第5話 奪還作戦への参加


 何者かがチリーノの鼻をつまんだ。

「ふが」

 何者かではない。こういうことをするのはプラチドに決まっている。

「お目覚めになりましたか」

「うん……よく遊んだ」


 プラチドはあからさまに溜息をついた。


「全く……。じきにタツィオ陛下からの招集のお時間です。遅刻しては事ですよ」

「そうだった、父上が……。起こしてくれてありがとう、プラチド」

「いえ。では、身支度をお手伝いいたします」

「うん、よろしく」


 チリーノはふりふりの衣装で会議部屋に向かった。そこには木でできた綺麗で大きな机が置いてあり、立派なクッションのついた椅子がずらりと並んでいた。チリーノは、父王の隣の席に慎重に座った。

 兄弟たちがみんな揃ったところで、父は重苦しく口を開いた。


「今日ここに集まってもらったのは他でもない、聖地奪還戦争についての教皇様からのお言葉を伝えるためである」


 みなは真剣に耳を澄ませた。

 カルメラ王国では政教分離の原則が採用されており、国王と言えども宗教のことに口出しはそうそうできない。代わって国内の宗教……天神教を司っている教会の、頂点に立つ者、それが教皇だ。


「知っての通り、聖地奪還戦争は苦戦を強いられている。教会主導の騎士団の兵力だけでは、魔神を信じる邪悪な国家シェリン帝国の勢力には太刀打ちできんのだ。そこで教皇様から、我が皇帝家の軍からも派兵するようにとの要請があった」

「……」

「我が一族からも、軍を率いる大将を選出したい。そこでだ、チリーノ」

「はっ、はい」

「お前、聖地奪還戦争に行って皇帝軍を主導して来い」


 ドーンと雷が落ちたような衝撃が走った。


「ぼ、僕ですか?」

「そうだ」

「お待ちください、父上!」

 弟のフェルモが異論を唱えた。

「兄上はご存じの通り、戦力として期待できません。何より怠惰で、居眠り王子とのあだ名がつくほど。なのになぜ、そのような大役をお命じになられるのです?」


 散々な言われようだが、事実なのでチリーノは反論できない。するつもりもない。チリーノだって、フェルモの方が適任だと思っている。


「だからこそだ」


 父は言った。


「これは最後の機会だ、チリーノよ。この初陣で、お前が使い物になるということを証明してこい。それができなければ王位継承権はやれぬ」

「はあ……」


 王位継承権なら今すぐにでもフェルモにやってしまいたいところだ。ろくに城内に味方もいない状況で、どうして国家など運営できようか。フェルモのほうが政治力にも優れているし、真面目だし、何より勇猛果敢だ。絶対に彼の方が適任だ。だが、そんなことを言ってはまた怒られるので、チリーノは黙っていた。


「分かったな、チリーノ」

「承りました」


 そう言うしかなかった。戦なんて恐ろしいものは御免被りたいけれど、父が言うなら致し方ない。勇者の血を引く者として、己が聖剣を振るうしかあるまい。


 すぐに、戦の準備が始まった。騎士が集められ、物資や食糧も集められる。チリーノも指示に奔走したが、その影にはプラチドの献身的な協力があった。


「いつもありがとう、プラチド」

「礼には及びません。それよりも、鎧の着心地の確認を」

「あ、うん、分かったよ」


 そんな感じで忙しかったので、なかなか魂飛ばしをする余裕は無かった。できたとしてもライハナの方が忙しそうだったりするので、話す時間が取れない。ようやく、自分も出陣するのだと報告できたのは、出発前夜だった。

 ライハナは少し目を丸くした。


「あんたもエルリスに向かうのか」

「うん」

「それで、私たちの軍と戦うのか……」

「うん。そうなりそうなんだ」


 チリーノはしょぼくれていたが、ライハナは何やら考えている様子だった。

 それから言った。


「大丈夫だ、安心しろ。命が取られるようなことにはならない。私がうまく取り計らってやる」

「でも、どうやって……」

「それを言ったら機密情報の漏洩になるから言えないな」

「ええー……」

「とにかく、安心して戦いに来い。私が絶対に、悲劇なんて起こさせないからな」


 いつになく優し気な声色に、チリーノは妙に気圧されてしまった。


「うん。分かった……」

「じゃあ、無事でいろよ、チリーノ」

「ありがとう。ライハナも、無事で……」


 それで時間切れだった。チリーノは目覚めなければならなくなった。


「じゃあ、ライハナ、元気でね」

「ああ、チリーノもな」


 チリーノは昼寝から目覚めて、戦準備の続きに取り掛かった。丁度、使者からの手紙が届いたところだった。

 聖地エルリスに行くには陸路より海路の方が近いし早い。その船の手配が滞りなく済んだという報告だった。


「よかった。これでみんなで聖地に行ける」


 チリーノは一安心した。戦争において重要なのは戦そのものよりもむしろ戦地へ行くまでの行程だったりすることがままある。だが、今回はそれは何とかなりそうだ。


「大丈夫……だよね」


 チリーノは羊皮紙の手紙を胸に抱いて、遠き東の地を思った。


「ライハナ……何をするのか知らないけど、きっと何もかもうまくいく……うまくいきますように。天神様、お願いいたします」


 チリーノは手を組み合わせて、天神様に祈りを捧げた。

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