第5話 心機一転

 グリンクロスに着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。宿を取る前に、クロには行きたい所があった。冒険者ギルドだ。受付に行くと、受付嬢のシャルロッテがいた。シャルロッテはクロを見るなりまん丸と目を見開いて、メガネを指で直した。


「ク、クロさん!? ですよね?」

「うん。そうだよ」

「え、え、えーと。確かローレルさん達の報告で、森の滑落事故で死亡したと報告されていますよ! ま、まさか幽霊?」


「あー、そういえば……」


 ギルドには死んだと報告する――。ローレルが最後にそんなことを言っていたのを思い出した。クロはシャルロッテに事の顛末を話した。「殺されかけた」ということにして。


「これは明らかに犯罪です! 上層部に報告しましょう!」


 憤るシャルロッテに、クロはかぶりを振る。


「いや! 待ってくれ。このままでいいよ」


 クロの言葉にシャルロッテは首を傾げる。


「このまま。あいつらを泳がせて欲しい。恨みはあるけどだからこそだ。僕のこと死んだと思っているだろ? そこに一泡吹かしてやりたいのさ」


 その言葉を聞いたシャルロッテは、不敵に笑う。


「クロさんも中々悪いこと考えますね。分かりました。ではクロさんの死亡処理だけ、こちらで取消しておきます」

「助かるよ。それとギルドカードを更新したいんだけど。できるかな?」

「はい。カードとクロさんの手を石板の上に置けば更新できますよ!」


 クロは言われた通り石板に置く。石板が金色に光り輝き、カードが書き換えられていく。


【ギルドカード】

 名前 クロ・テンダーハート

 出身地 ニリバ村

 冒険者ランク C

 ジョブ 解体師(魔人)

 スキル モンスター生態理解

     希少素材解体

     解体効率

     悪魔強化

     絶対解体


 シャルロッテはカードを二度見する。

「魔人って……?」

「あー、いやこれは。よく分からないね、うん」

 クロはそそくさとカードをしまう。それに「悪魔強化」と「絶対解体」とかも追記されている。これらはシリウスと一体化したからに違いない。


(へぇ。人間ってのは、そんなもんで自分の価値の証明をしているのか。てめぇの価値は、てめぇ自身しか分からなかったり、他人が心中で秘めていたりするもんもあると思うがなぁ)


 頭の中でシリウスの声が響く。


「ちょっと静かにして」

「はい? どうされました?」

「あっ! いえ、なんでも。それよりローレル達はまだこの町に?」

「いえ、それはないかと。すぐに出発すると言ってましたから、もう発っていると思います」


(復讐するんだろ? 急いで追わなくちゃあな)

「いや、いいよ」


 別に急ぐ必要はない。いずれまたローレル達とはどこかで会う気がする。


(まぁ、お前自身の問題だ。好きにしろ)

「そうさせてもらうよ」


「……えーと、クロさん?」


 シャルロッテはまた不思議そうにクロを見た。


「あはは。なんでもないよ。それじゃあまた!」

「あっ! お待ちください」


 去ろうとするクロをシャルロッテが呼び止めた。


「もう町を出るんですか?」

「うん。今日は宿を取って、明日の明け方には出発しようと思う」

「……そうですか。分かりました! 今度こそ、クロさんの冒険が偉大なものとなるように、応援しています!」


 シャルロッテはそう言ってお辞儀をした。

「うん! ありがとう!」



 ギルドを出ると宿場を探す。夜になり、街灯に明かりが灯り始めた。


(それにしても時代は進歩してんだなぁ。昔はこんなのなかったぞ)


 シリウスは恐らく街灯のことを言っているのだろう。


(あれは何だ? あの男が持ってる丸いやつ)

「あれは懐中時計だよ。正確な時間を把握できるんだ」

(へぇ。じゃあれは何だ? 兵士が背負ってる筒みたいなやつ)

「あれは銃。鉛の弾を込めて火薬で打ち出すんだ」

(ほぉ。遠距離の武器だな。お前使わないのか?)

「僕には無理だよ。そもそも戦いが得意ではないし、それに銃を扱うにはそれなりの練習がいる」


(へぇ……)


 そんな会話をしながらクロは宿場を見つけた。簡素な所だが、その分宿代も安い。


「ふぅ。疲れた」


 クロは冷凍箱を下ろして肩を回すと、いきなりシリウスが心臓から飛び出してきた。


「うわぁっ!」


 クロはまた思わず驚いて声を上げる。


「いい加減慣れろ。まぁ安心しろ。人前では飛び出したりしないからよ」


 そう言ってシリウスは悪戯っぽく笑う。青い切長の吊り目が、にんまりと歪んだ。


「そういえば、今後について腹割って話そうって」


「あぁ。俺様達は互いのことをもっと良くしるべきだ。だろ?」


 何を言ってもこの悪魔は胡散臭いが、話だけは聞こう。


「まぁ、それは賛成。じゃあ、シリウスの目的は何なの?」


「俺様の目的は、世界をこの手に収めることだ。森羅万象、ありとあらゆるモノを俺様のモノとしたい」


 突拍子もない、だいぶ大それた話だ。


「僕の身体と一緒なのに?」


「ふん! 確かに乗っ取るのに失敗したが、まだ終わったわけじゃあない。隙さえあればいつでも乗っ取るからな」


「共有だ! お互いの精神が起きた状態でね」


 シリウスはつまらなそうに鼻を鳴らした。全く冗談ではない。


「お前の目的は何だ?」


「僕の目的は、タイクーンになることだ」


「タイクーン? なんだそれは?」


「偉大な冒険者のことだよ。僕達冒険者は世界中を巡って遺跡やダンジョンを探検する。そして、そこから古代の遺物を発掘するのが目的だ。そしてとてつもない功績を残せば、タイクーンになれるんだ。皆が蔑む解体師でも、タイクーンになれるんだって。証明しまい」


「……ふーん。タイクーンね。自己の証明、その在り方を見せつけるのは、生物にとって当然の欲求だな。まぁともかく、俺様もお前も世界を巡るという共通の目的がある。なら、これからはパートナーだな」


 信用できる相手と分かったわけではない。なんせ自称"悪魔"だ。得体は知れないし、何を考えているかも分からない。だが、クロの身体に取り憑いたこと。これは一つの事実だ。ならば仲良くする他ない。


「あぁ。取り敢えずそうだね。よろしく頼むよ」


(へっ。俺は戦い。お前は解体。二つ合わせて何でも解体してやろうぜ。ひぇーはっはっは!)




 明け方、空が白み始める前にクロは宿場を後にした。まだ朝日が顔を出し始めたばかりだが、グリンクロスの街は出店の準備をする者達や、外からやってくる卸商達などで、騒がしかった。


「クロさーーん!」

 どこかで聞いた声が、クロを呼ぶ。


 振り返ると赤いケープとベレーを身につけた女がこちらに向かって走ってきている。


「シャ、シャルロッテさん?」


 シャルロッテはクロの前まで来ると息を切らしながら、メガネを指で直した。


「はぁはぁ。やっと追いついた」


「どうしたの? その格好は?」


「私もついて行っていい?」


 あまり突然の申し出に、クロは少し戸惑う。


「えへへ。実は私もずっと冒険者になりたかったの。でも、自分に自信を持てなくて。冒険者になったところで中途半端に終わっちゃうんじゃないかなって」


 シャルロッテは少し視線を落としたが、すぐにクロを見た。


「だけど、あなたを見ていたら、私も何か出来るんじゃないかって! そんな気がしたの!」


 クロを見つめるシャルロッテの瞳は、朝陽に照らされて爛々と、力強く輝いていた。


「でも僕なんかただの解体師だし。君の役に立てるか分からないよ。それに解体師は嫌われ者みたいがから……」


「役に立つとか立たないとかじゃないよ。私はジョブがなんだろうが、関係ない。それに、戦いは任せて」


 シャルロッテは体をひねり、クロに背中を見せる。そこにはマスケットがあった。


「こう見えて銃士マスケッターなのよ。狩猟に銃は付き物でしょ? だから解体師のあなたと、相性良いと思うのよ、私」


 シャルロッテは歯に噛んだ。クロはもまた、その可愛いらしい顔を見て微笑み返す。


「そっか。じゃあこれからよろしく、シャルロッテ」

「うん! よろしくクロ! それとシャルでいいよ。親しい人はみんなそう呼ぶから」


「あぁ、シャル」


 二人は握手を交わす。今度は欺瞞ではない、固い握手であった。


(やったな。下僕を手に入れたじゃねぇか。俺様の世界征服が一歩前進だ)


「下僕じゃなくて仲間だよ」


「うん? 何か言った?」

「あー! いや、なんでもない。独り言だから気にしないで!」


 こうして心機一転、クロは気持ちを入れ替え再出発する。いきなり殺されそうになったり、悪魔に取り憑かれたり、アルコンサウルと戦ったり、散々な滑り出しであったが、シャルロッテという新たな仲間と共に、クロの前途多難なタイクーンを目指す冒険が始まる。


【ギルドカード】

 名前  シャルロッテ・カステルモール

 出身地 グリンクロス

 冒険者ランク C

 ジョブ 銃士(マスケッター)

 スキル 鷹の目

     超・空間認識能力

     魔力伝導

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