第21話 守護者リリーチェを、揉む! ぬるぬるの前編!

 リリーチェは死にかけているのではなく九割九分死んでいるのではないか。

 それが、俺が抱いていた懸念だった。


 半死半生と99%の死では、同じ死にかけでもまるで違ってくる。

 半分程度の死なら、エリクサーを使えばいい。それだけで余裕で即日完治する。


 エリクサーは正真正銘、最高の霊薬だ。

 治癒力が抜きん出ている分、肉体に残る影響が大きいのであまり好きじゃないが。

 だが、その治癒力の強さには疑いを挟みこむ余地などない。


 ――だからこそ、今のリリーチェには使えない。


 強い薬は肉体に相応の負荷をかけるし、副作用だってバカにならない。

 最高の霊薬であるエリクサーとて、薬である以上はその頸木からは逃れられない。


「弱り切ってる今のリリーチェに、エリクサーは劇薬すぎるんだよ」

「レシピ上、副作用は極限まで抑えられてるはずだけど、それでもダメなんだ……」


 信じがたい、という口ぶりでルクリアがそう零す。


「待って、じゃあこれまでリリーチェ様に飲ませてきたポーションはどうなの?」

「それって、俺がとってきた薬草で造ったヤツだろ」


 ルクリアが首肯する。


「あれは効果が滋養強壮と体力回復だけに限定されてるから、まだマシだな」


 一方でエリクサーは全身に強力に作用し、無数の治癒効果を同時に発生させる。

 それが、ヤバいんだ。


「多数の治癒効果が発生するってことは、全身で作用を促すためにエネルギーが消費されるってことだ。回復の効果量に比べれば微々たるものだが、そのほんの小さなエネルギー消費が、今のリリーチェにとっては命を刈り取る死神の鎌となりうる」

「治り始める前に力尽きて死んじゃうってことだね……」


 深刻な顔つきで、プロミナがそう呟いた。


「だから、先生はリリーチェちゃんを揉むんだ」

「俺のマッサージは体をほぐすだけじゃない。熱を与えて活性化させるからな」


 今回はほぐすのではなく、肉体を活性化させて生命力を高めるのが主眼となる。

 って――、


「何で、二人して顔赤くしてんの?」

「え、いや、だって……」

「ねぇ……?」


 何故か、プロミナとルクリアが頬を紅潮させて互いの顔を見合わせていた。


「ギルド長、先生のアレ、スゴかったよね。滾って火照って、気持ちよくて……」

「スゴかった。あんなの、一回味わったらもう他は無理。全然満足できないよ」


「わかる。わかりみが深すぎる……」

「やっぱりか~。やっぱりプロミナちゃんもかぁ~……」


 そして腕を組み、深く深くうなずき合う二人。


「通じ合ってるところ悪いが、施術の邪魔なんでさっさと出てけや」


 人のマッサージをいかがわしい方に捉えるんじゃありませんよ、全く!



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 プロミナ達が出て行って、緑生い茂る守護者の部屋には俺とリリーチェだけ。

 実は、プロミナ達には言っていないことがある。


「なぁ、リリーチェ」


 死人の顔色でもの言わぬリリーチェに、俺は問いかける。


「おまえ、何に呪われてるんだ?」


 さっき触れてみてわかった。

 リリーチェの魂にベッタリと張りついている、黒い不気味な気配。


 かなり強力な呪いだ。

 まともな解呪はまず不可能なレベルの。


 彼女を死の淵に追いやっている元凶は、この呪いで間違いない。

 だが、それに命を食い潰されかけながらも、リリーチェは今も必死に抗っている。


「ある意味、間に合ったのかもしれないな。俺は」


 あと半年――、いや、一か月遅かったらこいつの命の灯は確実に消えていた。


「だけど、おまえはまだ生きてる。そして、俺がこれから、おまえを揉む」


 決意を口にし、俺はリリーチェの寝間着を脱がせた。

 膨らみの薄い胸部に下着はなく、股間を覆う下着のみの姿になる。肌は青白い。


「……固くて、冷たいな」


 指先で、首筋に触れてみた。

 血の流れなどほとんど感じられず、代謝も止まっている。死の質感だ。


「やっぱり、普通のやり方じゃダメだ」


 俺は、ポンと両手を合わせて祈りの形を作った。

 プロミナとルクリアにした『ほぐして『直す』マッサージ』は行なえない。


 必要なのは『熱』だ。

 今現在、それを決定的に欠いているリリーチェに命の『熱』を与える必要がある。

 そのために、俺は今ここで奥義の一つを開帳するとしよう。


 重ねた手に両側からググッと力を込めていく。

 すると、手のひらの間に熱が生じるので、俺は一気に血気を注ぎ込んでいった。

 擦り合わせた手のひらに覚える感触が少しずつ変わっていく。


「……成った」


 集中を解いて一声呟き、俺は合わせていた手を放す。

 すると、ねっとりとした透き通った粘液が、俺の両手からボタボタと零れ落ちた。


 これは外気の水分から生成した潤滑剤ローションだ。

 俺は、手に帯びさせた血気によって肌に触れた空気中の水分をこれに変える。


 この方法で生成された潤滑剤は、優れた熱伝導率と保温・保湿効果を有している。

 元がただの水分だから、体内に入っても無害無毒なのも大きな利点だ。


 ――これぞ我が奥義が一つ、気功・覇潤掌。


「始めるか」


 俺は、潤滑剤にまみれた右手をリリーチェの胸元に置いた。

 そこから腹へと、手をゆっくりスライドさせていく。潤滑剤が塗りたくられる。


 俺の手が滑ったあとには、ぬらりとした光沢が残る。

 こうして、リリーチェの肌に潤滑剤を塗って、それをゆっくり広げていく。


 塗りたくるだけならば、そう時間はかからない。

 数分も経たずに、リリーチェの前面については潤滑剤の塗布が終わった。


 天井から差し込む光を受けて、頬や胸から腹にかけていい感じのてかりが浮かぶ。

 次は背面。一度、リリーチェを抱き上げて、うつ伏せにする。


「……軽いな」


 前から、こんなに軽かっただろうか。

 そんなことを思いながら、俺はリリーチェを裏返し、その背中に手を置いた。

 人の肌に触れているとは思えない。砂礫を撫でているようだ。


 そこに、俺が粘液を垂らし、無理やり潤いを与えていく。

 背中の少し上で右手を握り締める。すると生成された潤滑剤がつうと垂れ出す。


 まっすぐに糸を引く透明なそれは、リリーチェの背中に落ちて溜まり始めた。

 粘液溜まりはいびつな円形を作ってゆっくり背中に広がっていく。


 丁度いいところで俺は生成を止めて、粘液溜まりに両手を押しつけた。

 ヌルリとした感触。そのまま、両手を違う方向に滑らせて、潤滑剤を広げた。


 首周りから肩、腕、手、背中の上部と。

 背中の下部から腰回り、脇腹、尻、太ももから膝裏、ふくらはぎ、足へと。


「よし」


 背面全体にも潤滑剤を塗り終えた。

 もはやリリーチェの全身で粘液に濡れていない箇所はない。

 美しい銀髪の先端まで、俺の潤滑剤でぬるぬるだ。


 しかも、この潤滑剤は自然に乾くことがない。

 何故なら俺の血気を多分に含んでおり、乾くかどうかも俺の意志で自在だからだ。

 その気になれば、この先何年でもリリーチェはぬるぬるのままだ。


 もちろん、そんなことをするつもりはない。

 これから揉み終わるまでの間、この豊潤な湿り気を保ち続ければそれでいい。


 準備は終わり、本格的にマッサージを始める。

 これまでと同じく、最初は背中。心臓の裏側から指で圧迫し、揉み始める。


 ただし違う部分として親指を押し込むのではなく、指三本で円を描いていく。

 人差し指、中指、薬指。この三本の第一関節辺りを使って、力はさほど加えずに。


 命の『熱』を高める揉み方は、圧迫し過ぎないことが重要だ。

 押してほぐすのではなく、強めに撫でて馴染ませる。ゆっくりゆっくり円を描き。


 潤滑剤にまみれた指先が、にゅる、にゅるとリリーチェの背中を撫で続ける。

 これを繰り返すことで、少しずつ潤滑剤が肌になじみ、固い部分がほぐれ始める。

 そして、三分ほど繰り返したとき――、


「…………ぁ」


 初めて、リリーチェが反応を見せた。

 ほんの一声。消え入りそうなかすかなものでしかなかったが、確かに鳴いた。


 指先にも感じる。

 少しだけ、リリーチェの心臓の動きが早まった、その実感。


「そうだ、おまえはまだ生きてるぞ、リリーチェ」


 俺は、もっとリリーチェがしっかり感じられるよう、両手を使って揉んでいく。

 指ではなく、手のひら全体を使って、潤滑剤を擦りつける。

 粘液にまみれた、真っ白い彼女の背中を、俺の手のひらが滑っていく。


 ぬるぬると、にゅるにゅると、俺の手に圧迫されて柔肉がたわむ。

 それを幾度も繰り返した。同じ個所に何回も手を滑らせ、粘液を馴染ませた。

 白い背中を、俺の両手が上から下へ、そしてまた下から上へ。


「……ぅ、……ぁぁ」


 そのたびに、リリーチェの指先がヒクリと反応を示し、声が漏れる。

 見れば、背中もすっかり赤みが差して、そこには確かな命の息吹が戻りつつある。


 末端にも熱を届けるべく、俺はリリーチェの腕に粘液を擦りつける。

 そして、その小さな手。

 人体でも特に感覚が鋭い指先へは、念入りに潤滑剤を馴染ませなければならない。


 俺は自分の両手でリリーチェの右手を包み込むようにして握る。

 そして、十指をフル活用して、彼女の指にクニュクニュと粘液をすり込んでいく。

 途中、空気を含んだ潤滑剤が小さく泡を作って白く濁った。


「……ぁ、ぁ――」


 くすぐったさを感じ取れるようになったのか、リリーチェが身じろぎする。

 そこから、さらに彼女の右手を粘液と共に揉み続けると、


「――は、ァあっ!」


 その可憐な唇から、ようやく甲高い声が発せられた。

 俺のマッサージはまだまだ続く。

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