0-3 神々の会議は始まらない

「(どうしよう。美の女神が会議に全然出てこない。何度も天使を呼びに行かせてるのに、来る気配もない)」


 ここは神界。

 神の住む世界。

 地球とはまた別の、遠く離れた異世界の神。その神々が存在する、いわば世界を動かす土台であり、中心的場所である。

 そして今、神界のリーダー的存在でもあり、異世界を創造しようとしている人物が、最後の神が来るのを待っていた。

 その神とは『創造神』。


 見た目は少女のように小さな体型をしているが、どこか大人の女性がまとうような落ち着いた空気があり、焦っているもののどこか余裕を感じられるような、頼もしさを感じられる、だが同時に柔和にゅうわな雰囲気を持っている。服装は真っ白なワンピースを着ており、どこか子供っぽさを感じられるが、しかし『創造神』として存在しているその雰囲気は、子供だと馬鹿にできないほどの威厳を保っている。


 神が創り出すのは異世界という大雑把なものではない。もっと細かな、地形や生物、文化や言語、それこそ自主的に発展することのできるように、時には啓示けいじとして自らの信者へと知識を広めたり……実に様々な物を創り出し、それを与え、教え、そして広める。

 創るというのは、ただ生み出すことだけではなく、その後どうなっていくかを見守り、停滞させぬように導くことである。と、いうのはこの創造神の考えである。


 今説明した創造神以外にも、多くの神がここに集まっている。


 例えば、武器や農具といった生活に必要な道具を創り出す『鍛治かじ神』。

 例えば、生物が生活するのに必要な植物を生み出し、育てる『植物神』。

 例えば、生物が生まれ、生き、そして死ぬ。輪廻を見守りつかさどる『いき神』と『死神』。


 他にも『魔法神』という神が存在している。黒に近い紫色の三角のとんがり帽子を被り、ぶかぶかのローブを身に纏った少年の姿をしている。無表情で、会議の始まらないこの現状を傍観しているこの神は『創造神』が創り出した世界に充満する、『魔素』と呼ばれる生物に害のある物質を、『魔力』と呼ばれる生物に害のない物質に変換させる大事な役割をになっている。


 さらに『環境神』という神が存在している。この神は世界の気象や気温、気候を変化させる力を有しており、地球でいう熱帯や乾燥帯といった気候を場所によって変化させて、『植物神』と共にその気候で生き残る植物や、『生神』や『死神』と共に特殊な気候で生き残り、進化する生物を研究したりしている。

 一つミスでその世界の環境が変わってしまい、最悪の場合、世界そのものを崩壊させてしまうかもしれないという責任を背負っているため、創造神よりも忙しい神であるかもしれない。ほら今も、なかなか始まらない会議にイライラし始めているようで、腕を組み人差し指で自身の二の腕をトントンと叩いている。


 さて、今ここにはいないが、『美の女神』という神がいる。

 この神が担っているのは、実は何もない。

 そう、何もないのだ。

 ではなぜ、『美の女神』として、神の名を授かっているのか。


「(何度呼んでも来ないのは、いつもの身嗜みだしなみのチェックやら、身支度みじたくの多さでしょう。一応、あのひとも女神の端くれ。その美しさを求めて信者が多くいるのも確か)」


 創造神が心の中で呟いている通り、あの女神はその美貌に魅了された多くの信者が存在している。


「(世界を創り直す時に、いつの間にやら作られていた仮の世界に保護するくらい信者を大切にしていたのも知ってる)」


 それこそ、世界を一度作り直すために崩壊させた時も、その信者を庇うために自身の創り出した仮の世界に保護するくらい、信者を大切にしていた。


「(そのせいで、美の女神としてのほとんどの力を使い果たしてしまって、ほとんど力が残っていないのも知ってる。でも、ほとんど力を使い果たしているのに、どうしてあの美貌が保てるのかな……)」


 化粧品の力である。

 という事実は創造神は知らない。自分の信者にオススメされた化粧品によく似た効力のある化粧品を異世界から取り寄せて、自室でその化粧品をつけて美貌を保っていることなど知るよしもない。さらに、その化粧品を買うのに信者から巻き上げ……じゃなくて、信者からの寄付金を使用したり、足りないときは最終手段を使って買っていることなども知る由もない。


「……あーもう!てん」

「はぁい。呼びに行きますよぉ〜」

「まだ言い終わってないけどお願い!」


 そろそろ怒りが爆発しそうな環境神の姿を見て、焦ったような声で天使に指示を出そうとする創造神。しかし、絶対に言われると確信していた天使はすでに待機しており、彼女の言葉ですぐに行動へ移したのだった。


 ***


 二度。呼んでも来ない。

 今回の会議はかなり待った方だ。

 だが、一向に来る気配はない。

 前回の会議は一回天使が呼びに行けば、ちょっと経ってから来たのだ。

 しかし、今回は来ない。絶対に来ない。


 心のどこかで、そう確信していた。


『あの女神抜きで、もう始めませんかねぇ?』


 黒いコートを着て、フードを目深まぶかに被った髑髏どくろ顔が、二重に聞こえる声でそう呟いた。座っている椅子の背もたれには、普段持ち歩いているのであろう、刃が極端に曲がった大鎌おおがまが立てかけてあった。

 その姿はまさに、『死神』。人間が想像する姿そのものであり、足元からは黒い霧のようなものがわずかに立ち上っている。


『待つのは嫌い。どうせ来ない』


 そう短い言葉で『死神』に同意したのは、『いき神』。死神とは逆に、白いコートを着ているが、姿形は死神とは変わらない。足元から立ち上る霧の色が白いだけだ。


 彼らの言葉を皮切りに、他の神々が次々に文句を言い始める。

 忙しいだの、遅いだの、早く始めろだの。

 神々は創造神が優しいことを理解していたが、しかしそれには限度がある。優しいから会議を遅らせても良いのか。優しいから会議に来ない奴を待つのか。もう来ないとわかっているのだから、無視して初めてしまえば良いのに……とその場にいる神々は考えていた。


 その神々の言葉を聞いた創造神は、騒がしいこの場を収束させるかの如く、大きな音で手を「パンッ!」と叩く。すると、先ほどまで文句を言っていた神々は瞬時に黙り込み、会議場に響いていた喧騒は瞬く間に静寂に飲み込まれてしまった。


「……では、そこまで言うなら始めましょうか?今回の議題は、『美の女神信仰の信者による暴挙』とかどうでしょう?」


 にっこりと笑う創造神。

 なぜその議題が出たのか、それは美の女神が作り出した、仮の世界。それが関係している。


 仮の世界とは、創造神を含む神々が、力を合わせて創り出す世界とは別の、一柱だけの力で作り出した空間のこと。それを世界と呼ぶにはいささか狭く、そして不安である。ちょっとつついたらすぐに崩壊してしまうのではないか、と言われるほど、脆い空間なのだ。

 そう、脆い空間。普通の世界は、空間の壁がしっかりとしているため、そこから生き物が出入りすることはない。何か別の空間同士が接触したり、神の力あるいはそれに匹敵する力が無い限りは、絶対に生物は出入りすることはできないのだ。

 しかし、この仮の世界は違う。余りにも脆く、不安定であるこの世界は、空間の壁すらも不安定であり、そこから中の生物が出入りできてしまうことがある。その生物が、美の女神の信者である。


 美の女神の信者は、あろうことか天使にちょっかいをかけたり、他の神の部屋に忍び込んで貴金属や宝玉など、お金になるものを探して盗んでいくという行動を繰り返している。それに気付いたのは、『植物神』が創り出した「摂取すると瞬時に灰になる成分を含んだ果物」が盗まれたときだ。

 美の女神が植物神の部屋に乗り込んで来た時に、盗まれたことが発覚した。


 騒ぎ立てる美の女神から、「ワタシの大切な信者が一人、灰になって死んだ!これはアナタが創った果物のせいだ!」という話を聞き、植物神が自ら所有する倉庫を確認したところ、自分自身でしか開けられない鍵がものの見事に粉砕されているのを発見。いやどうやって壊したんだよと突っ込みたくなる植物神が倉庫を開けてみると、『触るな』と書かれていたびんが一本無い。


 ギャグみたいな話だけど、実はこれが笑えない話で、このことを会議の議題に出したらいきなり席から立ち上がって自身の倉庫や部屋を確認しにいく神が多数おり、結果盗まれたものが多数あることが発覚した、ということである。


「いつか議題に出そうと思っていたんですよ。えぇ、今までは美の女神がいたから出せませんでしたけども。えぇ」


 にっこりと笑う創造神。その顔を見た神々は、その顔から目を逸らすかのように真っ直ぐ真正面を向いた。文句を言うために立ち上がっていた神は、ゆっくりと椅子に座り直し、愚痴を呟いていた神は創造神と目を合わせないようにそっぽを向いた。


「へぇ。この議題を出すとみんな黙り込むんですねぇ。なるほどなるほどぉ」


 ニコニコと笑う創造神。彼女の隣で、事の成り行きを見守っていた魔法神が、何かに気付いたかのような顔になり、そして叫んだ。


「全員元の持ち場へ!世界が壊れる!!」


『『なんで!?』』

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森の中の大賢者 ひまとま @asanokiri884

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