第10話

 ダンジョン挑戦の翌日、舞弥とヴィクトリカは再びダンジョンを訪れていた。

 マナ酔いの回復を待っている間舞弥はどうしてダンジョンに来たのだろうと疑問に思う。冷静になればなるほどここにいる理由が出てこない。出入りするごとに乙女の尊厳を賭けた戦いをしなければいけないのにどうかしていると。

 マナ酔いから回復すると舞弥たちはダンジョンの攻略を始める。

 一定時間で内容が変わる迷路を踏破することは難しい。

 普通の迷路であれば何度もトライを繰り返し、しらみつぶしに探索することで攻略することはできる。しかし、今回のダンジョンではそれをすることができない。頼りになるものは直感と運。それと、僅かなアジリティ。

 ヴィクトリカは魔法で第六感、直感を限界まで引き上げる。この魔法は直感を引き上げるとはいうが、確実性はなく、便利なものではない。精々二択での正解率が僅かに高くなるくらいのもので、魔法使いが覚えても使う機会のない魔法の一つになる。

 ヴィクトリカの直感を頼りにダンジョンを進んでいく。

 魔法の効果によるものか、お昼をちょうど過ぎた頃にダンジョンの2階へと続く階段を発見した。

 休むことなく歩き続けていたため、訓練などをしていない普通の女子高生である舞弥は体力の限界を迎えていた。ヴィクトリカもそんな舞弥を休憩させてやりたい気持ちはあるが、いつダンジョンの構成が変わるかわからない。心を鬼にして移動させる。

 ヴィクトリカが疲労困憊の舞弥を運ばないことには理由がある。ダンジョンでは何があるかわからないため極力両手を開けておく必要がある。仲間のために両手を塞いだ結果二人とも死んでしまうということがあったためヴィクトリカは舞弥を抱き抱えることはしない。自分が万全の態勢でいられるのなら低層の魔物に遅れを取ることは無いという絶対の自信もこの行動の裏付けとなっている。

 それならば回復魔法を使えばいいのではという意見もあったが、回復魔法はただ傷を癒すだけの魔法で、体力は回復しない。そのため、足の痛みをとるために回復魔法を使ってはいるが体力が回復することはなく、歩くスピードは徐々に落ちている。

 どうにかしてダンジョン二階に辿り着くと舞弥は壁を背に脱力する。

 冷たいダンジョンの壁が汗ばんだ舞弥を優しく冷やす。

「お昼にしようか。それからのことは後で考えよう」

  体力の少ない舞弥の代わりに荷物をもていたヴィクトリカが弁当を出して手渡す。

 弁当の中身はそろそろ飽きてきたお馴染みのレパートリー。使う材料をできる限り変えていってはいるが、味付けと調理方法が変わらないため効果が薄い。

「私は見張りをするため急いで食べるが、舞弥はゆっくり食べるといい」

 弁当を渡された舞弥は疲労で食欲が無かったが、食べなければ体が動かないことを理解していたので少しづつ無理をして食べ始めた。

 弁当を食べ終える頃には体力も回復し、動くことができるようになった。

「どうする? もう帰るか? 私としてはもう少し探索しておきたいところだが。マヤに余裕がないのなら帰るとするが」

「少し休憩したから大丈夫だよ。出る時はどれだけ時間がかかっても休み休み移動できるから。少しならいいよ」

「よかった。運よく二階に来ることができたから少しくらいは探索しておきたいと思っていたんだ」

 そう言ったヴィクトリカはまだ地面に座っている舞弥に手を差し伸べる。

 そっと舞弥はその手をとる。

 何度も経験し、慣れてた動作で力を入れることなく立ち上がる。

 ヴィクトリカの力の入れ方も完璧で、一切の無駄がない。

 ダンジョン二階を歩き始め、最初の角を曲がったところで初めて魔物が現れて。

 現れた魔物はスライム。舞弥、ヴィクトリカ双方の世界で有名で、ヴィクトリカの世界では物理的な攻撃に強い反面、魔法による攻撃には弱いことが有名で、半透明な粘液が丸く固まったような見た目をしている。ダンジョンの低層に生息し、よく初心者に狩られている。ただ、数が集まると魔法を使うことができないものにとっては非常に厄介であり、犠牲者が出たこともある。

 舞弥の世界では、国民的RPGに出てくる最弱モンスターとしてが最も有名だが、その強さは作品によって大きく異なる。また、洗濯糊やホウ砂を用いた子供の実験教材としても有名だ。

「スライムか、ちょうどいい。マヤ、一度戦ってみろ。大丈夫、魔法を当てることができれば簡単に倒せる。それに、万が一のことがあれば私がどうにかする」

「う、うん。…… えい」

 舞弥が火の初球魔法をスライムに向かって放つ。

 真っ直ぐ放たれた魔法をスライムは躱すそぶりすら見せずに直撃する。

 スライムが爆散し、核の魔石だけが残る。

 ヴィクトリカが魔石を拾い鞄に入れる。

「さっきの石みたいなのは何?」

「魔石だよ。魔物の体内にあって色々なことに使えるエネルギーの塊のようなものだ」

「なるほど、電池みたいなものね」

「電池が何かはわからないが、恐らく同じようなものだろう」

 舞弥の疑問が解消されたところで探索を再開する。

 しばらく探索を続けると再び魔物が二人の前に現れた。

 現れた魔物に舞弥は顔を引き攣らせた。

 目の前の魔物は体長1メートルほどのカエル、トード。

 虫が苦手ではないとはいえ流石に異世界サイズは舞弥には受け付けなかった。

「マヤ、大丈夫、ではなさそうだな。私が代わりに倒すよ」

「ごめん、虫がダメというわけではないのだけど、流石に。ちなみに、この世界のカエルってこのサイズ?」

「流石にそんなことないさ。普通のカエルは10センチ程だよ。トードは魔物だからな、普通の虫と比べると大きいさ。スライム同様、魔物の中では小さいほうだけどね」

 極力トードを視界に入れないようにしている舞弥とは対照に動きを逃さぬよう視線を逸らさず見ている。

 舞弥はヴィクトリカの裾を軽く引っ張る。早く倒してくれと視線を送る。

 舞弥の視線に気づいたヴィクトリカは魔法を使い、手早くトードを倒す。爆散したスライムとは違い首が取れた状態で残る。元の世界では見ることのなかったグロテスクな光景に舞弥の目の前は暗くなる。

 倒れかけた舞弥をヴィクトリカは支える。

 倒したトードと舞弥を交互に見てどうすべきかを考える。しばらく考えていたヴィクトリカが出した結論はダンジョンのルールに則って行動する。倒した魔物は他の魔物に食べられないよう持って帰るか、完全に燃やすかのどちらか。ヴィクトリカが選んだのは前者、魔物を持ち帰るだった。一時的に舞弥を寝かせ、トードを回収する。舞弥に気を使ったのか、魔法で異空間に収納している。

 トードを収納し終えると舞弥は目を覚ました。

「どのくらい意識を失っていた?」

「5分も経ってないから大丈夫だよ。刺激的みたいだったけど、もう大丈夫かい?」

「今日は肉を食べられそうにないけど大丈夫」

 なら大丈夫だとヴィクトリカは笑う。

「今日はもうこれまでにしようか。それと、明日は完全休暇にしよう。今まで休みがなかったし、今日は肉を食べないからね」

 探索にかけてた時間の半分もかけずに家に戻る。今回はダンジョンを出る直前に気合を入れた舞弥が乙女の尊厳を賭けた戦いに勝利した。少し誇らしげな表情をしていた。

 

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