【 焦燥 】


 いけないことだとは分かっている。

 でも、抑えられない。


 だから、来てしまった。

 彼の部屋へと……。


 電子ロックを暗証番号で開錠する。

 靴を脱ぎリビングへ行くが、彼はいない。


 左手の奥の部屋から、聞きたくない声が聞こえてきた……。


 私たちの寝室から聞こえてきた声。

 男女が愛し合う、とても激しい声が……。


 そして、聞き覚えのある、あの大きなベッドが軋む音も。


 見てはいけないと分かっている。

 でも、私はまだ彼の妻。

 知る権利はある。


 扉を少し開けると、その激しく愛し合う声は、私の耳を震わせた。

 ベッドの下にある青色のフットライトが、その大きく揺れるキングサイズの掛布団を映し出す。


 私が寝室に入ったことも気付かないふたり。

 尚も激しくベッドの上で、上下に揺れ動いている。


 涙が溢れた。

 昨日、私の頬にキスをした彼が、今、他の女性と激しく求め合っている。

 信じていたものが、全て偽りだと知った。


 そして、何かが音を立てて崩れた……。



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