第5話 夢と金魚

ほう・・・

金魚とな


そうなるとこれは八の夢か


ちょうど太陽は天辺から少し西へ傾き、部屋の中はアップルパイと三谷の淹れた紅茶の心地よい香りがそよ風と共に流れていった


近頃はちょうどいい季節が短くなったような気がしてこんな日は思う存分ぐうたら過ごすに限る


この居間は四角だ


北側に台所


南に私が寝ている縁側


東へ抜けると玄関


西へ行くと三夜の自室


丁度真ん中に当たるこの居間は四角だ


なるほど、これは面白い

確かに四角だからここなのだな


私はそう考えながら尻尾だけを縁側から垂らし左右へ揺らせ

そう、夢と現実の境目・・・

曖昧なところに居る


夢と現実の境目とは一体どこだろうか?

それはどっち側なのだろうか?

それによって全く現実が変わり、夢も変わるのだろうか?


遠くの方から微かに聞こえる声がする


『このアップルパイ本当に美味しい!

気になってたけど行列ができてるから迷ってたの

漱石ありがとう!』


三夜は食べ物に目がない

本当によく食べる娘だ


『先生!アップルパイ食べたらまたお願いしますよ!!

あっ!これ本当に美味しいですね

先生の淹れてくださった紅茶もすごく美味しいです

どこの茶葉ですか?』


『知らなーい

秋陽社の方が持って来てくれたの〜』


漱石は驚いたように三夜の顔を見た

『先生!もしかして!!』


『嫌だなー

私受け取れないって言ったのにせっかく持ってきたからって言われて頂いたの〜

そんなに書けないし、書く必要もないもの』


他社でも執筆をするのかと焦った漱石だったが、その返答に安堵したような納得がいかないような何とも言えない表情を浮かべた


『先生は欲がないのですか?』


『?

そりゃーあるよ

美味しいものもたくさん食べたいし、旅行へも行きたい』


『先生ならもっと・・・!』

『もう十分お金は使えないほど入ってきてるじゃない

これ以上すると今度は時間がなくなる

それでは本末転倒だわ』


世間は三夜を令和の文豪と謳い、出す作品はヒットを飛ばし出版社としては、この好長期にどんどん作品を描いてもらいたいが本音であろうが

三夜は自分自身に才があるわけではなくある一種の代書をしている感覚だけなのだから感情も入らなければ未練もないだろう


『ここもいい家だと思いますが、先生の実績があればタワーマンションだって買えるんですよ』


『私はこの家で夏目と過ごしながら小説を書く生活に満足していの

もう欲しいものは最初に入ったお金で全部買っちゃったしね〜』

と、ニヤリと笑ってみせた


これにはもう、漱石も何も言えまい


そういう三夜だから愛されるのであろう


アップルパイを口へ運ぶ途中、三夜の目の前をまた1匹の金魚が横切った

その金魚を通りこした先の壁に鏡が掛かっている

鏡には自分の顔が映った

顔の後ろにはあるはずも無い窓が見えた


吾輩は浅い眠りに沈んでいった




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