第5話 辺境のヘルケ村を訪ねて

 ルーナの道案内で荒地の散策は続く。

 道中、2度ほどモンジャールに遭遇したが、いずれも武光の空手サークルで学んだ正拳突きによって撃退された。


 ちなみに、彼がモンジャールを倒すたびにルーナの口数は減っていく。


 そんな彼女が瞳に光を取り戻したのは、視界に村が入った瞬間であった。

 ルーナは「あそこ、あそこー! あれがあたしの村だよっ!!」と嬉しそうに武光の手を引いて駆けだす。


 ここは、ミシャナ族の集落。

 ヘルケ村である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ただいまー!! みんなー! 帰ったよー!!」


 ルーナが村の入り口に差し掛かると、10人ほどの村人が彼女を出迎えた。


「おい! ルーナ様がお帰りになったぞ! 奇跡だ!!」

「怪我すらしてないぞ!! 女神様のご加護だ!!」

「その割に、なんか装備はやたらと汚れてるな。まあ、いいや! 奇跡だ!!」


 武光は村人たちの笑顔を見て「彼女が彼らにとって特別な存在なのは間違いありませんね」と頷いた。

 そんな彼のもとに、ルーナが駆け寄って来た。


「ちょっと! なんでついて来てないの!? みんなに紹介するから! こっち、こっち!!」

「これは困りましたね。エルミナさんに名刺を作って頂けばよかった」


 ルーナは武光の腕を引っ張り、再び村人たちの中へ。

 控えめな胸を張って、自慢げに武光を紹介する。


「この人はね! エノキ! 武光!! あたしの命の恩人なんだよー! ウッドグランドを倒しちゃうくらい強いの!! えっへん!!」

「はじめまして。私、榎木武光と申します。ルーナさん、榎木のイントネーションがいささか違うのですが……」


「おお! あんたがうちの姫様助けてくれたのか! エノキさん!」

「不思議な服だなぁ! 異国の人か? まあゆっくりして行ってくれよ! エノキ!!」

「おや、いい男だねぇ。ワシがもう50歳若けりゃ求婚してたよ。エノキさんや」



 グラストルバニアの発音で「榎木」と呼ぶと菌類の「エノキタケ」の方のイントネーションになる事を知った武光であった。



 村人から歓迎されていると、奥にある屋敷から大柄な男が出てきた。

 見るからに力自慢で、この村一番の戦士は彼だろうと武光は当たりを付けた。


「ぐっはっは! ワシの娘を助けてくれたと言うのは、お前か! 礼を言うぞ!!」

「いえいえ。私もルーナさんに道案内して頂けなければ、路頭に迷っておりましたので。お互い様と言うものでございます」


「なんだなんだ! 気のいい男じゃねぇか! よし、今宵は宴だ!! エノキを歓迎するぞ!! おい、お前ら! 料理の用意だ! 酒も出してやれ!!」

「ちょっと、お父さん! ダメでしょ、ちゃんと寝てなくっちゃ!!」


 よく見ると、ルーナの父は体中に包帯を巻いていた。

 武光は「お怪我をされておられるのですか?」と彼を慮る。


「ぐっはっは! 実はモンスターと戦ってな! だが、やっぱり年には勝てねぇ! どうにか追い払えたが、この様だ!」

「さぞかし強敵だったのでしょうね。ええと」


「おっと、すまねぇ! ワシはガンガンドゥン! ガンガンドゥン・ミュッケルだ!」

「なんと豪快なお名前でしょう。なるほど、お怪我をされたお父様の代わりにルーナさんが戦士をされているのですね?」


「ほへ? 違うよ? あたしがお父さんより強いからだよ?」

「なるほど。……ルーナさんの方がお強い? すみません。参考までにお聞きしますが、ガンガンドゥンさん。何と言うモンスターと戦われて重傷を?」



「モンジャールだ!! さすがに2匹を同時に相手するのは無茶だったぜ! ぐっはっは!! 全身打撲でどうにか済んだ!!」

「……なるほど」


 全てを理解した敏腕営業マンであった。



 それから、榎木武光を歓迎する宴が開かれた。

 出された料理は食べ、注がれた酒は飲み干すのが正しい接待の心得。


「なんだ、エノキさん! イケる口じゃねぇか!! おとなしそうな顔してんのに!!」

「武光ってすごいんだよ! さっきも言ったけどさ、ウッドグランドも倒しちゃったし! あと、モンジャールをパンチ一撃で追っ払ったの!!」



「あ、あばばば……!! も、モンジャールを……!? あんた、戦いの神か何かか!?」

「すみません。ガンガンドゥンさんに悪気がない事は承知しているのですが。なんだかとても心外です。あれは草の塊ですよね?」



 ガンガンドゥンは恐れおののきながらそれを酒でグビグビと胃の中に流し込んで、思いついたことを提案する。

 彼は武光に頭を下げた。


「エノキ! あんたさえ良ければ、この村の守護者を引き受けちゃくれねぇか!? ルーナは戦士の才能に恵まれた娘だが、まだ17歳……。いかんせん、経験が足りねぇ! だが、他の村人はルーナよりもはるかに弱い!! 常にモンスターに怯えながら生活しているのが現状なんだ!!」


 武光もグラスに注がれた酒を一口飲み、少しばかり考える。


 武光にはまだこの世界の活動拠点がない。

 また、異世界・グラストルバニアの知識も圧倒的に足りない。

 それにルーナはこの世界で初めて知り合った人間であり、縁を大切にしたいとも思った。


「分かりました。ご依頼、前向きに検討させて頂きます。つきましては、弊社の代表を呼び出してもよろしいでしょうか?」

「ヘイシャ? な、なんだか分からねぇが、あんたの好きにしてくれ!!」


 武光は「ありがとうございます」と丁寧にお礼を言ってから、虚空に向かって叫んだ。


「エルミナさん! ちょっとこっちに来てもらえますか!!」


 当然だが、返事はない。

 しかし、上司の許可なしに契約を纏めるのは営業マンにとってギルティ。


 その強い念が、彼の手のひらにポンッとキノコを生やした。

 今度のキノコは緑色をしている。


「これは……。何となくですが、地面に突き刺すのが正しい運用方法な気がしますね。やたらと光っていますし。では。……そぉぉい!!」


 ザシュッと地面に刺さった緑キノコから、光の柱が立ち昇る。

 次の瞬間、キノコの女神・エルミナがそこに現れた。

 彼女はタンクトップに短パンの部屋着で、どう見ても執務室でくつろいでいた様子。


「ええええっ!? ここどこですかぁ!? た、武光さん!? うぇぇ!? なんでですかぁ!? 女神界と下界は行き来できないはずなのに!」

「エルミナさん。お待ちしていました。商談のお時間です」


 キノコの無限の可能性を解放していく榎木武光。

 掟破りの女神召喚によって、彼の先行きがハッキリと形を成し始めるのであった。



~~~~~~~~~

 本日の3話目は18時に更新!

 どうぞお付き合いください!!

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