第4話 星光の大包丁

 遺跡から出ると日は傾きかけていて、クロの脚は元に戻っていた。


(どうだ? 悪魔の力は気に入ったろ? 『悪魔化』は身体の能力を強化する。俺様がお前を操れるには限界があるが、お前は俺様の力を使えるはずだぜ)


「どういうこと?」


(お前にも”魔力”があるだろ。鼻クソよりも小さいカスみたいな魔力だがな)


「は、鼻クソって……」


(その”魔力”を俺様へと繋げてみろ。今のお前なら感覚で分かるはずだ)


 魔力とはジョブとしての力を発動させるための力だ。思い出したくもないが、メリッサが使っていた魔法が良い例だ。体内の魔力を杖で増幅させ、触媒として大気中の魔力に干渉させて魔法を発動させていた。


「魔力をシリウスに……」


 クロは今までと違う、体内の違和感がある部分に魔力を流す。上手く言えないが、ともかく身体の奥底に何かが蠢めいているような感覚だ。


(お、来た来た。魔力が来たぜ!)

 すると脚がまた黒いヘドロに変化する。


「出来た!」

(そうだ。その感覚を覚えておけ)


 その時、茂みがガサガサと大きく揺れると、のそりのそりと、巨躯が現れた。木の幹のような強靭な後脚で二足歩行をし、長い尾を揺らしている。


「アルコンサウルス!?」


「ギャアアアアン!!」


 アルコンサウルスは大口を開き、けたたましく吠えた。無数に揃った獰猛な歯がのぞく。


(ほぉ。あれはアルコンサウルスというのか)


「うん。大型の肉食種だ。ここよりも温暖な地域に生息するはずなんだけど、なんでこんなところに……」


 とてもではないが、クロが叶う相手ではない。手練れの冒険者が5、6人で討伐出来る相手だ。


(まさか逃げる気じゃなあないよな?)


「逃げるに決まってる! あんなの相手したら今度こそ死ぬって!」


(おいおい、お前は俺様の力を手にしたんだぞ? あんなでかいだけのトカゲ、敵じゃねぇ)


「でかいだけのトカゲって……」

「ギャアアアアァァァァン!!」


 アルコンサウルスは再び吠えると、クロに向かって突進してくる。大きな顎をもたげて、口を開く。


「うわぁっ!」


(落ち着け馬鹿! さっきみたいに魔力を俺に繋げろ)


 クロは集中し、魔力を身体の奥底に流し込む。カチリと、見えない何かに差し込むような感覚がする。脚が黒く悪魔化し、クロは横に跳んで、アルコンサウルスの突進をかわす。突然の速さにアルコンサウルスはキョロキョロと見渡す。


(クロ、あのトカゲの首を斬り落とすぞ)


 心なしかシリウスの声が弾んでいる気がする。


「斬り落とすって、どうやってさ!」

(はぁ? お前、解体師だろ。獲物を解体するのは朝飯前だろうが)


「そ、それは倒して動かなくなったモンスターの死体を解体するんだよ! あんな動き回ってる奴無理だ!」


(いや無理じゃあないぜ。俺様のと合わさればな)


「もう一つの力?」


 アルコンサウルスは振り返り、再びこちらに向かってくる。


(いいから念じろ! 必要なのはあいつを解体するイメージだ!)


「解体するイメージ……」


 狙うはただ一点、首だ。首を刎ねれば間違いなく倒れる。分厚い皮膚を、強固な骨を、一撃で断たねばならい。解体に適した得物。それは大きな肉切り包丁だ。


(そうだ! そのイメージを俺様が具現化する!)


 すると、青い光がクロの利き手である左手に集まる。すぐにそれは大剣のような、大きな包丁のような形と成る。


「こ、これは!」

(跳べ! クロ!)


 クロは迫る大顎を、ジャンプして避ける。眼下に見えるは、アルコンサウルス。狙うは、そのぶっとい首だ!


「うぉぉぉぉっ!」


 大包丁を構え、そのまま勢いよく落ちていく。そしてアルコンサウルスの首を叩き落とした。アルコンサウルスは断末魔を上げる間も無く、倒れる。


「う、うそだろ。僕がやったのか?」

がやったんだ)


(これが俺様のもう一つの力『拡大解釈』だ)

「拡大解釈?」


(その名の通り、イメージや概念を大袈裟に解釈して具現化するのさ。お前は解体師。ならなんでも解体出来るって具合にな)


「なんでも解体できるだって? 無茶苦茶だ……」

 クロはため息を吐いた。


(その武器に名前をつけるんだ)

「名前?」

(そうだ。名ってのは大事なんだよ。名前をつけることで縛り、再現することができる。これも一種の契約みたいなもんだ。お前ら人間だって魔法を使うときに唱えたりするだろ? あれと一緒だ)


 クロは左手に握った大剣を見た。青く光る刀身には、星々の煌めきのような無数の斑点が湛えられている。四角い形状はまさしく、規格外の大包丁であった。


星光の大包丁スタークリーバーなんてどうだろう?」


(ふん。まぁ悪くはないか)


「そうだ! 試したいことがある」


 クロはアルコンサウルスの死体を前にして、頷く。

「うん。ここら辺」


 腹の下、その中心に向かってスタークリーバーを突き立て、そのまま一直線に背中まで切れ目を入れる。


(何やってんだ?)

「解体だよ。僕は解体師だからね。人は生きるために他の生き物を殺す。ならせめて、殺した命を無駄にしないこと。それが命に対する責任だと僕は思ってるし、師匠からもそう教わった」


 さらに胴体に沿って尻尾の手前で切れ目を入れ、そこから下、後脚まで切れ目を入れると、スタークリーバーをその切れ目から刺し込、肉と分離させるように、皮だけを剥いでいく。スタークリーバーは身の丈程もあるのに、片手で扱えるくらい軽かった。まるでナイフのように扱うことが出来る。


(命に対する責任とかいうのは置いといて、使えるもんは使うってのは賛成だ。その皮は何に使うんだ?)


「アルコンサウルスの皮は衣服や防具に加工できるんだ」


 クロは皮を剥ぎ終えると今度は太ももの肉を削ぐ。


「肉は筋肉質だから固くてあんまし美味しくはないだろけど、タンパク質だからね。旅の途中では貴重な栄養源だ」


(だが、そのままだと腐るだろう?)


「うん。だからこれなんだよ」


 クロは背負った箱型の荷物を下ろす。荷物には扉がついていて、扉を開けると冷んやりとした空気が、白い煙と共に漏れ出す。


(うん? 凍らせるのか!)

「そう。冷凍箱って言うんだけど、魔石が内蔵されていて、大気中のマナを氷属性に変換してるんだ。解体師の必需品」


 箱の真上には魔法文字の刻まれた、丸い魔石が埋め込まれている。


(リュックかと思ってたぜ。全く、人間のくせに便利なもんを作りやがるな)


「よし、これで終わりだ」


 するとスタークリーバーは霧のように霧散して消え去る。


(安心しろ。いつでも俺様に魔力を繋げれば呼び出せる。それより、早いとこ町に行こうぜ。これからのことを色々と話さないとな)


「これからのこと……か」


(そうだ。俺達は同じ身体を分け合う運命共同体になったんだからよぉ。今後のこと、腹割って話そうじゃねぇか)


 なんとも胡散臭い申し出だが、クロも町に行くには賛成だった。


「そうだね。取り敢えず帰ろう」


 クロは走り出す。死の淵を見たが、何の偶然か運命か、悪魔のお陰で生き延びたのだ。偉大な冒険者タイクーンになるという夢は諦められるわけがない。それに自分を殺そうとしたローレル一行にも、何かの仕返しをしてやると心に決めた。

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