豚になった。人間に戻る条件は1ヶ月生き延びること。

独身ラルゴ

第1話

 気づいたら豚になってました。


 場所は50頭近くが住む養豚場。

 1ヶ月生き延びれば人間に戻れるらしい。


(1ヶ月くらいなら余裕じゃないか?)

「2週間後に出荷よー」

(そんなー)


 さてどうしたものか。

 1ヶ月気生き延びなければならないのに2週間後に出荷なんて、普通に考えたら無理ゲーだ。


 思考停止してふと周りの様子を伺うと、何やら騒いでいる豚共がいる。


「フゴ(無計画な脱走はやめておけ)」

「フガフガッ(うるせえ! 殺されるって分かっててこんなところにいられるか! 俺は家に帰らせてもらう!)」


 ここにいる豚は全て元人間、俺と同じ境遇らしい。

 確かに出荷を逃れるなら脱走、と考えるのは普通か。

 しかし相手も人間、居なくなれば当然捜索されるわけで……。


「こいつ森の中に逃げてやがった」

「罰として今すぐ出荷よー」

「フゴ……(だからやめておけと言ったのに……)」


 脱走した豚は問答無用で出荷らしい。

 そして今回の脱走騒ぎはそれだけでは終わらず……。


「おい、ここの柵壊れてるぞ」

「ここから逃げたのか……他にも穴がないか探して補修しないとな」


 脱走経路が減り、警戒体制が強まってしまった。

 そんなー。




 3日が経過した。

 早くもみんな諦めムードだった。


「フゴ(トン汁じゃね?)」

「フゴゴ(ブタ汁だろ)」

「フゴフゴ(でもトン丼って言うし)」

「フゴー(いや流石にブタ丼。トン汁はギリ許せるけどトン丼はダメ)」


 などと平和な言い争いをする始末。

 お前らあと1週間ちょっとで死ぬんだぞ? 怖くないのか?

 実際に聞いてみた。


「フゴ(なんかもういいかなって、ご飯くれる飼育員に迷惑かかるし)」

「フガ(豚としての運命を受け入れるのだ)」

「ピギィ(食肉として美少女の血肉になりたい)」


 この豚野郎め。

 俺は死ぬのが怖いから必死に考えた。

 1ヶ月生き延びる方法を。

 そして実行してみた。


作戦1.可愛さで情に訴えてみる


(見て! このつぶらな瞳! 僕かわいいよ!)

「相変わらずくっせえなこいつら」

(あっ無理だね)


 何て冷たい視線……まるで養豚場の豚を見る目だ。あ、比喩になってないや。

 けど仮に可愛くても臭いと愛着湧かないよね。

 あと臭いのは飼育小屋が汚いからだからね。掃除してね。


作戦2.仮病


(うーんお腹痛いなぁ。食欲ないなぁ。チラッチラッ)

「あいつ全然餌食べてくれないな。病気か?」

(よしっ!)

「感染症だったらマズいな。そいつ確か目標体重は越えてるよな? 解体してから検査して大丈夫そうなら出荷しようか?」

(やっべっ。ガツガツ)

「おっなんだ食ってるじゃん。健康健康」


 豚は病気だと殺されるのか……誤算だった。

 しかし収穫もあったぞ。

 目標体重を越えていなければ出荷されないみたいだ。


作戦3.ダイエット


 ダイエットと言っても食事制限はできない。

 また病気を疑われちゃ危険だからね。

 そこで協力を募ってみた。


「フゴゴ(俺を誰だと思ってやがる? ダイエットとリバウンド、共に5回経験した男だぜ。ありとあらゆるダイエット方法が頭に入ってるさ)」

「フゴッ(おおっ……褒めにくいな)」

「フガ(努力と堕落のエキスパートだな)」

「フギ(しかもリバウンド5回って結局最後太ってるし)」


 少々不安だったがそいつのお陰で豚でもできそうなダイエット方法が見つかった。

 夜に飼育員が寝静まった頃、俺達のビリーズ・ブータ・キャンプは始まる。


 短期間の過酷なダイエット生活、リタイアする者は続出した。

 周りの堕落した様子が俺を誘惑する。

 くっ……でも俺はやめないぞ、絶対スマートなイケ豚になるんだ!

 自分に負けるな! 目指せナイスバルク!


 ……うん、途中から目的を見失ってたよね。

 筋肉増えたら体重増えちゃうし。

 そんなこんなで1週間、俺を含めた5頭は耐え抜いたんだ。


「こいつらなんで体重減ってるんだ? 餌もちゃんと食ってたはずなのに」

「適正体重より5キロも下じゃ出荷できんな……この5頭だけ出荷を1週間延期しよう」

(((よっしゃっ!)))


 これで3週間は確定で生きられる。

 あと1週間生き延びれば俺達の勝ちだ。

 ダイエットを続けて延期にしてやる!


「おいっこいつら夜に運動してやがるぞ!」

「夜中にうるさいと近隣から苦情が来るから何事かと様子を見に来てみれば……」

「体重が減った原因はこれか……!」


 バレました。


「舐めた真似しやがって……運動できないよう豚足一本折ってやる」

(えっちょまっ)

「「「ヒギィッ!」」」


 人間に戻ったら動物愛護団体に訴えてやる……家畜も守ってくれるんだっけ?


 しかしダイエット作戦はもう使えない。

 あと一週間出荷を延期させるのも難しいだろう。

 ならばあとは……逃げるしかない。


 3日間かけて穴を掘り脱出経路を確保。

 予想以上に地面が硬くて蹄が削れてしまったが何とかやりきった。

 問題は折られてしまった豚足、これでは走れない。

 だから夜のうちにこっそり抜け出して身を潜めねば……。


 俺達5頭が養豚場の出口に差し掛かったそのとき、けたたましいサイレンが鳴った。


「ふはははっ! 見くびって貰っちゃ困るな豚諸君よ! 再び脱走事件を起こしてしまえば今度こそ社会的信用を失う。だからセキュリティを強化したのだ! 人間様の化学力は生物一ぃぃぃ!」


 夜中にめちゃくちゃテンション高そうなおっさんが現れた。

 しかし不味いぞ、俺達みんな走れないのに……。

 するとそのとき、一頭の豚が人間の前に立ちはだかった。


「フゴ(ここは俺に任せて先に行け)」

「フガッ(何言ってるんだ! お前も一緒に……!)」

「フゴゴッ(いいから早く!)」

「フゴー(ぶ、豚ー!)」


 俺たちは忘れない……あの豚の犠牲を……。


「よし捕獲。残り4頭も逃がすなよ!」


 うん、足止めにもならないよね。


「フゴッ(じゃあな。お前達とのダイエットの日々、楽しかったぜ)」

「フゴー(豚2号ー!)」

「フゴフゴ(別にあれを倒してしまっても構わんのだろう?)」

「フゴー(豚3号ー!)」

「ピギィ(どうせなら美少女に受肉したかった……)」

「フゴー(豚野郎ー!)」


 次々と捕まっていく仲間達。

 同様に走れない俺が捕まるのも時間の問題か……。

 諦めかけたそのとき、一つの可能性が俺の目に飛び込んできた。


「フゴッ(あんなところに台車が! あれを使えば!)」


 たまたま片付け忘れられていた台車に体を乗せて、折れていない前足だけで走らせる。


「フゴォォォッ(うおぉぉぉぉ!)」


 俺は必死だった。

 必死に逃げるために走った。

 そしてどのくらい距離を離せたか確認しようと後ろ振り向くと……。


「あの豚すげえ! 台車乗りこなしてやがる!」

「豚カーだ! 動画取ろうぜ! 絶対バズるって!」

「逃がすなよ! あいつを見世物にすればうちの養豚場も一躍有名になれる!」

「あの豚は出荷しないよー」

「……(……)」


 俺は大人しく捕まった。

 共に生き延びた4頭の仲間にもこのことを教えた。

 俺を逃がすために体を張ってくれた戦友達に生き延びて欲しかったから。

 そして俺達は台車を使った芸で一躍有名になった。

 養豚場の飼育員達もウハウハだ。最後の一週間だけだけど。

 こうして5頭の豚は1ヶ月生き延びて人間に戻れたとさ。


 俺は豚になって分かった。

 家畜は辛い。

 初めから殺される運命を背負っており、人間には逆らえない。

 豚に限らず他の食肉や養殖魚なども同じなのだろう。

 申し訳ないが俺は人間でよかった。

 人間に世話される堕落的な生活も悪くなかったけど、もうこんな経験はこりごりだ。


 そんな俺の今日の夕飯はブタ丼。

 家畜と飼育員に感謝して、いただきます。

 んまい。

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