第12話

はるみが答える。

「それにはこの村の歴史から順番に話す必要があるわね」

「この村の歴史?」

「そう、場所にも人にも歴史と言うものがあるの。その歴史ゆえに、この村はこの場所は、これほどまでに異常な空間になってしまったんだわ。私はそう考えているけど」

「……」

「まず村の名前は知らない人にはいくら言っても伝わらないから、それはおいとくけど。ずいぶん昔の話になるけど、ここにこの村にダムを造ろうと言う話が持ち上がったの。行政がいいだしたのね。もちろんダムが完成すれば、この村は深い水の底に沈むことになるわね。それにたいして四十九人ばかりいた村人は、全員が猛反対したの。行政側は説得しようとしたんだけど、村人との話し合いは全く進まなかったわ。時間だけが無駄に過ぎていったのね。行政は強制執行も考えたんだけど、村人四十九人全員が断固反対ときては、それもままならなかったようね。そこで行政は妥協案を出してきたの」

みまが聞いた

「妥協案ですって?」

「そう、妥協案。行政側はどうしてもダムが作りたかったのね。だから村のすぐ上流に、小さめのダムを造ろうと言い出したのよ。洪水調節と言う名目のもとにね」

みまがまた聞いた。

「洪水調節って?」

「洪水調節よ。昔の話になるけど、この村は豪雨による水害にあったことがあるの。わかりやすく言うと、川が氾濫したのね。村の最長老でさえまだ生まれてなかったほどの昔のことなんだけど、村の人はそのことをみんな知っていたのね。ダムにはもともと洪水調節の役割もあるから、あながち行政が嘘をついたとも言えないんだけど。村がダムの底に沈むことはないし、おまけに水害から村を守ってくれるなんて。いいことばかりだ、と言うことで、反対する村人もなく、行政は急遽突貫工事で村のすぐ上に小さめのダムを造ったの。村の人はこれでこの村も安泰だと思ったようね。ところがある時、悲劇が村をおそったの」

「悲劇ですって」

みまがまた言う。

さっきから二人だけで会話をしている。

残りの三人は誰も口を挟まない。

正也もそうだった。

はるみの話に真剣に聞き入っていたし、みまがうまく相づちを打つかたちになっている。

この流れを止めたくはなかったのだ。

他の二人もそうなのだろう。

黙って必死のまなざしで聞いていた。

はるみが言った。

「そう悲劇よ。ここらあたりは普段はそこまで雨の多い地域ではないんだけど、ある時珍しく長雨が降ったの。豪雨というわけではないけど、それなりの雨が何日もやむことなく続いたわ。そんな時はダムは、水門を開けて水が溜まらないようにするものなの。水門を閉じるのは、とんでもない豪雨の時に一時的にやり過ごすときくらいなものなの。しかし行政はなぜか水門を閉じてしまった。そのまま一度も開けることなく閉じたまま。とうぜんダムには水がどんどん溜まる。しかもその水位が危険な水位を超えてしまった。それでも理由はわからないけど水門を開けなかったため、突貫工事で作られたダムが、一気に崩壊したの」

「ダムが崩壊ですって!」

「そう。本来の予定よりは小さかったとはいえ、それなりの規模を誇るダム。しかも村のすぐ上流にあったわ。そのダムの限界をはるかに超えた量の水か、一気に村に押し寄せたの。結果だけを言えば、村人は全員死亡か行方不明になったわ。四十九人で生き残った人は一人もいなかったの。まさしく全滅ね」

「そんなことが……」

「村が人もなにもかも流された。行政はすぐさま他の地に住む遺族と話をつけ、二束三文で土地を全て買い上げて、今の大きなダムを造ったのよ。すでに崩壊していた村は、今やダムの底に沈んでしまったわ」

「ということは、もしかして……」

「そう、今さっきまで私たちのいた村が、今はダムの底にあるはずの村なのよ」

正也は正直驚いた。

自分たちは今、水の底に沈んでいるはずの、生きている人間など一人もいるはずがない村に来ていると言うのか。

みまが言った。

「でもどうしてダムの底に沈んでいるはずの村に、私たちはいるの?」

「それはわたしにもわからないわ。でも仮説ならあるけど。あくまでも仮説だけど」

「それはどんな仮説なの?」

「まず最初に、この村の人たちは村がダムの底に沈むことに全員で猛反対した。そして洪水調節と言う名のもとに、村の丈量にダムを造ることを受け入れたわ。しかし行政が水門を閉めっぱなしにしたことによって、村人全員が死んでしまい、村も壊滅状態になったわ。それをいいことに行政はその後、大きなダムを造って、村は完全に水の底に沈んでしまった。あなたが村人だったら、どう思うかしら。さぞかし無念じゃないのかしら。悔しくてたまらないんじゃないのかしら」

「そうね。死んでも死にきれないというか……なんと言っていいのかわからないけど。ものすごく心残りと言うか、恨めしいと言うか……」

「そう、あなたの言う通りで、村の人は死んでも死にきれないと思うわ。だから今この村にいる村人は、いわゆる幽霊と言うやつなのよ。そしてこの村自体も、その幽霊たちが作り出したもの。四十九人の無念とか怨念とかが集まって、この村は存在しているのね。村全体、山も含めてこの空間全体が幽霊みたいなものなのね」

「そんなことって……」

みまはそれっきり黙ってしまった。

はるみもなにも答えない。

しばらく沈黙の時が流れたが、やがて正也が言った。

「ところで、突然現れてあなたの彼氏を喰ったと言うあの化け物。俺たちもこの目で見ましたが、あの化け物はなんなのかわかりますか?」

はるみが答えた。

「それも私にはよくはわからないわね。これまた仮説になるけど、それでもいいの」

「はい、それでいいです」

「それじゃあ、村人の無念の思いから、この村を作り上げたんじゃないかと言ったわね。そうなると村の人たちは、誰に対して怒りや憎しみを持っていると思う」

「行政ですかね」

「そう。それはそうだけど、行政と言っても村の人たちはそのごく一部の人にしか会っていないと思うの。いわゆる交渉役の人ね。村の人は怒りや憎しみを持ったと思うけど、それは実際に会った交渉人だけにはとどまらなかったと思うの。その憎悪は最終的に今ダムを使っている人も含めて、外に向けられたんじゃないのかと思うの。外とは村以外の場所。村人以外の全ての人ね。ようするに、この村に土足で入ってきたよそ者。つまりは私たちのことね」

「私たちですか?」

「そう村人から見て外の人。外の人である私たちに対する憎悪や憎しみが、あの化け物を作り出したのではないのかと思うの。ダムに沈んでいるはずの村を作り上げ、通行止めもなくなって、外から自由に村に入ってこれるようになったけど、村人が外の人を歓迎しているわけではないのね。むしろ逆だわ。それに村だけではなく、山や川や田畑。ダムに沈んでいるはずのこれだけの広い土地を思念だけで作り出したんだから、化け物の一体や二体くらい、簡単に作り出せると思うんだけど」

「つまり俺たちは敵だと言うことなのか」

「そう、よそ者が入ってきたら排除する。つまり殺す。化け物が喰い殺すのよ。そして殺すまでは外には逃がさない。今の状況は、そう言うことなんじゃないのかしら」

「きゃあーーーーっ」

突然の大きな悲鳴。

さやかだった。

さやかは暴れだした。

わめき叫びながら。

「おい、落ち着け」

陽介がさやかを抑えつけた。

しかしさやかは倒れながらも激しくて手足をばたつかせた。

正也もみまも加勢したが、日ごろは非力なはずのさやかが、三人がかりでもおとなしくさせられない。

考えられないほどの力だった。

「ほんと、最初から何となくわかっていたけど、やっぱりやっかいな女ね。泣きわめいても、事態を余計にややこしくさせるだけだわ」

はるみはそう言うと、抜き手のようなものでさやかのこめかみあたりを突いた。

するとさやかはそのまま気を失った。

「これでも子供の頃から武道を習っているのよ。大丈夫よ。ほっとけばそのうちに気がつくから」

転がっているさやかをそのままにして、三人はさやかから離れた。

正也が言った。

「ところで、俺たちはここから出る方法をさぐっているんですが、はるみさんは何か知りませんか?」

はるみが言った。

「もしここから出る方法を私が知っていたら、私はもうここにはいないわ。でも私ももちろんここから出たいわよ。だから全力で協力するわ」

「そうしてもらえると、ありがたいです」

「わかったわ。ところで、とりあえず落ち着けるところに移動しましょうか」

「落ち着けるところって?」

「少なくともここよりかはましなところよ」

そう言うとはるみは歩き出した。

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