一章(14)

 エストボールから北へ四日ほど歩いたところで、巨大な岩の壁がそびえたつ光景が目と鼻の先まで近づいた。遠くから見た時はまさかここまでの大きさだとは、思いも寄らなかった。近づくにつれ大きくなっていく岩壁は、手が触れる距離まで来れば、見上げても頂上が見えないほど高い。

 横の長さも相当だ。こちら側と向こう側を分ける境界線ように、終わりの無い線が水平線まで続いている。

 吹き荒ぶ砂嵐も巨大な壁には太刀打ちできず、北から吹く時だけはここ一帯の視界が晴れてよく見えた。

 初めに気がついたのは、村を出てから丸一日過ぎた頃だった。

 遠くに見えた壁は砂の中に立つ建物のように見え、独立しているように見えた。つまり端は確かにあって、決して辿り着けない距離ではないのだ。

 問題は端へと辿り着くのに一日、あるいは二日程かかることだが、こればかりはどうしようもない。


 諦めて歩くことを決めたリュトは、壁伝いに東に向買って歩き始めたが、案内役のティヌが逆側へ向かったので、足を止め振り返る。 

 「ヴォルガンたちは、この先にいるんだ」

 リュトはティヌの指さす方を見た。こちら側から見ても、ただの壁にしか見えない。リュトはティヌの側に行き、もう一度壁を見た。すると壁には細い亀裂があり、薄っすらと向こう側が見えた。

 「でも、あの先に行くのは危険すぎる。わざわざ死にに行くようなもんだ。ひょっとしたら壁の外まで出て来れたんじゃないかって思ったけど、誰もいないのを見ると、全員……もう」

 ティヌの弱気な言葉を尻目に、スファラが一人で壁の隙間へと向かって行く。

 「いまさら行ったって、もう無駄なんだよ!スファラ、お前がどうしてもって言うから案内してやったけどな、これ以上は付き合いきれない。俺は絶対壁の向こうには行かないからな。行くなら一人で行ってくれ」

 恐怖に顔を歪めてティヌが喚いた。

 スファラは一度足を止め、ティヌに振り返る。その表情は、意気地のないティヌに対しての怒りでも悲しみでもなく、ここまで付き合ってくれた仲間に向ける優し笑みだった。


 「わかった。案内してくれてありがとう。あと心配も。あんたは一度中に入っているから、壁の向こうの状況が分かっているのかもしれない。ここに入ることがどんなに恐ろしいことかも。でも私はまだ入ったことが無いわ。だから分からないし、それなら一度、自分の目で確かめないといけないじゃない?ここまで来て何もせず引き下がるなんてことはできない。それに、あいにく私一人じゃないのよ」

 スファラがチラリとリュトに視線を送った。

 見つめられたリュトは、気だるそうに息を吐く。

 「さっさと先へ行け」

 「ってことだから、行ってくるわね」

 再び歩き始めたスファラの後に付いて、リュトも壁の向こうへと向かう。

 「お前ら馬鹿だ!死ぬだけだって言ってるだろ!!なんで、そんなに……」

 「この目に見たものだけが真実。予測は想像に過ぎない。例えそれがどれだけ正確なものだとしても、目に映るまでは真実にはならない」

 足を止めずにスファラは言った。

 「昔、お父さんに教えてもらった言葉なの。良いことも、悪いことも、想像するだけじゃ前には進めない。目にして、真実を知らないと、その先には進めないのよ。悪いことなら尚更、真実を突き止めるべきなの。真実を受け入れて、前に進まないといけないのよ」

 口を開けて固まるティヌに、リュトもスファラも気づかない。スファラは振り返らずに言葉を続ける。

 「でも、まだ何も知らないままだから、最高にいい予想だけしておくわ。それが真実になるところを、あんたにも見せてあげるから」

 決意に満ちたスファラの言葉が、ようやくティヌに届いた。

 ティヌは落ち着きを取り戻し、静かにスファラの背中を見つめている。

 「無事に帰って来いよ。俺も、お前が元気で帰って来る想像だけしてるからさ」

 否定を止め応援をしてくれたティヌに、スファラは振り返って応えた。

 「ありがとう。行ってくる」

 スファラは、笑顔で手を振りながら亀裂へと入った。

 続いてリュトも亀裂へと入る。

 中から見る壁の厚さは予想以上だった。

 これでは大魔法を使っても壊すことは困難だ。もし中で閉じ込められたら、出てこれないかもしれない。リュトは、出口の確保が目的を果たす上で重要だと思った。

 薄らと見えていた先の景色が、段々と鮮明になっていく。

 「もうすぐ出口よ」

 あの先で何が待ち受けているのか。リュトは体内の魔力を高めながら、壁の向こう側へと踏み出した。

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