【 芽生え 】


 それから数週間、このマンションでの飛び降りはなかった。


 私が暮らす4階にも、久しぶりに平和が訪れている。


 ベランダに植えてあるスノードロップを見ると、蕾から白い花を少しだけ恥ずかしそうに覗かせていた。


 私はもう3か月ほど夫と別居している。


 夫は、この同じマンションの最上階、7階に住んでいる。

 結婚した当初は、私もその7階に夫と一緒に仲良く暮らしていた。


 夫の名前は、高須光輝たかす こうき

 その名前の通り、39歳にして、多くの税理士を束ねる会社を経営している敏腕社長で、表向きにはとても光り輝いて見える。


 夫と出会った当初、私はそんな彼の経営する会社で、高校を卒業してすぐに事務員として働いていた。

 偶然にも同じマンションに住んでいることが分かると、私たちは自然と距離が近づいて行ったんだ。


 会社での仕事ぶりだったり、周りへの気遣いもでき、経済力も行動力もある彼を、その当時、私は尊敬し、憧れを持っていた。

 学生時代、恋なんて一度もなかった私に、初めて芽生えた恋心……。


 そんな彼からお誘いを受けたその日に、彼と生まれて初めて結ばれた。


 この彼の住む7階の最上階で……。


 今まで見たこともない大きなキングサイズのベッドの上で、私たちは初めて愛し合った。


 それ以来、私は彼、光輝さんに夢中になって行った。



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