第33話 俺の可愛いお尊たち


「はぁ!?お前そんなことしてもらってるのか!!?」


「えっへっへっへぇ~~」


「「「何ソレずりぃ/ずるい!!!」」」


 ある一日の昼休み。一年生組での昼食の場に辰巳、竜、真心の声が重なった。


 その理由は、少し前の会話に遡る。


 ********


「愛海って普段兄貴に甘えたりすんのか?」


 愛海が可愛らしい花柄の弁当箱を鼻歌を歌いながら開け、お気に入りの極甘卵焼きを口に運ぶ直前竜が何とはなしに尋ねた。

 いそいそと買ってきたパンを囓ろうとしていた真心が動きを止め、目を伏せながらも話に興味がありそうな様子を見せる。

 一方辰巳は大きなおにぎりを頬張った顔でくしゃぁっと顔を歪め、何かを言いたそうにし急いで咀嚼を終わらした。


「俺昔から海野兄弟見てきたけど、すっごいよこいつのまり兄の前での猫っかぶり・・・・・・マジでエッグイ」


「なっ、なんでお前がそんなこと知ってんだよ!!!」


「ハッ!まり兄がよく話してるんだよ。『昨日は愛海に耳かきを――


「あーあー聞こえないーーーーーっんんっ!」


「「いや聞かせろ/て?」」



 辰巳が報告しようとしたところ愛海はわかりやすいほど動揺し慌てて辰巳の話を妨害しようとしたが、気になる話に竜と真心が無表情で愛海の口を塞いだ。


 ********


「ごほんっ。では気を取り直して・・・・・・。昔っからまり兄がデレた顔をして話してくるんだよ。例えば『耳かきをせがまれたからやっていたら、可愛い寝息を立てて寝てしまったから何時間もそのままの状態でいた』とか、毎年小・中の体育祭の次の日なんか『腕が筋肉痛で痛いから歯磨きして?』って頼んでくるらしいぜ。まり兄が嬉しそうに話すから黙って聞いてたけどさぁ」


 辰巳の口から飛び出してくる数々の愛海の猫かぶり録に、竜と真心は口が開いたまま塞がらず食事をとることを忘れていた。

 愛海はその数々の甘い思い出を思い出し辰巳の話を妨害することを忘れ、兄特性の愛情たっぷりな弁当を頬張りながら頬を押さえてはしゃいでいる。

 そして冒頭の言葉に戻るのだ。




「はぁ!?お前そんなことしてもらってるのか!!?」


『羨ましいだろ~』と言うような優越感に浸った笑い声を上げる愛海に、辰巳を含め三人がキーッとハンカチを噛まんとする勢いで悔しがる、そんな光景が昼休みの教室で行われていた。



 ********


 「「「ってことで、お邪魔しまーす!!」」」


 そして金曜日、それぞれがきちんとお泊まりセットを持って海野家の玄関に訪れた。真心は早くも歯ブラシを手に持ってふんすと鼻息を荒くしている。海矢に歯を磨いて貰う気満々だ。

 その後ろで二人も、柱の陰から覗き『こいつら~』と睨んでくる愛海の視線を受けて『ざまぁ』とゲス顔を晒した。


「おっ、今日はブラザーズもお泊まりかぁ。賑やかだな」


 リビングから顔を覗かせたのは、海矢の親友大空だ。今日は元々海野家に泊まり映画鑑賞会をするつもりできていた大空は、海矢と共に夕食の準備をしていた。辰巳たちに姿は見えないが、海矢の『おー、いらっしゃい』という声が玄関に届く。

 親指の爪を噛みながら歓迎する気ゼロで歓迎の言葉を口に出す愛海を完全にスルーし、辰巳は音符を飛ばしながら海矢の元へと掛けていった。それに真心と竜も続く。


「寒かっただろ。いつものとこに荷物置いて、そこら辺で寛いでいてくれ。愛海、お茶出してやってくれるか」


「はーい!」


 可愛い子ぶりっ子した声で返事をし、直後無表情で人数分のコップを取り出しお茶を注ぎ始める愛海に、大空はクスリと笑ってしまう。


「そうかぁ~、今日はこの子たちも来るからこんなに作る量が多かったんだね~」


「ああ、まぁな・・・ってちょっ、そんなくっつくな!危ないだろ!!」



「「「「・・・・・・」」」」



「俺も手伝う」

「俺もー!まり兄これ貸してー!」

「僕にも何かさせてください」

「僕もー!!!」


 端から見たらイチャついているような二人の様子を見た自称含む弟たちは、一致団結して海矢と大空の間に割り込んだ。

 必死な様子の愛海たちを目に、大空はやれやれと余裕の笑みを浮かべて作業を続行する。だが、今作っているスープに特殊な調味料を加え、子ども舌には合わない味にしてやろうかと思案してしまうぐらいには、大空も大人げない性格だった。


 皆で騒ぎながら作り上げた料理をワイワイと賑やかに完食し、順番に風呂に入る。一番最後になった海矢が、大空に映画の準備を頼んで浴室へ向かおうとしたとき、真心が海矢の腕を掴み勇気を振り絞ったかのように発言した。


「あのっ!僕たちにも歯磨き・・・・・・してくれませんか」


「ブフォッ!おい真心!!別に俺はっ・・・・・・」


「あれ、竜はしてもらいたくないんだ?まり兄ー俺はしてほしいー!!」


 歯ブラシを握りしめて顔を真っ赤にさせている真心は、上目遣いでこちらを見ていてしかもその目は恥ずかしさからか潤んでいる。一人っ子だから兄弟にそんなことをしてもらう機会はなかったのだろう。自分のことを兄だと思っていいと言ったが、こんなに甘えてくれることに嬉しさを感じた。

 真心の後ろを見ると、辰巳は顔を赤くしながらも無理に元気を装って、竜は明らかに恥じらいながらも口では反対していない様子が、なんとも愛らしく胸をぎゅうと締め付けられるようである。


「わかったよ。風呂、上がってからでいいか?」


 しゃわりと頭を撫でて言うと、真心は頬を染め目をキラキラとさせて、辰巳はやったー!とその場で軽くジャンプし竜は『べっ、別に――』とツンデレキャラお馴染みのセリフを言いながらも顔を赤くして指をもじもじとさせている。


「(俺の弟たち・・・可愛いすぎん・・・・・・?)」


「え~~ずるーい!!僕も僕も!!」


「愛海くんには、俺がやってあげようか?」


「ゲッ!!けっ、結構です!!」


「大空・・・・・・それは許さんぞ?」


 じぃいんと彼らの可愛さを感じていると、その横で愛海が駄々をこねる子どものように言い募っており、それを宥める大空の言葉が聞き捨てならずに奴の肩を掴んで言い含める。まったく油断も隙もないなと溜息を吐きながら、海矢は一人脱衣所へと向かっていった。


 ********


「さ~て、いよいよ映画鑑賞会というわけですが・・・・・・、君らはこれからまりあに歯を磨いてもらうんだもんね。あー、でもこれからお菓子食べるのに歯ぁ磨いてもらうんだ?」


「「「ウグッ!!!」」」


「意地悪ですよ先輩!!また後で磨いてもらうからいいんですっ!後でまた磨いてくれるよね?まり兄?」


「っ、ああ・・・・・・」


 大空の意地悪な言葉に海矢に見えないようににやりと笑った愛海の表情に顔を顰めながらも辰巳が海矢に懇願すると、キッと意味もわからず向けられた愛海からの視線に汗をかきながら海矢は辰巳の上目遣いのお願いに負け、了承の返事をした。


「ほら、一人ずつここに来い」


「「「!!!」」」


 海矢はそうと決まれば早くするぞとカーペットの上に正座をし、自分の太股を叩いて催促した。


「え・・・、磨くって寝っ転がるパターン・・・・・・?」


「こ、これはナチュラルに膝枕もしてもらえるってことか・・・・・・」


「は・・・恥ずかしい・・・・・・!!」


 それぞれ意見を言いながら、まずは俺からと辰巳が勢いよく海矢の膝に頭を預ける。辰巳はなんだか人に見られながら歯を磨かれるのは恥ずかしいと顔に熱が溜まるのを感じながらも、こんな機械はめったにないと我慢を決めた。

 海矢の綺麗な顔を目の前にして、辰巳はドキドキしながら口を開けた。


「んっ・・・・・・」


「ほら辰巳、そんなんじゃよく見えないだろ。もっと大きく口を開けろ」


「(兄ちゃんの言葉がなんかエロく聞こえるのは何でだ!?歯を磨いているだけなのに!!)」


 愛海の胸の内は嵐が到来していた。周りを見ると、大空は二人のやり取りに愉快げに笑っており、竜と真心は顔が真っ赤になっている。そう言う自身も真っ赤になっているだろうと思われた。



 一方今現在恥ずかしさの渦の中にいる辰巳はまるで心臓が耳元で鳴っているかのように感じるほど緊張をしていた。なんといっても海矢の顔が近いのだ!見上げるという点では同じなのだが、下から顔全体を見上げるといつもと違って見えてくる。しかも、彼の視線は自分一人だけに注がれている。

 辰巳はこれとない緊張に思わず・・・・・・


「ンガッ!?ゴフッ――ゲホゲホゲホッ!!」


「大丈夫か!?ほら辰巳起き上がって、ゆっくり息しろ」


 喉を広げた状態で唾を飲み込んでしまい、思いっきり咽てしまった。喉がひりひり痛く肺に水分が入ってしまったため呼吸が苦しい。それでも優しく背中を撫でてくれる海矢に感謝と嬉しさを感じた。


「ハーイ辰巳咽たからおしまーい」


「そうだね、映画も早く見たいし・・・・・・残念!」


「ちょっ、なんでゲームオーバーしたら交代みたいなルールになってんだよ!?ってか先輩までヒドっ!」


 苦しんでいる辰巳に向かって無情にもアウトを言い放った愛海に、辰巳は涙目になりながら『わかったよ・・・・・・また後でやってね、まり兄。絶対だよ?』と言いながらすごすごとその場所を歯ブラシを握りしめて待ち構えている真心に譲った。


「お、お願いしましゅぅ・・・・・・」


 もうすでに真っ赤な顔をした真心が海矢の膝に頭を乗せると、ぎゅっと目を瞑っておずおずと唇を開いた。


 シャコシャコシャコ・・・・・・

 真心が頑張って口を大きく開けているおかげで、歯磨きは順調に進んだ。が、真心は恥ずかしさで目を開けることができなかった。辰巳と愛海が『もったいない!』と漏らす中、最初からずっと両手で目を塞いでおり、少々やりにくく思いながらも海矢は苦笑しながら小さな歯を磨いていた。


「ふぁっ!」


 上の歯が磨き終わり歯ブラシが下の歯に移る際に微かだが舌に触ってしまい、その瞬間真心の身体がビクッと撥ねたと同時に高い声が上がった。


「すまん、痛かったか?」


「い、いえ・・・あの、その・・・・・・」


「「はいアーウト!」」


 顔をこれでもかというほど真っ赤にさせて、目をぐるぐるさせながら言い訳をする真心にすかさず愛海と辰巳が割って入った。



「よろしく、おねがいします・・・・・・」


 最後は竜で、途中アウトをくらった辰巳と真心が羨ましそうに見つめるその視線を避けるように顔を逸らしながら、そっと海矢の膝に体重をかけた。


「・・・・・・あの、竜・・・?手、どけてくんね?できないんだけど」


「・・・・・・・・・・・・」


 頭を海矢の膝に乗せ、さぁいざという風に海矢が歯ブラシを構えた直後、竜は両手を真心のように・・・・・・いや真心は目元だけだったが彼は顔全体を覆って隠してしまったのだ。口を開けるどころか顔も見れなくなり、歯磨きをしようにもできない状態になってしまっている。


「おーい、りゅう・・・・・・?」


 無理矢理手を外そうとはせず優しく呼びかけると、竜は自身の指の間を少し開けて海矢を見つめてきた。そしてすぐに間は閉じられ、覆う手の力はさらに強くなってしまった。


「・・・・・・ムリ。恥ずかしスギル・・・・・・」


 再び声をかけようかと思っていると、小さくそう、呟かれた。



 結局、最後まで海矢の歯磨きに耐えられる者はいなかったのである。


『愛海・・・お前マジすげぇな・・・・・・あんなのに耐えるなんて無理だぜ・・・・・・』と竜がげっそりとしながら愛海に言い、それに辰巳と真心は勢いよく同意した。


 そして待ちきれないと愛海と大空が映画を流し始めたので、みなソファに座ったりカーペットのクッションにもたれ掛かったりして画面に目を向けた。辰巳と真心はむすっとした表情をしており、竜はまだ顔の赤さが引けていないようだ。暗い部屋でもよくわかった。

 ソファに腰掛けた海矢の両側にはそれぞれ真心と竜が座っており、海矢の足の間には辰巳がポップコーンの入った容器を抱えながら陣取っている。

 それに目をつり上げ文句を言おうとした愛海だったが大空に止められ、今回だけは哀れな彼らに側にいる特権を許した。


 ********


「あーー、おもしろかったぁ~~って、あれれ、寝ちゃってるじゃん」


「ほんとだな・・・・・・」


 エンドロールまで見終わり、メニュー画面に戻ったところで大空が伸びをしながら振り返ると、海矢以外の人間は寝息を立てて眠っていた。


「ぐっすりだね・・・・・・」


「ふふっ、ああ」


 竜と真心は海矢によし掛かって寝ており両肩に頭の重さを感じる。足の間には辰巳が爆睡しており、海矢の足に寄りかかって長い睫を下ろしている。

 クッションを抱きしめ、『にいちゃんはぼくのものにゃのに~』と寝言を言いながら眠っている愛海にも口元が自然と緩んでくる。


「(本当に、俺の弟たちは可愛いな・・・・・・)」


「んんぅ・・・」


 吐息を漏らしながら頭をすりすりと肩に押しつけてくる竜に、海矢の腕を遠慮深げに掴む真心。そして海矢の足に抱きつく辰巳と一体どんな夢を見ているのか眉を寄せてうんうんと唸っている愛海。


「(尊い・・・・・・まさに、おとうとだな・・・・・・)」


 しみじみと心の中でそう呟き、なかなか上手いなと自分に感心したのだった。
















 ********


「そういえばさぁ、俺にもやってよ!歯磨き!!」


「ぜっっっっったいイヤだ」


「え~~ケチ~~~」


「うるせっ」


「あっ!じゃあさ、反対に俺がまりあにやってあげようか?」


「はっ、はぁあああ!!?イヤに決まってンだろ!?」


 一瞬固まり、何を言われたか理解した瞬間焦り100%で必死に拒否をし顔を赤くする海矢の反応を見て大空は笑い、直後『からかいやがって!!』と海矢に怒られた。

 そしてその後眠っているはずの一年生ズが口を揃えて『そんなの、おれが/ぼくがゆるさないからな~~』と寝言を言ったことに、海矢と大空は顔を見合わせて笑ったのだった。
















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