第10話 波多野家での宴
希未子さんとの相談を終えると鹿能は「曼珠沙華」を出て直ぐに別れた。ここで彼女は鹿能に家に来てもらうのは今日しかないと特に強調していた。それは片瀬井津治が明日には居なくなるからだ。そこで何をすればいいのか、とうとう店を出るまで聞きそびれてしまい、店を出た今も変わらない。それはアドリブでお願いしますと言う昼食時に添えられた彼女の言葉がまだ残っているからだ。そしてそれを今更確認する
帰り着くと、立花さんからいつものように、どやったと訊ねられた。注文はなかったが、会長が一番気にしていた社員をまた見送るのに、今夜の再出発の壮行会に誘われたと告げる。
「なんやそれはけったいな話やないか」
と立花さんに突っ込まれたが、それは鹿能さえも預かり知らない処だ。
「なんで呼ばれたか行ってみんと解らんのです」
すこし社長は考えるように沈黙したが、まあそれで繋がりが保てるんやから、めでたしかと可笑しな批評をされた。確かに繋がってはいるが、それと献花や飾り花の注文とは別次元である。それをじっくり説明すれば、社長は目を剥くから関わりを避けた。
夕方まで勤務して店を出てバスで希未子の自宅に向かった。頑張れと見送ってくれたが、立花さんは全く期待していないのは覇気のなさで伝わって来た。いつもなら檄を飛ばす立花さんが、経験と勘なのか、この時の穏やかな口調が心に重くのし掛かり、それでも笑って送ってくれるから心苦しい。
夜の七時前だと謂うのに晩秋の日暮れは早い。バスを降りて波多野家へ向かう道はスッカリ暗くなっていた。整然と建ち並ぶ高級住宅街も陽が落ちると、
そこから千鳥足に埋められた敷石の先が玄関ドアになる。引き戸を開ければ広い
十二畳ほどの和室に座卓が並べられ、そこへ仕出屋からの寿司と自家製の煮物や洋食が所狭しと並んでいる。今日のメインは片瀬らしく奥に座っていた。後は順に祖母と両親、それに兄の
部屋へ入るなり希未子さんは鹿能を、祖父の飾り花を任された者だと紹介した。片瀬を再び送り出す壮行会と、祖父の密葬が済んだ慰労を兼ねて、希未子さんは鹿能を加えさせたらしい。それがここに居る皆から異議が出ないのは、全て希未子さんに反対されると困るからかも知れない要素が、多分含まれていると鹿能は勝手に解釈した。
直ぐに末席に座る紀子さんが「あたしは料理とお酒の運び役ですから」と彼女の席と入れ替わった。なぜか希未子さんは片瀬の近くでなく、弟の剛をどかして鹿能の側に座った。やれやれと小さいときから
末席とはいえ、注文された仕事の一環として、祖父を花で飾り付けただけの一介の花屋に過ぎない。その鹿能にすれば、これでは飲んで食べて、はいさよならでは済まされない緊張感が走って来た。
ビールを勧められた希未子さんに向かって、そっと「俺は何をすれば良いんだろう」と
「エッ! 今すぐですか」
「まだ早過ぎるわよもう少しお酒が回ってからよそれまでは側に居る人と適当に喋っているのよ」
と希未子さんは傍に居る者に声を掛け出した。どうやらここから順に上座に向かうらしい。そこでこの家が持っている家風みたいなものを知って、心構えを植え付けようとしているらしい。先ずその走りではないが、鹿能とは話しやすい身近な存在として、近くに居る弟の剛とお手伝いさんの紀子さんを紹介した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます