第3話 吾輩と担当編集

縁側で三夜と話していたら中庭に男が入ってきた


『先生〜もう何度も呼んでるのに無視しないでくださいよ〜』


この男、三夜の担当の編集者である

名を“西村 漱石”と言う


まぁお察しの通り私と同じ名前を持つ男だ


『無視なんてしてないよ。チャイム聞こえなかったけど?』


『チャイム押しましたけど、なりませんでした〜

早く治してください』


そう答える漱石に三夜は聞こえているが返事をせずまたパソコンに目を向けている


『それより、原稿の方は進んでますか?

今回もかなり社の方で噂になってますよ

大作ができるのではないかって!』


三夜は全く答えないだけではなく、目も向けない


『そういえば・・・』

『忘れてました〜駅前に出来た人気のアップルパイ屋さんでアップルパイ買ってきたんですよね〜

でも、先生の原稿上がらないと休めないよなぁ』


ちらっと漱石はわざとらしく三夜を見る


三夜はすでにパソコンを見ておらず漱石の手にある紙袋に視線が釘付けになっていた


『ところで先生?原稿は??』


恨めしそうに漱石を睨みつけ

『まだ神様が降りてきてくれないの〜

・・・

でも、アップルパイ食べたら降りてきてくれるかも〜』

ちらっ


漱石ははぁ〜と、ため息を一つ付き

しょうがないなと言わんばかりに、紙袋を三夜に差し出した


『漱石ありがとう!』

そう言って三夜は満遍な笑みを浮かべコーヒーを淹れようと台所へ向かった


『なぁ〜明後日締め切りなのに先生はどこまで出来てるのかな・・・

また編集長にどやされるよ〜

助けておくれ〜夏目君〜』


三夜が台所へ消えた後、漱石は私に話をかけてきたが、この男は私と話せるわけではない

そうただの猫に話をかけているだけだ

漱石はいつも何も返すことのない私を撫でながら、ぼやくのだ


私はこの男が嫌いではない


心根の優しい誠実な男だということを知っている

この男、三夜に恋心を抱いているのだ

しかし当の本人は全く気付くこともなく

もう私が気づいて1年になるだろうか?

随分と長い片思いである


三夜が席を外している間にこの漱石という男のことを話すとしよう


この男“西村漱石”は大手出版会社の角倉文庫の担当編集をしており入社5年目のこれからの男だ

小根は優しく押しが弱いところが担当編集という仕事のネックになっているだろうが、何かと可愛がられる性格と持ち前の頭の良さでうまくやっているのであろう


その結果が、若手有名作家 夏目三夜の担当編集をしているということで伺える


容姿は長めの前髪が少し邪魔だが整ったとても良い顔をしている

この容姿では女性が黙っていないだろうと思うのだが、これは不運というべきか・・・

三夜に思いを寄せているせいで恋人もおらず

アップルパイを買ってきて仕事をさせようとしても、惚れた弱みでアップルパイだけ取られ、原稿はもらえず猫に戯言を言う始末・・・


なぜ三夜といい、漱石といい、現代の大人はどうなっているのだ?


この漱石という男、名が漱石なのは母親が“夏目漱石”のファンだからだそうだ

初めて会った時、三夜が興味本位で聞いていた

まぁ、自分は夏目漱石の意識を持つ猫と会話できるのだからその名前に敏感になるのは当たり前のことだろう


三夜といい、この漱石という男といい

因縁じみた名前の繋がりを感じずにはいられないな


しかし、漱石の撫で方は非常に心地良い・・・



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