【 出口 】


「わ、私……、帰ります……」


 その女性は、慌てて服を着ると、そそくさと玄関の方へ向かおうとする。

 それを私が、両手を広げて止める。


「ちょっと待って。あなたが帰る方向は、こっちじゃないわよ」

「えっ……? で、でも、靴とかあるし……」


「うふふっ、靴は無くても大丈夫。あのベランダから帰れば」

「えっ? べ、ベランダから……?」


「そうよ。あなたも知ってるわよね。このマンションが『人落ちマンション』だってことは」

「し、知ってはいるけど、そんなのできない……」


「大丈夫よ。このマンションから飛び降りて、死んだ人なんて一人もいないんだから。うふふっ」

「あなた……、狂ってるわ……」


「あら、狂っているのは、どっちかしら? 大丈夫よ。あの安全ネットは、あなたが先ほど愛した私の夫、光輝さんが管理人にお金を出して、人が死なない高価で丈夫なネットにしたんですから」


「えっ……?」


 見兼ねた光輝さんが、横から口を挟んでくる。


「美雪、そんなことできる訳ないだろ! お前、正気か!」

「あら、私は正気よ。彼女がここから飛び降りてくれれば、全てを忘れてもいいと思っているの」


「彼女とは、何でもないんだ。彼女は関係ない!」

「ふふふっ、よくもそんな冗談を。これを見ても?」


 私はポケットからスマホを取り出すと、先ほどふたりが激しく愛し合っていた映像を大音量で流す。


「あっ! そ、それは……。ど、どうしてそれを……」

「私は真実を記録しただけ。ただ、それだけよ」


 光輝さんも、浮気相手の彼女も、暗闇で凍り付いているようだった。



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