第25話 12日目 2022年5月25日 (水)

 朝やはり一度1時に目が覚めてしまった。ベッドに戻り次に目覚めたのは4時半。昨日寝たのは11時だからちょっと睡眠不足だけど、これ以上ベッドにいても寝付けそうにないので起き出す。

 マフィン、目玉焼きという朝食。体温は35.8°。血圧は130/61、脈拍は66。いつもと変わらぬ朝である。今日は朝から少し暑い。日中はよほど暑くなるだろう。手術前ならともかく、エアコンをつけなければならなそうだ。


 腸瘻をしながら聴く音楽を探していたら、ふと目が留まったのは実家から持ってきたCDだった。

 母が亡くなって1年と2か月が経った。入院してから実家の整理に行けていないのだが、この季節だ。木や草が伸びて刈り取りをしなければならないだろう。腸瘻をしなくてすむようになったら早めに一度実家に行かねば・・・。そう思いながらそのCDを手に取ってみた。買ったのが母なのか、それより以前に亡くなった弟の方なのかはよく分からなかったが、イムジチの演奏したバロック音楽集と東京SQのハイドンの弦楽四重奏曲を選んだ。

 僕がクラッシック音楽を好むようになったのは母の影響であろう。中学の頃、家には今はなき、サンスイのステレオのセットがあり、数枚のレコードがあった。覚えているのはカラヤンとベルリンフィルの演奏したベートーベンの「田園交響楽」、それに「合唱付き」の二枚のLP、それになぜかアーサーフィドラーの指揮したボストンポップスによるサンサーンスの「動物の謝肉祭」のEPが一枚(それにしても動物の謝肉祭というのはなかなかひどいタイトルだね、今思うと。二曲目なんてpoules et Coqsだから確実に食べられたほうの側だし・・・)。

「田園」はその頃、母の好きな交響曲であった。

 そんなことを思い出しながら、CDをかけてみる。個人的にはバロック「音楽集」みたいなものは滅多に買わない。「名曲集」みたいなものは「演奏家」よりも「中に入っている音楽」に焦点を当てる。上から目線であることを承知で言えば、それはまだクラシック音楽を楽しむ前段階のように思える。とはいえ、有名なアダージョやカノンを聴いていれば心は解れてくる。その上演奏家は一流なわけで、あえて忌避する必要などないなぁ、と感じた。

 東京SQは弦楽四重奏楽団としては超一流と言って差し支えない。僕自身もモーツアルトやベートーベンの演奏を持っている。このハイドンも端正で素晴らしい演奏だ。この端正さ、というのはなかなか他のSQに見られないもので、それをどう評価するかでこのSQの評価は分かれると思うが、僕はラサールやアルバンベルグに並ぶ名SQだと思っている。

*Baroque Favorite(バロック名曲集)

 アダージョト短調(アルビノーニ)/カノン(パッヘルベル)/メヌエット

 (ボッケリーニ)/G線上のアリア(バッハ)オーボエ協奏曲ニ短調

 (マルチェッロ)/フルート協奏曲ヘ長調(ヴィバルディ)/

クリスマス協奏曲(合奏協奏曲)ト短調(コレッリ)

イムジチ合奏団、ハインツ ホリガー(ob)、オーレル ニコレ(fl)、

ビーナ カルミレッリ,ワルター ガロッツィ(vn)、

フランチェコ ストラーノ(cello) Philips UCCP 7029

*ハイドン 弦楽四重奏曲ハ長調作品76-3「皇帝」

      弦楽四重奏曲変ロ長調作品76-4「日の出」

 東京クヮルテット  CBS/SONY FDCA 577


 昼は蕎麦。体温が34.8°しかない。これじゃまるで変温動物だ。測り直しても35.2°。いったいどういう事なのだろう?


 株式をいくつか持っていてその一つが京浜急行電鉄。こうした鉄道会社は配当金以外に株主優待として無料切符を株主に贈ってくれる。その切符が2枚余っていたが、5月末で有効期限が切れてしまう。手術なんて考えてもみなかったから、そのままにしておいたが、せっかくなので使ってみようと思った。本来なら逗子とか三浦海岸とか、あるいは三崎口とか海の見える綺麗な景勝地にでも行きたいのだが、今回は上大岡を訪れてみようと思った。いままで行ったことはないが、ここには京急の唯一の百貨店がある。今まで使ってきた恵比寿の三越や東急東横店は閉店してしまったし、東急本店も来年頭まで、他にも使っていたのがないこともないが、京急の百貨店にはどんな店がありどんな品ぞろえがあるのか興味があった。


 上大岡に来たのは初めてだが、意外と大きな駅でびっくりした。神奈川はけっこうこうした場所が多い。

 昼食が少なめだったのでロッテリアでバーガーを食したのだが、これがいけなかった。ロッテリアに難があるわけではなく、自分の消化能力に難があるのだ。しばらく苦しい思いをして、ようやく回復してからデパートを訪問した。まずポーターがある。前は東急本店にも店があって、そこで2点ほど買ったのだがいつの間にか撤退してしまい、その修理は品川駅の構内の店でやってもらったのだが、京急にもあるというのは心強い。CDショップもあったけど、クラッシック音楽は新譜や、シリーズ企画ものが多く、探している「モンセラートの朱い本」は予想通り影も形もなかった。本屋もCDショップも中途半端な大きさのものはもう持たず、逆に品数が充実している物が数少なく残っていくような気もする。


 一通りデパートを見終えてから、外に出た。駅の近くに大岡川が流れていて、その川べりにおりて散策できる。橋の上から眺めていたら、ちょっと大きめのアゲハチョウ科なのかタテハチョウ科なのか、遠くから見ると判断しにくい四頭の蝶が川べりの泥に集まっているのが見えた。これでも昔は昆虫博士という綽名を頂いたくらいなので興味がある。石造りの階段を下りて覗いてみた。川の岸に集まるというのはどちらかというとタテハチョウ科のマダラ蝶に多くて、色だけ見るとアカボシゴマダラに見えないこともない。関東にいるアカボシゴマダラは外来種(中国原産)のものが殆どで、僕自身も渋谷や武蔵小山で見かけたことがある。だが若い「アゲハチョウ」の集団だった。大きさや見た目の色合いでは判断しきれなかったけれど後翅の特徴が明らかに違う。

 アゲハチョウ科にはキアゲハとかクロアゲハとか幾つかの種類があるが「アゲハチョウ」という科を代表する名であり、かつ種を示す蝶がいてちょっと混乱する。子供の頃はナミアゲハとかも言っていたけど。それにしてもアカボシゴマダラに責任はないけれど、外来種を持ち込んで放すような愚行は本当にやめてほしい。川べりを少し散策し続けると、鯉がたくさんいるのが分かる。それも結構な大きさで4,50センチは優にあろうと大きさである。それに混じってカワウが一羽、泳いでいたが突然、水に潜って餌を漁りだした。さすがに40センチもあると鯉でも捕食されないようだが、だいぶ迷惑そうにしている。もっと小さかった頃にはさんざん怖い思いをさせられた敵に違いない。なかなか自然にも溢れていて良い場所だ。昔知り合いの女性がここに住んでいたのだけど、結婚してどこか北関東の町にお嫁に行った。元気にしているだろうか?

 特段、何も買わずに家に戻った。夕食は生姜焼きと冷や奴。体温は35.8℃。血圧は115/58、脈は79。




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