第1話 行方不明

人気アイドルグループ『ムーン・ラビット』のメンバー高瀬真美さんが先月より行方不明になって一カ月が経とうとしています。

高瀬さんが所属していた事務所及びメンバーやご家族からは、特に彼女自身が何か事件に巻き込まれる様な事は無かったと発言しており、未だに行方も原因も解らないまま事件は進展のないままとなっています。警察は、今後も捜査を引き続き行うとしています。続きまして、次のニュースです…


職場の休憩室で流れていたテレビを見ながら「俺な、こいつと昔付き合ってた事があるんだ」そう言って、自慢そうな顔で阿久津圭介はボソっと呟いた。

その場に居る僕達は、阿久津に対して凄いですね、など声を掛けた。

今、僕は姉から託された封筒1に書かれていた阿久津圭介に接近している。

阿久津は、音楽活動を行っていた時に姉と出会ったらしい。それは、今から3年前だった。今は、バンドは活動を停止しており、フリーターとして生計を立てている。

僕等が働いているのは、化粧品や健康食品会社の在庫管理や発送準備。阿久津は、姉と付き合っていた時から変わらずにここで働いていた。

「そう言えば、お前も高瀬って苗字だな」

阿久津さんと仲の良い男が僕に言って来たが「そうですね、でも僕は一人っ子ですので、こんな可愛い姉ちゃんが欲しかったですね」と、笑いながら返答した。

何が何でも僕の素性がバレてはいけないから、咄嗟に嘘を付いたが、全ては最初から考えていた返答。いつか、こう言う質問があるかもしれないと、その時の為に質問への返答を前もって考えていたのだ。

休憩が終わると、僕達は所定の持ち場へと戻った。


その日の夕方、阿久津さんと仲の良い長髪の男に誘われ、4人で飲みに行く事になった。

願ってもいないチャンスだ。この男に近付けば、より親しくなれると狙っていたからだ。とにかく、ただ同じ職場で働き仲良くなるのではなく、阿久津自身からの信頼を得ないといけない。

一度でも失敗してしまえば、取り返しの付かない事態に成りかねないからだ。


「乾杯」そう言いながらが長髪の男がビールを持ち上げて乾杯の音頭を取った。この男は阿久津と同年代で一番仲が良く、一緒に音楽活動を行っているらしい。

僕は男の隣に座り、阿久津の隣には僕と同時期に入社した28歳のお笑い芸人が座った。彼は、ここで生計を立てながらたまに舞台やテレビの仕事をしていると、前に本人が言っていた。

ただ、僕自身、お笑いに詳しくはないから、彼の事は知らなかった。

僕等の職場は、とにかく時間や見た目に融通が利くからか、夢を持った人達が集まる場所となっている。他にも、漫画家志望の人や、駆け出しのモデルなど数十人が在職している。

「で、高瀬君は?」お笑い芸人がビールを飲みながら聞いて来た。

「僕も、阿久津さん達と同じで音楽で成功したいと思っていますけど、なかなか上手く行かなくて…」

阿久津のバンドが、最近ベースが脱退したとネットで調べ、そこに加入が出来る様にと、いつか訪れるかも知れないチャンスに備えて、ベースを購入して寝る時間も惜しんで練習をしていた。

姉ちゃんをあんな目に遭わせた男と一緒に居るのは苦痛だが、それでも目的達成の為には我慢をしなければならない。

「パートは?」ずっと黙っていた阿久津が口を開いた。

「ベースです。まだ、下手くそですけど…」

阿久津と長髪の男が目を合わせた。そして、お互い頷いて「今度、スタジオに入らない?」と、向こうから話を持ち掛けてくれた。

僕は満面の笑顔で返事をした。


始めてスタジオに入った数日後、僕は阿久津に渋谷にあるファミレスに呼び出された。待ち合わせした場所に阿久津は既に来ている。僕は、阿久津の座る席に近付いて声を掛けた。

他愛もない話をしていると、隣に座る女子高生達が大きな声で姉の事件の話を始めたた。その会話は、僕だけでなく、阿久津にも聞こえていた。

「まだ、見つからないんでしょ?」「この人、知らないけど、結構有名みたいだね」「これだけ探して見つからないって、死んじゃったのかな?」など…

正直、こんな話なんか聞きたくはない。しかし、阿久津本人からは姉の話を聞いた事がない。唯一、聞いたのは昔付き合ってたと、言った話だけだ。

どんな付き合いだったのか、姉からの話は聞いていたが、本人からは何一つ聞いていない。これは、チャンスかも知れないと思い、聞いてみる事にした。

「そう言えば、前に付き合ってたって言いましたよね?」話を切り出すと、阿久津はニヤニヤしながら語った。

「付き合ってたって言っても、半年くらいだったかな?まだ、アイドルになる前だったけど、たまたまライブの打ち上げで知り合ってさ」

「そんな出会いだったんですね。僕もいつか、アイドルと付き合ってみたいです」

当たり障りのない返事をする。

「ところで、この前のスタジオの後にみんなで話したんだけど、ベースとしてやってみない?技術は正直まだまだだけど、それは別として人間性で選んでさ」

僕は、その為に血の滲む努力を重ねた結果だったから、嬉しかった。これで、もっと阿久津に近付けるし、もっと信頼を得れると確信した。こうして僕は、阿久津がリーダーをやっている『Civil Eyez』と言うバンドに加入が決まった。

一つの目的でもある阿久津圭介との接近が成功し、落ち着いたので、僕はその日の夜、姉から託された封筒2を開封し読む事にした。


翌日、仕事が休みだったので、秋葉原へと向かった。

今日の目的は、封筒2に書かれていた『関矢一太』に接近する為だ。

幾つかのビルを所有している地主であり、関矢グループと言う政府関係者も頭が上がらないと噂されている企業の御曹司である。関矢自身、親の金で生活をしていて、何か問題を起こせば金で解決する様なクソみたいな男だ。

関矢が姉にした事…それは、絶対に人として許せない事だ。だけど、その憎しみや怨みを一度忘れて、とにかく阿久津同様に信頼を得らなければならない。

姉の話では、とにかく警戒心が強いと聞いた。

世の中は全て金って考えだから、警戒心が強いのも納得が行く。では、どうやって近付こうか?僕は、眠らないで考えた。

頭の中で、何度も試行錯誤しながら考え付いた答えを実行する為に、秋葉原へと向かっている。


関矢は、所謂オタクと言われる人種で、ここ秋葉原界隈では有名な人物。

ネットで調べたら、すぐに関矢のツイッターを見つける事が出来た。とにかく大柄な体格で、ぱっと見では金持ちには見えなかった。

関矢一太、アニメとアイドルが好きな32歳。ちょっと前までは姉の在籍していたムーン・ラビットの追っかけをしていたらしいが、ある日からピタっと追っかけを止めて、今では別のアイドルを追いかけていると言う。

何故、ムーン・ラビットの追っかけを止めたのか、それは一目瞭然の答えだ。姉にした仕打ちを考えたら、普通の人間なら距離を空けるであろう。

常に、誰かと一緒に行動をしている。それは、同じ様にアニメ好きで、アイドルの追っかけ仲間。警戒されず、そこの入り込む事が今回の目的だ。

その為に、僕は溶け込める様な服装に着替え、関矢のツイッターを参考にし、アイツが好きなアニメやアイドルの事もしっかり予習して来た。


そして、今、目の前に関矢が居る…

アイツは、1時間程前にツイッターで『今からハニーランドに行く』とツイートしていたから、僕は外へ出て来るのを待っていた。この、ハニーランドとは、秋葉原にあるメイド喫茶で、人気があり有名なお店らしい。

興味など全くないけれど、ネットではそう書かれていた。

ここからが勝負となる。その為に、僕は姉から受け取った金を使い、ビラを配るメイドに声を掛けて、今回の作戦に必要な事をお願いしたのだ。

作戦は簡単で、ただ関矢に話し掛けて欲しい。その時、僕がすれ違うから、僕も巻き込む様にして欲しい。ただそれだけだ。

たったそれだけで1万円も手に入れる事が出来るからか、メイドは疑う事もなく引き受けてくれた。

メイドが関矢に接近し、声を掛けた。

それを確認して、僕は関矢の方へと歩き出した。ミスは許されない。慎重に作戦通り決行しなければならない。鼓動が高まる。

後、数歩の所で、メイドが僕に気付き、巻き込む様に話し掛けて来た。


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