つむぎちゃんのハピハピ☆ブラッド♡バイオレンスライフ♪

白情かな

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 やってしまった。

 もう取り返しがつかない、なんて謝ればいい、なんでこんなことしちゃったんだろう、焦りの感情で頭の中が一杯になる。

「ごめん、大丈夫?」

 尻もちをついて今しがた殴られた左ほほに手をあてている恋人に手を差し出して、自分が殴ったくせに何をしているんだろうと頭の中の冷静な自分がその行為のおかしさに気付く。

「お客様、大丈夫ですか!」

 会計をしていたカフェの店員がレジの向こうから走り寄ってくる。ちょうど入店して来た若い二人の女も突然のことに驚きながら好奇の目でこちらを見ている。


「ごめん、ごめんなさい、ごめん、ほんとごめん」


 私は謝りながらまだ立ち上がれずにいる恋人を置いて店を走り出た。落ち着いた雰囲気のカフェから血相変えた女が飛び出して来たのを見たスーツの男や子供連れの女が驚く。

これから恋人に色々説明して謝って、それでも結局別れることになるだろうし、好奇の目で見られるのも嫌だった。私自身自分がどうしてよりによって人目のあるカフェなんかで、しかも会計中に彼女を殴ってしまったのかまるでわからなかった。パニックだった。だから逃げた。自分でも訳の分からないうちに人を殴ってしまって、訳がわからない状態だったのにたぶん殴ってしまった責任は発生するのだからなんだか自分がかわいそうな気がした。


 私だって殴りたくて殴ったわけじゃない。ちょっと気を抜いただけだ。

 人に何回かぶつかりながらも必死で走っているとポケットに入れていた携帯が振動しているのに気付いた。たぶん音も鳴っている。

 誰からの呼び出しかなんて見なくてもわかる。私は震えるそれをどこか遠くに投げ捨ててしまいたかった。けどそれをしたら生きていくのが不便になることくらいはわかったので恋人の番号を着信拒否にした。


手のひらサイズの黒い板はそれきり体を震わせるのを止めて、私は追ってくる人影もないことに安堵して息を整える。ランニングにしては必死すぎた私のことを気にする人は都会にいない。逃げ切れたという喜びが湧きあがりそうになると恋人とお揃いにした絵本風のカバーがまた震え出した。番号を一つ拒否しても見えないいくつもの糸で私たちはまだ繋がっていた。連絡が取れそうな手段をすべてアンインストールした私は近場のカフェに入って一息つくことにした。 


 コーヒーを注文して頼む気もなくメニューをぱらぱらめくっていると段々気持ちが落ち着いてきた。反省会だ。


 私はそもそも人を殴りたい。かわいいものは殴るともっとかわいいからだ。だけど誰彼構わず人を殴るとローにしばかれるから我慢していた。そのうちゆっくり打ち明けてたまに殴るくらいなら許してくれる関係になりたかった。


 今日は彼女とカフェでお喋りをしていた。楽しんでもらえるようにつまらなくはないけど面白くもない話に興味があるふりをして頑張った。彼女は本を全然読まない私に本を貸してきた。これなら紡ちゃんでも楽しく読めると思うからって、私はその時点で逃げ出したかった。彼女は私の部屋の掃除を手伝うとも言ってきた。一人暮らしの私の部屋は足の踏み場もないほど散らかっていて生活するのが嫌になる部屋だった。でも片づけるのが面倒だからそうなっているのに一緒に掃除をしなきゃいけないのが嫌だった。


 もうとりあえず殴らせてほしかった。こんなに嫌なことを我慢して頑張っているんだから好きなことをしてもいいと思った。会計の時彼女が、誘ったのは私だから今日は払うよと言ってこちらを振り向いたとき私は彼女のハーフアップの三つ編みの後ろ髪を眺めながら笑顔でこっちを向いてくれたら殴るのになあと考えていた。そうなったからつい殴ってしまった。それだけなのだ。たった、それだけのこと。


 突然のことだったのに綺麗なフォームで振りぬいた拳は綺麗に彼女の笑顔を左側からぐにゃりと歪めて不細工にしながら私の首に巻き付いた。

 バランスを崩した彼女はよろよろと右に二、三歩後退してぺたんと尻もちをついた。目を丸くしながら左ほほを抑えて今起こった出来事がなんなのか段々と理解し始めていた。こちらを見上げる目は信じられないという驚きと疑問でいっぱいだった。とてもかわいかった。

 先ほどのカフェではあまりにびっくりしてかわいいと思う暇もなかったけどゆっくり思い出してみるとかわいかった。そのまま足蹴にでもすればもっとかわいかったのに。

 カフェじゃなければ、人目がなければもっと殴ってよかったのに。もったいないことをした。一度きりの機会をこんな形で消費してしまったのは本当に悔やまれる。

 でも悔やんでばかりいても仕方ない。終わってしまったことは仕方ないのだから次にうまくやればいい。そもそも大学の友人というのが面倒だった。家も知られてしまっているしこれからも大学で会ってしまうかもしれない。

 冷めて苦いだけのコーヒーを一気に飲み干して会計をした。その時バッグの中に彼女から課された本があるのに気付いて忌々しい気持ちになった。 



 私は出会い系アプリをインストールして同性愛者の恋人募集を始めた。女の子の方が殴りやすいしかわいいからだ。


 写真を何枚か載せて、失恋したと言っていたら何人かから声をかけられたし、逆に私から寂しいとかなんとか言いながら声をかけたりもした。みんな心が寂しいんだ。私はその心の寂しさを埋めてあげられる。ベッドの上しか座るところがない部屋の中でケースを外した光る板をカツカツ鳴らしながら私はいいことをする。


「好きだよ大好きだよ愛しているよハートマーク」

「あなたしかいないよずっと一緒にいようね音符」

「あなたの過去全部受け入れて好きでいるよ丸」

 私は何人かできた恋人の一人と会うことになった。

 

 彼女はツインテールを揺らしながら待ち合わせ場所にやってきた。まだ本名も知らない彼女は自分のことをよく喋る人だった。カフェで自分が今まで同性愛者であることによってどれだけの不幸を強要されてきたのか熱弁した。よく動く口はたっぷり塗られたリップでてらてらと光っている。身振りをつけて話すとき長袖からちらりとイカ焼きみたいな皮膚が見えた。時々タピオカミルクティーを啜っておいしいね~と言う彼女は愛らしくてかわいかった。


 彼女の話を聞いているうちに突然彼女のことがとてもかわいそうになってきた。彼女が着ているふりふりの可愛い服、おしゃれなバッグ、綺麗なピンクに染められた髪、家出をして友達やネットで知り合った人の家を転々としているらしいこの子がどんな思いで何をしながら稼いだお金なんだろう。この子は自分から私に声をかけてきた子だ、どれだけ寂しい気持ちを抱えているんだろう。これからさらに殴られるなんてかわいそうすぎる。奢るからカラオケに行こうと誘うと彼女は上機嫌でついてきた。一番得意な歌をせがんで歌ってもらって、顔を殴った。歌は上手だったし殴るとさらにかわいくなった。


 彼女は殴られ慣れているみたいで、カフェで殴った峰さんと違って避けようと反応した。そのせいで左目のあたりに当たってしまった上に壁に頭をぶつけていた。天性のドジっ子でそんなところがかわいい! 彼女は茫然自失ともしなかったし怖がることもなかった。さっきまで語尾にふにゃふにゃの線がつくみたいな話し方をしていた彼女はもうどこにもいなくなって、びっくりマークがついた話し方に変わった。なにすんのよ! って向かってきて怖くなったのでマイクでこめかみを叩いた。こめかみからは血が出て完璧にお化粧された彼女の顔に不完全さをもたらした。欠けている方が素敵だった。いった! と声を作るのをやめると低くなる声が自然でかわいい彼女はこめかみに手を当てて血が出ているのに気付くと途端に怯え始めた。


自分を抱きしめるように肩を抱いて震えている。視線が扉に向いたので扉の前に陣取った。彼女は縮こまってまるで小さい子どもみたいに見えて、かわいいものが好きな私はかわいい子のかわいい側面が見れてにんまりしてしまう。


 やだやだなんでと小さい声で呟いている彼女は、理不尽な暴力と不幸にさらされ続けた被害者で、かわいそうな子だった。悪いことはたぶんしているだろうけどそれはこの子と言うより社会が悪くて、私なんかに好意を寄せてしまう状況自体が不幸でしかなかった。ちっぽけで世界に必要のない彼女の存在がとても愛おしい。


彼女はよせばいいのに手鏡で自分の顔を見た。そして思ったより多かった出血の量に気分を悪くしてえずいた。そういえば父親に暴力を振るわれていたことがあって、殴られて血を流すのがトラウマらしい。彼女は会ったばかりの人間に自分の辛い過去を正直に話してくれる良い子で、私は私の思うかわいいに忠実な素直な子だった。良い子と素直な子しかいない狭いカラオケボックスで浅い息遣いと時々混ざる下品な嗚咽が良く聞こえた。くだらない偶像の売り出しの言葉は全く聞こえなくて、それよりはるかに小さい彼女の息遣いと、口の中にたまったサラサラな唾液を無理やりこくんと飲み込む音がはっきりと聞こえた。


 彼女が段々落ち着いてきたと思ったのでもう一度マイクを大きく振りかぶった。条件反射のように頭をかばってまた震え出す。マイクでお腹を小突くと「ゔっ!」と声に出して両手で口を押えた。ほっぺたがみるみる膨らんだ。すぐに飲み込めないらしくふーふーと鼻の穴を大きくして必死に呼吸している。不細工でかわいい。ばっちり決めているファッションの子が余裕なく嘔吐を我慢している姿。その完璧さが壊れる直前の様はここでしか見れない、この一瞬しか見ることができないだろうという再現性の不可能さも伴って一秒の価値を無制限に高めてくれる。かわいい! 私は感極まってマイクを逆に持って喉を小突いた。

「ゔぉえ…」情けない断末魔とともに薄めたココアみたいな色の液体に黒い粒々が混じったものを吐き出した。自分が吐いてしまったショックに顔がみるみる青くなって、目は焦点が定まらない。かわいすぎて私も食べてもいないマシュマロを吐きそうだ。


 荷物をひっつかんで早々に退店することにした。前払いだからお金はちゃんと払ってる、約束通り。扉を閉めた途端何か重いものがぶつかる音がした。彼女がマイクを投げたのだ。私は怖くなって走って逃げた。人を殺しそうな目で睨まれて、それがトラウマになってしまいそうだった。 



私はこの前会った彼女のことが気の毒で仕方なかった。信じていた人に裏切られ、殴られて、吐いた後の処理は一人でしたんだろうか。惨めで私だったら耐えられない。もうそんな不幸でかわいそうな子を見たくないから同意の上で殴らせてくれる人を探した。


「少数者だからって私たちを差別しないでほしいよね涙」

「私はクズだけど好きになってくれるのはてな」

「ちょっと変わってるかもしれないけどこういう性癖もあるよねにっこりマーク」


 彼女は殴られることに興味があると言っている子だったから私から声をかけてみた。もしかしたら初めからこうしていればよかったのかもしれない。

高校の時の制服を着てきたというふくよかな彼女は会うなりホテルに行きたがった。親しげに手を握ってきて、少し話すだけではしゃいでくれる彼女と歩くのは良い気分だった。愛おしくてかわいかった。


 彼女は半ばうっとりした目で私が拳を握るのを眺めた。私はそれに気づいて目の前にいる女が突然宇宙人に見えてきた。暴力は嫌なもののはずなのにどうしてそんな顔ができるのか理解できない。人間のふりをしている別の何かなのだろうと思う、気色悪い。


 それの腹に蹴りを入れるとそれは体をくの字にして床にへたり込んだ。肩を足で押して仰向けにするとまだ恍惚の表情を浮かべていて宇宙人だと確信する。死んでほしいと思いながら喉を踏み潰すと二本の太い大本にそれぞれ五本ずつの小さな触手のついたものを足に絡ませてきて鳥肌が立つ。思わず足をどけて腹を踏みぬいた。顔に空いている穴から黄色い液体を吐き出して汚い。掃除どうするのこれ。


 宇宙人は四本の触手で扉の方へ逃げようとする。私は掃除をしたくなかったのでその長い触角を掴んで後ろに引きずり倒した。どんな面をしているのだろうと眺めると奥歯をカチカチ鳴らしているかわいい子がいたので私は嬉しくなった。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいと何も悪くないかわいいだけの子が謝っているのを見て私は満ち足りた気持ちになる。服を脱がせてみると腹と喉が赤くなっていてかわいい。どんな子でも血は赤いし赤いのはかわいいのでみんな赤くなってほしい。寒くもないのに体の震えを抑えられない彼女が愛おしくて顔を踏みつけると鼻から血が流れ始めてもっとかわいくなった。紡ちゃん流のコーディネイトだ。私はあんまりファッションセンスがないけれどこれはとてもかわいいと思う。


 彼女はいつのまにか泣き始めていた。泣いている子ももちろんかわいい。グスグスと泣く頬に伝う涙をすくおうとすると目を抑えながら必死に逃げてせっかくの泣き顔が隠れてしまうので顔を隠したら殺すぞと言う。するとすぐに手を引っ込めた。世界が思い通りになって思わず笑みがこぼれる、涙をすくってなめてみると恐怖の甘さと化粧品の独特な苦みの混ざった味がした。


 もうやめて酷いことしないでと土下座を始めたので頭を踏みつけた。さっきから足ばかり使っていて失礼だなと思ったので顔をあげさせて音高く頬をはたいた。口を切ったらしく唇がつけていた口紅よりもなお紅く染まったので愛おしさが溢れて抱きしめた。やっぱり血は赤いしかわいい!


 疲れてきたのでベッドに横になる。彼女が荷物をまとめ始めたのでもう帰るのか聞くとごめんなさいと謝った。私はもっとかわいい子と一緒にいたかったので嫌じゃなければ隣でお話でもしようと誘った。それから三十分くらいへたくそな作り笑いを浮かべている彼女とお話しした。私が少し姿勢を変えるたびに体を硬直させるので幼い頃に母を呼ぶとなあにと返事してくれるのが無性に嬉しかったことを思い出しながらわざと体を動かした。何度か殴った。


 かわいいのを堪能できたので鍵を返させるのを彼女に任せて私は先に帰ることにした。ちゃんとホテルの人に部屋を汚してしまったことを謝っておいてねと伝える。最低限のマナーだ。

 

 帰りの電車でゲームをしていると携帯の充電が切れて黒い手鏡に成り下がる。折り悪く電車が人身事故で止まってしまう。どんな人でも内臓と血は赤いのだが見れなければ意味がないのでイライラする。バッグの中を漁ってみるとカフェで殴った女が課してきた本が指に触れた。不機嫌そうな乗客を見るのはとてもかわいくないので本を開くことにした。何年ぶりだろう。



気付くと私は最寄り駅を過ぎていた。平易で分かりやすくて私の好みに合っている本だった。上下巻の上しか渡されていなくて続きが気になってしまう。思い通りにされたみたいで無性に忌々しくなる。どこかに捨ててしまおうかとも思ったけど人から借りたものを捨てるのもどうかと思って家に帰ってゴミだらけの部屋の中に投げ捨てた。もう目に入ることはない。


充電器に黒い手鏡を刺すと今日会った彼女からごめんなさいだとかがたくさん送られてきていてブロックされていた。心にぽっかり穴が空いたような気持ちになって、部屋の中央付近にあるものを手あたり次第壁に向かって投げつけた。幸い隣人は留守だった。 



「家こんなに近くなんだびっくりマーク、今度行ってもいいはてな」

「ひなこさんってとっても大人っぽくて素敵な方ですねてんてんてん」

「いつでも家に行っていいんですかびっくりはてな、嬉しいですびっくりマーク」


 私は今都内に勤務しているお姉さんの家に入り浸っている。自分の部屋は汚すぎて人の生きる環境じゃないけど、片づけるのも面倒なので人を頼った。

 とりあえずノートパソコンがあれば大学は事足りるし、人の家だとあまり散らかす気にならないからちょうどいい家になっている。


「あの、紡ちゃん……」


 仕事帰りのお姉さんがおずおずと私に声をかけてくる、歳下に気を遣って話す内気なお姉さんはとてもかわいい!

「なんですか日菜子さん」そう尋ねてもまごまごして答えないので頬をたたく。「無視されるの嫌いなんですけど」心が折れてごめんなさいと謝り始めた日菜子さんに携帯型ゲーム機を投げつける。「謝られるのも嫌いって言いましたよね、日菜子さんの言葉は心がこもってないから嫌いなんですよ!」ひいと小さく悲鳴をあげて外に逃げようとするから逃げんなと怒鳴りつける。硬直した肩に手をかけ仰向けに引きずり倒して顔が真っ赤になるまで首を絞める。泡を吐く年上のお姉さんはとてもかわいい。軽く顔を殴って鼻血を出させると自分が鼻血を出しているという事実に毎回新鮮に恐れおののいてくれるお姉さんはかわいさの素質に溢れている。何不自由ない生活、世界は私の思うままだ。


「ごめんなさい、私病気で……精神科にも通ってて、頼れるのお姉さんだけで……」

 責任感の強いお姉さんは暴力の後にこう言っておけば年下の病人を追い出すなんてことはしない。そう思っていたある日、会社の同僚の男性とやらが家に来てあっさり追い出された。私は今までのお礼と謝罪を述べてもう二度と連絡をしないと約束をして自分の家に帰る。人の暮らせない部屋は今一体どうなっているのか、考えるだけで気分が鉛のように沈んだ。帰りたい場所がどこにもなかった。すべての場所から逃げ出したかった。


 中古書店で漫画を立ち読みして暗くなってからアパートに帰ると郵便受けに手紙が入っていた。カフェで殴った女だった。復縁希望の内容だった。殴っても嫌わないでいてくれるならまた殴れるし、そろそろ部屋をどうにかしないといけなかったしそれには人の手伝いが必要だった。 



 三春は気付いたら私の部屋に居座るようになっていた。彼女が掃除業者の代金を全額立て替えてくれたから部屋にいることくらい認めなければいけなかった。人として暮らせるようになった部屋の中で三春は私の世話をあれこれと焼いた。二日に一度か二度インスタントで済ませていた食事は日に三度の手作り料理になって、SNSをぼーっと眺めていた時間は彼女とのお喋りかおすすめされた本を読むかする時間になった。朝寝ていた時間は散歩をする時間になったし、夜恋人を探す時間は三春を殴る時間になった。

 自分の体も心も健康になっていくのが手に取るように分かった。今まで無為だと思いながら過ごしていた時間が有意義だと思える時間に置き換わっていった。

 三春は殴られるのを心底嫌がっていたけど私と一緒にいるためにどこか諦めて殴られていた。殴る時間だけ世界への諦観が、いつも目に輝きを宿している三春の目から輝きを奪う。今日は殴られないかもしれない、そう思っていた三春の顔が暗雲に沈む瞬間の移り変わりはきっと青春ドラマで沈んでいく綺麗な夕陽を友達と眺めるのと同じ感動がある。

 体が健康になるにつれて殴る力も増していった。三春が赤くなる機会も増えてかわいさはとどまるところを知らなかった。だけど私はどこか満たされない気持ちにもがき苦しみ始めた。

 私は何となく、殴らされている気持ちになってきていた。三春は元からかわいいしなぐるともっとかわいい。最近は殴りすぎて顔が常に腫れぼったいし腕には包帯を巻いていたりするけどそれでもかわいい。だけど生活の全てを用意されてそこに存在してくれるかわいい人を叩ける生活は私から何か別のことをしたいと思う意欲を奪っていた。三春をかわいくするために殴るけれど、殴ることを望んでいるわけではない。他のことをする選択肢もあるはずなのに、生活の全てが三春だった。他の面倒なことをするより三春を殴ったり三春と生きることをしていた方が楽で居心地が良かった。有意義だと思っている時間はすべて三春ありきで成り立っていた。

ある夜、自分の生活のことを考えているのに三春の名前ばかり出てきてしまうことに気付いて私は嘔吐した。寝入っている時間なのに私の異変に気付いて起き出して来た三春が私を心配する。もうやめてくれ、許して、お願いだから! 鼻っ柱を殴る。倒れた三春を置いてまたどこかに逃げ出したかったがここは私の家だった。

「助けて、助けて、神様助けてよおおおおおおおおお!」

毛布をかぶって朝まで泣き続けた。鏡を見ると泣き腫らした目をしたかわいい女の子がそこにいた。 


☆彡


 数日後、隣の部屋の住人とトラブルになってアパートを追い出された。新居は三春に隠れながら自力で見つけて別の住所を教えた。

 あれからは人を殴ってもどこか満たされない感覚が消えない。殴るたびに三春の顔を思い出してしまって怖い気持ちになる。人を殴りたいけれど殴っても楽しくないという矛盾に心が壊れそうになる。

 引っ越しの荷物の中にいつのまにか三春に課された本が紛れ込んでいて、捨てるのも億劫で部屋に打ち捨ててある。見たくもないものだから段々上に衣類やごみが積み重なっていく。でもこれが私の居場所で、私の生きることなのだと思う。

 思い通りにならないことばかりの人生だけれど決して不幸な生活は送っていない。今までと同じようにかわいいものを摂取する生活は続いている。

 最近ハムスターを飼い始めたのだ。この子は私に支配されているけど思い通りにはならない。思い通りにならないこの子がとても愛おしい。大切に大切に育てようと思う。

私はかわいいものが好きなので。

にゃん♪

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