【 エピローグ:スノードロップの花束 】


『カラカラ……』


「光輝さん、容体はどう?」


 病室のドアを開けて、彼の寝ているベッドまで行く。


「ああ、美雪。ごめん……。見舞いに来てくれたんだね」


「ええ、当たり前でしょ。私はあなたの奥さんですから。うふふっ」


 彼の体は包帯でグルグル巻き。

 手足は骨折、臓器をいくつか損傷し、頭にも大きな傷を負った。


「何であの日に限って、ネットがゆるんでいたんだろう……」


「ふふっ。でも、良かったじゃない。こうして、光輝さんは生きているんだし。不幸中の幸いよ」


「会社の方もこの体じゃあ当分の間、行けないな……」


「大丈夫よ。あなたには高い保険料を払っているんだから、しばらくゆっくりと体を休めましょう」


 そう言いながら、持ってきた荷物をベッドの横にあるサイドテーブルの上に置く。


「あ、ああ……。まあ、そうだな……。ごめん、美雪」


 外を見ると、窓から雪が降ってくるのが分かった。


「ああ~、また雪が降って来たね。病院食も、もう飽きちゃったでしょ? あなたの大好きな温かい野菜ゴロゴロシチュー作って来たから食べる?」


「ま、まだ、内臓が治ってないから……」


「大丈夫よ、そんなの。食べなきゃ元気にならないわよ。まだ、手も使えないだろうから、私が食べさせてあげる」


 私は彼の口の中へ、その野菜ゴロゴロシチューを無理やり押し込む。


「ゴホゴホ、ゴホゴホ……」


 彼は苦しそうだ……。

 でも、この苦しみはこれから。


 この何時間後が楽しみ。


 いつから芽生えたんだろう、この気持ち……。


 私は、涙を目にいっぱい溜めながら、最後にこう言った。


「あっ、そうだ。これね、咲いたんだ。スノードロップの花」


「ゴホゴホ、ゴホゴホ……」


 その綺麗な白い花を咲かせたスノードロップの花束を彼にプレゼントする。


「あなたにあげる。このスノードロップの花束を……」


 その時、私の瞳から一筋の涙が零れた。



 あなたは多分、知らないだろう……。


 このスノードロップの花言葉を。





 ――『あなたの死を望みます』。



「さようなら、光輝さん……」




~人落ちマンション あなたにスノードロップの花束を~




(了)



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