昔々、確かにあった、命と愛の物語。

戦国の世。巫女として山奥で暮らしていた日女が、ある運命の悪戯で、とある武家の惣領息子に嫁ぐことになる。
そこから始まる波乱の人生。彼らが結ばれたことは果たして幸いだったのか――

史実を元にした物語ですが、著者のミコト楚良さんは「昔語り」という表現をされています。
細々とした歴史考証に囚われず、のびのびと人を描いておられます。その語り口が実にたおやかで、飄々としていて、時に笑いを誘うけれども、しっとりとした大人の描写も確実で、読むうちにどんどん引き込まれてしまいます。

時代背景は殺伐としていて、死を恐れず戦い、親族同士でも裏切りや見切りが発生するのが普通である世の中。
男も大変だけれど、女が生きるのはまた別の大変さがある。
誰もが目の前のことを必死にこなして、それでも人生の中で出会った大切なものを失わないように、懸命に生きています。そうしたことがひしひしと伝わってくる物語です。

大きな時代の流れに呑み込まれた人間には、抗うことが不可能な運命がたくさん待ち構えています。それでも、細い糸を手繰り寄せるように丹念に拾い集めた、人と人の間に生まれる情が、人生のつやつやと明るい温かな記憶を編み上げてくれるのだろう……と。
読了して胸いっぱいになり、涙しながら、そんなことを考えました。

じっくりと腰を据えて読み進めるのがお勧めです。
今ではない世の中で、今と同じ気持ちを持った人たちが、何を考えどう生きたのか、思いを馳せてみませんか?