第7話 ライハナの企み

「……って感じで、カルメラの軍は嫌な感じなんだ。そしたらプラチドは、僕じゃなくて父上の命令だと偽って、やめさせたらどうかって」


 ライハナはチリーノの話を聞きながら、馬に乗って移動していた。チリーノが来てくれて、嬉しくて顔がにやけそうなのを必死に抑えているのは内緒だ。


「カルメラの奴らの残虐行為は聞き及んでいる」

 ライハナは言った。

「現地からの報告が入っているからな。私たちにとってはこれは聖地防衛戦であると同時に、住民の保護のための戦いでもある」


 周囲の騎士たちには、ライハナが独り言を言っているように見えているはずだ。だが彼らには慣れっこだから、怪しまれないだろう。ライハナはいつも、精霊たちとおしゃべりをしているのだから、これだって似たようなものだ。


「そうなんだ……」


 チリーノは複雑そうな顔を浮かべた。


「昔にね、僕の先祖が聖地エルリスをカルメラの領土に組み入れることに成功した時のこと……。その時から、カルメラ軍を率いていたご先祖様は勇者だって賞賛されて、シェリン軍の王様は魔王だって嫌われていたんだ。でも、平気で略奪や虐殺をするようじゃ、勇者とはとても言えないよね……」

「勇者云々はともかく、魔王には違いないだろう。魔神様の御加護を受けた王こそがシェリンを統べる者なのだから」

「あ、うん。確かに。でも僕の国では魔王っていうのは蔑称だなあ。シェリン人のことだって、みんな怖い顔をした化け物だって言われているくらいだよ」


 ははっ、とライハナは声を上げて笑った。


「カルメラは随分と愉快な国だな」

「……申し訳ない」

「構わん。敵対する者同士などそんなものだろう。だが……」


 ライハナは眉間に皺を寄せた。


「罪なき人に剣を振るうのは許し難い。早急に何とかせねば……」

「僕からも呼びかけておくよ」

「助かる」


 だが、すぐにその必要はなくなるだろうと、ライハナは思っていた。

 聞くと、カルメラの軍は、魔法騎士団でもないただの戦士たちに押され気味だという。ライハナたちが到着したら彼らに勝ち目はないと言っていい。

 到着し次第、すぐにシェリン軍が、聖地の全土の領土を回復する。そうすればカルメラ戦士の魔の手も届かなくなる。


 問題は、カルメラ軍が蹴散らされたら、チリーノもやられてしまうであろうという点だ。だがライハナには策があった。


 ターリク団長には、なるべく殺戮は控えるようにと進言してある。その方針は魔法騎士団に行き渡っている。だから、必要以上の殺害は行われない。

 ライハナがやるべきことは、チリーノたちを見つけたら、すぐに彼らを戦闘不能状態にまで追いやり、捕虜として彼らを匿うことだ。


 ……とっとと逃がしてやるという手もあるが、ライハナにはそのつもりはなかった。


 本当は、望まぬ形でチリーノと対峙することになって途方に暮れていたのだが、先日、精霊たちが助言をくれたのだ。


「これは良い機会よ。チリーノと直接会えるんだから!」

「捕虜にとって奴隷にしてしまえばいいのよ。そうしたら好きな時に会えるわ!」

「頑張って、ライハナ。私たちはライハナの恋を応援してるんだから!」


 なるほどとライハナは思った。

 チリーノをライハナの奴隷にする。

 それは……良い案だ。


 戦争捕虜として奴隷身分になった者には移動の自由は無い。ライハナの屋敷に連れて帰っていつでも会えるようにしてやれるではないか。これで、いつもチリーノが気まぐれに現れるのをそわそわと待つ必要はなくなる。

 チリーノだって、カルメラの城は居心地が悪いといつも愚痴をこぼしている。それくらいなら、いつもライハナのそばにいられたほうが本人のためにも良いことに違いない。


 それに、チリーノを奴隷にしたら……色々と命令ができる。それはちょっと背徳的でありつつも、非常に甘美な計画だ……。


 もちろん、奴隷と言ったって強制労働で酷使したりなんかしない。シェリン帝国では、他人に施しを与える寛容さが美徳とされているから、奴隷の身分も決してひどいものではないのだ。

 それも他国の王子様ともなれば、特別待遇をすることが許されるだろう。チリーノには何不自由ない生活を与えることができる。


 問題は、捕虜は身代金が支払われた場合釈放しなければならない点だ。

 チリーノを取り戻すために、カルメラ王家からは多額の身代金が支払われることだろう。その時が来たらまたお別れだ。

 だからこれは、限られた時間の中での逢瀬……。


 いや、とライハナは姿勢を正し、馬の手綱を握り直した。


 この儚い夢を実現させるためには、まず戦争にて作戦を成功させなければ。

 チリーノを守るカルメラ戦士たちを軒並み吹っ飛ばして、チリーノを安全に戦闘不能に追い込まねばならない。他の誰に邪魔されることなく、ライハナ自身の手でだ。


 幸い、魔法騎士団の行動は比較的自由が許されている。それぞれ持つ魔法の能力が違うので、統率の取れた行動は難しいのだ。だからライハナはターリクのもとを離れて自由行動ができるだろう。

 ライハナも、チリーノの魂の気配はとっくに覚えている。その位置を特定するのはきっと可能だ。


「あんたたち、うまくやれるよう、協力してくれるな?」


 ライハナは三人の精霊たちに問いかけた。

 精霊たちは楽しそうにキャッキャと笑う。


「もちろん!」

「応援するわ!」

「力を貸すわ!」

「ありがとう」


 ライハナは笑った。


 シェリンの魔法騎士団の一行は、一路、聖地エルリスを目指して、馬を進めていく。

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