第32話

山に入り、山道もけっこうなスピードで進む。

――そろそろかな。

正也が思っていると、急に目の前が真っ暗になった。

そしてブレーキ。

視界が戻ると、車は大破した陽介の車の横にあった。

「駄目だったわね。次はどうしようか」

そう言うはるみにたいしてみまが言った。

「いっそのこと、あの地蔵壊してみたらいいんじゃない」

地蔵を壊す。

普段の正也なら、絶対にやらないことだ。

しかし今は普段の日常の中にいるわけではない。

正也は車を降りると適当な石を拾って、それで地蔵を叩いた。

何度も何度も。

しかし石の地蔵はそう簡単に壊れなかった。

正也はむきになって叩き続けたが、表面が少し欠けるだけだ。

それでも叩いていると、はるみが正也の叩いていない地蔵を抱え上げた。

そして地蔵が置いてあった石に思いっきり叩きつけた。

地蔵の首が取れた。

正也も同じようにもう一体の地蔵を石に叩きつけた。

その地蔵も首が取れた。

そかしそれではおさまらない。

二人して地蔵の首と胴体を何度も何度も石に叩きつけた。

一番近くに民家から、四人にぼこぼこにされた女が出てきてそれを見ていたが、感情のない顔でただぼうと見ているだけだった。

二人はそんな女には目もくれず、ひたすら地蔵を叩きつけ続けた。

そのうちに二体の地蔵はばらばらになった。

それを見てはるみは運転席に戻った。

正也も助手席に座る。

「それじゃあ、行くわよ」

少し息を荒げながらはるみが言った。

車は走り出した。

車は再び山道とは思えないスピードで進んで行った。

――もうそろそろか。

しばらく走り、正也がそう思っていると、急ブレーキで車が停まった。

次に正也の目の前が真っ暗になる。

やがて視界が戻ると、車はバラバラになった二体の地蔵の横にいた。

「駄目だったわ」

はるみがそう言った時、正也は気づいた。

ついさっきまでばらばらになって転がっていた地蔵が元に戻り、最初の場所に立っているのだ。

はるみも気がついた。

はるみは地蔵を見、そしてまだこちらを見ている初老の女を見て言った。

「この幻の村に存在するものは、物理的な攻撃はまるで意味がないのかもしれないわね」

はるみの言う通りだと正也は思った。

地蔵も女も、あの化け物だってそうだ。

代の男がそれこそ必死で金属バットで殴ったと言うのに、なにも感じていないように見えた。

現実に存在しない村にあるものは、現実に存在するものとはまるで違うのだ。

「とりあえず帰りましょうか」

はるみが言い、三人で洞窟に帰った。

洞窟に帰ってからの話題は、二日連続であの化け物を見なかったことだ。

「ほんとにいなくなってしまったのかしら」

みまが言いはるみが答える。

「そうだといいわね。まだ油断はできないけど。少しは望みがあるかもしれないわね」

本当にそうだったらいいな、と正也は思った。


次の日も化け物を見なかった。

――これはいよいよそうかも。

正也は思った。

捜索の成果は上がらなかったが、洞窟に帰ってからは、その話題に話が咲いた。

わずかだった希望が、少し膨らんだのだ。

心が躍らないわけがない。

いつになくい会話が弾み、久しぶりの笑顔が出た。

「もう少し様子を見ましょう」

はるみはそう言うが、言っているはるみもなんだか嬉しそうだ。

もう少し様子を見ることに異論はないが、正也はもう怪物を見なくて済むような気になっていた。

そして夜。

眠る。

正也はぐっすりと眠った。

夢も見ずに、途中で目が覚めることもなく。


目覚める。あてはないが捜索には出かけた。

正也の気分は久しぶりに高まっていた。

今日化け物を見なければ、もう二度と化け物は出てこないだろうと思っていた。

しかし正也のそんな想いは、すぐにうち砕かれた。

村に入った途端、川向うに現れたのだ。

しかも四体同時に。

四体並んでこちらを見ていた。

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