は二人に「行ってきます」と言うと家を後にした。



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