真実 ー3人の因果関係ー

神木 信

プロローグ 救われない未来

両親と姉に高校卒業を祝福された夜、「高瀬家」は、六本木にある有名なレストランで食事を済ませた。

「記念だから」と、両親が奮発して連れて来てくれたのだ。

食事を終え、ウエイターにお願いし、久し振りに家族写真を撮った。

照れ臭そうな表情で写る笑顔の家族写真を、翌日には母親が早速リビングに飾った。

僕は、高校卒業と同時に都内にある有名大学へと進学が決まっていた。

4月から通う筈だった大学に、僕は行く事はなかった。

いや、正確に言うと、自分の意志で行く事を拒んだと言った方が良いだろう。

入学式の3日前の夜、姉の姿を見た最期の日となった…


姉は、都内で一人暮らしをしていた。

その日の夕方、僕は姉からの電話によって急いで会いに行かなければならなくなった。

手短に準備を済ませて、姉の住む吉祥寺へと向かった。

新宿から中央線に乗り換える時、「中央線に乗った」とだけLINEを送った。

姉の家に行くのは、3カ月振り。

その時は、新しいパソコンを買ったから設定してと頼まれて足を運んだ。

中野駅を過ぎた頃、LINEの返信が届いた。

今、家を出たと言う内容。

姉の家は、吉祥寺駅から徒歩10分くらいにあるアパートだった。

築6年と、それなりに新しく、オートロックもあり、一人暮らしの女性でも安心して暮らせる作りとなっており、12部屋中半分以上が女性が住んでいる。

1LDKと少し狭い部屋だが、一人暮らしなら問題もない。

ちょっと家賃は高目だけど、支払いがキツイと言う話も聞いた事が無い。

パソコンの設定を終えた後、二人で井の頭公園を散歩した。

犬の散歩をする人、絵画をしている人、無邪気に走り回る子供。

様々な人が、井の頭公園には居たのを覚えている。

そんな懐かしい思い出に浸っていると、電車は吉祥寺へと到着した。

慌てて電車を降り、待ち合わせの場所へと向かう。

公園口を出ると、歩いて来る姉の姿が目に映った。

手を上げて合図を出すと、姉が小走りで近付いて来る。

どことなく元気のない表情。

それは、電話で話した時から解ってはいたけど、姉は何かに悩んでいる様子で、相談したい事があると言われて会いに来たのだ。

「どうしたの?」など、自分からは敢えて聞かずに、姉のアパートまで歩いた。

実家での様子や、天気など他愛もない話を交わしたが、殆ど無言だった。

時折、姉は溜息を吐いていたが、その理由さえ聞かずにただ歩いた。

アパートに着くなり、僕は指定されたソファに腰を掛けた。

テレビの横には、この前六本木のレストランで撮影した写真が飾られている。

その横には、5年前に亡くなった実家で飼っていた犬の写真。

「これで良いかな?」そう言って、冷蔵庫からコーラを取り出しテーブルに置いた。

僕はコーラを飲みながら姉の様子を伺った。

時折、溜息を付き、表情も曇ったまま。

時計を見ると、もう少しで夕飯時になる頃だった。

「夕飯、簡単なもので良い?」エプロンを付けながら姉が僕に問い掛けて来た。

実家に居る時は、料理なんてしなかった姉が、一人暮らしを始めてからは、ちゃんと作っているらしく、料理の腕も日に日にレベルが上がったらしい。

滅多に食べる事は無いけれど、僕は姉の作る料理が何気に好きだった。

テーブルに運ばれて来たのは、チャーハンと玉子スープ。

僕がチャーハン好きなのを知っててか、たまたまか解らないけど、出された料理は大好きなチャーハンだった。

まさか、これが姉が作る最後の手料理になるなんて、この時は知らなかった。

いや、あんな結末が来る事なんて、一度も考えた事が無かった。

むしろ、その為に僕はここに呼ばれたのであろう…

食事を終えると、姉は1.2.3と番号が振られた封筒を手渡して来た。

そして、番号の無い封筒を最後に手渡され「10日経ったら番号の無い封筒の中身を読んで」と言われた。

僕は、頷いた。

その封筒をカバンにしまうと、姉が真剣な表情で予想外の言葉を発した。

1時間後、姉に言われるまま、先に家を出た。

言われた場所へ、先に僕だけが向かう。

井の頭公園にある野外ステージの近くにあるベンチに腰を掛けた。

カバンからスマホを取り出すと、時刻は21時になる頃だった。

姉に言われた通り『さっき、お姉ちゃんの家を出たから、新宿で友達とご飯を食べて帰る』と、母親に電話を入れた。

この時間になると、公園内に居る人の数は昼間と比べ激減して居た。

公園内は薄暗く、昼間と変わって冷たい風が身に染みる。

30分程経つと、姉が待ち合わせ場所へやって来た。

「お待たせ」力ない姉の言葉に頷いた。

頷く事しか出来なかった。

僕は、姉の口から「全部嘘だよ」と聞きたかったが、そんな言葉を言う雰囲気でも態度でも無く、姉は僕の手を握って聞きたくも無い真逆の言葉を告げた。


・・・ごめんね・・・


そして、15分後、突然降り始めた雨の中、僕は涙を拭いながら、奥歯を強く噛み締めて吉祥寺駅へと歩を進めた…


世間では、姉のニュースが一時期話題にはなったが、10日も経てば世間から忘れ去られてしまうかの様に、新しいニュースが話題となっていた。

僕は自宅付近にあるネットカフェで姉から受け取った封筒を取り出し、言われた通り番号の無い封筒を開け読み始めた。

10日前、姉から細かく話は聞いていたからか、ここに書かれている内容は短い文章しか記載されていなかった。


『あなたの姉に生まれて来れて良かった。

あなたが私の弟で良かった。

この前、約束した通り

封筒の1から順番に読んでね。

ごめんね…元気でね。 姉より』


僕は、便箋を元に戻し、封筒の1を開けて読む事にした。

そして、確かな誓いを胸に刻み、これから訪れる「誰一人、救われない世界」で生き延びて行く事を決断した。



―――最期の夜―――


僕は、全ての封筒を開封し、指定された日時と場所に3人を誘導する事が出来た。

少し離れた場所から、3人がその場所へ入って行くのを見ていた。

その場所とは、新宿歌舞伎町にある地上3階建ての廃墟と化した雑居ビル。

少し前まで、多数の飲食店や居酒屋などが所狭しに数店舗が入っていたが、老朽化が進み、2ケ月後には取り壊しが決まっているビルだった。

3人が入ってから15分が経とうとしている。

ただ静かに目を閉じて自分がやって来た事に対して自問自答を繰り返す。

胸に当てた手の平が、少し熱を持ち、鼓動が速くなるのを感じる。


その時、突然、大きな爆発音が響いた。

そして、すぐにビルから炎が燃え盛り始めたのだ。

街中が混乱を始める前に、僕は燃え盛るビルを背にして、新宿駅の方向へと歩き出した。

響き渡るサイレンの音が遠くから鳴り響いている。

あのビルで、一体何が起きたのか、だいたいの察しは付いているが、確信は持てなかった。

ビルが見えなくなる場所まで歩いて来た時だった。


「ありがとう。さようなら…」


たった、その言葉だけの電話が掛かって来たのだ。

非通知だったが、すぐに誰だか解った。

僕は、スマホをポケットにしまい、薄笑みを浮かべながら泣いていた。

それは、喜びと悲しみが交錯する自分自身でも理解不能な感情だった…



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