第2話

眩しい陽の光で舞弥は目を覚ました。

「喉が痛い」

 舞弥の渇きは限界を超えていた。頭痛やめまいなどの症状もあり、動くことすら辛い。

 寄りかかっていた木に手をかけて立ち上がるとフラフラとした足取りで森の中へと入っていく。昨日の恐怖は舞弥にはもう存在しなかった。

 フラフラと、それでいて確かな足取りで森を進んでいく。恐怖で足が重くなっていない分昨日よりも早く進んでいる。

 2時間近く歩き、昨日の倍以上の距離を進みようやく舞弥は川を見つけた。

 最後の力を振り絞ってそれに向かって走り出す。何度も転びそうになりながらも何とか辿り着くと確認もせず顔を突っ込んだ。

 ゴクゴクと喉を鳴らし、満足するまで水を飲み続ける。

 息が続かなくなるまで水を飲むと舞弥は生き返ったと言いたげな表情をする。

「あー、生き返った。って、あれ? ここはどこだろう」

 無意識で歩いてきたので舞弥はここがどこだかわからなかった。

 周りを見渡すが、草木ばかりで何かわかりやすい目印は存在しない。

「どうしよう。どっちから来たのかな」

 何度見てもどちらからやってきたのか分からない。悩むだけ時間の無駄だと悟った舞弥はちょうど今向いている方へと歩いていこうと決心する。

 歩き始めて数分、舞弥は井戸と廃屋を見つけた。

「人が住んでいたんだ。もうずいぶん使われていないみたいだけど持ち主はどうなったのかな」

 井戸と廃屋を調べた結果、麻弥が分かったことは四つ。

 一つ目は井戸はもう使えないという事。二つ目は廃屋は木製ではなく、土とも石とも言えない舞弥にもよく分からない素材で作られている。三つ目は、その建物は廃屋というには立派で、表面は蔦で一杯だったり汚れていたりはしているが風化などはしておらずまだ住むことが出来そうだということ。四つ目は廃屋の中に色々と使えそうなものが残っているということ。

 様々な素材の中からロープを見つけた。

「あ、これは使えそう。錐揉み式では火を起こすことが出来なかったけどこれがあれば弓キリ式ができるはず。小学校の理科の実験でやった記憶がある。うろ覚えだから自信ないけど」

 舞弥は記憶を頼りに装置を作っていく。廃屋には弓に使えそうなハンガーの類もあったのでつくるのは時間が掛からなかった。

「これで、いいんだよね? あれ? こんなのだったかな、何か違うような。……まあ、一回これで試してみよう」

 舞弥は木の棒を弦で擦り始める。

「あれ? 回転しない。なんで」

 回転はしている。しかし、枝は錐揉み式の時と比べて明らかに回転速度が遅い。

 弓の引き方が悪いのかと何度か弾き方を変えてみるが結果は変わらない。

 何かを思い出したかのように舞弥は弓と枝を交互に見る。そして、枝に弦を巻きつけた。

 新しく完成したそれを今までと同じ要領で摩擦を始める。すると、今まで回転しなかったことが嘘のように枝は回転した。

「やったっ。あー、でもどうして枝に紐を巻き付けると回転するようになるんだろう」

 原因について考えるも勉強が得意とは言えないため結論は出なかった。

 考えている間も腕を動かし続けていたので板から煤のようなものと煙が出始める。このことに嬉しくなった舞弥は弓を動かす速度を上げる。しばらくすると煙の勢いは増していき煤の量も増えた。

 十分な量が集まったと思った舞弥は、用意していた燃えやすそうな草木にそれを入れる。それだけでは火がつかなかったので息を吹きかけ酸素を供給する。すると小さく火がつく。さらに酸素を供給していくと小さな火が何倍にも膨れ上がった。

 急に火が大きくなった事に慌てて放り投げてしまった舞弥だったが、運よく準備していた場所に落ちる。

 最初は小さな火種だけだったが、小さな枝に火が移り少しずつ大きくなっていく。

 組み上げた木に火がついたので満足げにそれを眺めていると舞弥はある事に気がついた。

「あれ? これから私食べ物を探しに行かないといけないよね。どうしよう、もう一回火おこしするの嫌だなあ。これってどれくらい持つんだろう。1時間くらいは持つかな?」

「ああ、火が森に移らないかも気にしないといけないのか。山火事になったら間違いなく死ぬ」

 頭を抱えて悩み始めたが結論が出るのは早かった。

「仕方ない。安全第一。一旦火を消して帰ってきてからもう一度火を起こそう。大丈夫、一回やってコツは掴んでいるはず。大丈夫」

 舞弥は近くの砂を焚き火にかけ、火を消す。完全に火が消えると名残惜しそうな表情をするが、それも一瞬だった。

 小屋にあったカゴを持って森へと入っていく。迷わずこの場所に戻って来られるよう印を付けるのを忘れずに歩いていく。目印をつけるナイフも小屋の台所にあったものだ。そのナイフで10歩歩くたびに木に切れ込みを入れていく。

 舞弥は昨日気が付かなかったが、この森には十分生きていくことが可能なほど食べ物が豊富だ。舞弥が食べられると確信した物だけでも人一人食べていくことに余裕がある。小屋からほとんど離れることなく食べ物を確保することができた。

「それにしても木の実しか分かんないな。今はこれでもいいけど、やっぱりタンパク質が欲しいな。肉か魚が食べたい。でも、魚は釣り竿がないから無理だし、動物も、小屋には何故か剣があったけど私には使えないし、かといって罠も作り方知っているわけない。そもそも、どこに罠を仕掛けたらいいのかすら分からない。いや、それ以前に動物の捌き方なんて知らないか。はあ、タンパク質までの道のりは遠いなあ」

 舞弥は小屋へ戻ると採ってきた木の実の一部を台所で川から汲んできた水でよく洗ってから切り分けた。残されていた丁度いい皿に切り分けた木の実をのせ、食卓へと運ぶ。一人で使うには少し大きい。

 切り分けた木の実に小さく齧り付く。その瞬間、舞弥の口内に果実の甘味が広がった。丸一日以上食べ物を口にしていなかった舞弥の味覚には近所のスーパーで購入している甘い果物とは比べ物にならないほどの甘味を感じている。

「甘い。これって、こんなに甘かったかな? 砂糖たっぷりのお菓子に負けてない。むしろ、くどくない分こっちの方が美味しい。もう一生これだけでいいよ。……いや、やっぱり嘘。他のも食べたい。時々でいいからカロリーを全く気にしないジャンクなフードを食べたい」

 夢中に、それでいてしっかり味わいながら木の実を食べているとあっという間に切り分けた木の実がなくなってしまった。もう少しくらいなら食べても大丈夫ではという気持ちになるが、すぐに数が集まるとはいえ時間の無駄になると自分に言い聞かせ、我慢する。

「今日の分の食糧は確保しているから、小屋のなかをしっかりと確認しますか」

 食器を軽く洗い終えた舞弥は軽く伸びをしながら小屋の探索を始めた。

 舞弥がまず調べたのはキッチン。木の実を切り分けるためにしようしたがまだほとんど確認できていない。

「えっと、ナイフが四本。前の持ち主料理しないのかな? 包丁くらい置いといてよ。あとは、木製のまな板、フライパンに片手鍋、うわっ、重たいなこの鍋、プロが使ってそう。ってなんで、鉄製の調理器具が無人島にあるの? 昔は普通に人がいたとか?」

「気になるけど今はキッチンを調べるのが優先。あ、調味料あった。この二つは多分塩と砂糖だね。確かこの二つって基本的に腐らない…… よね。化学で習った気がする。他のは、胡椒と、これは、何かな。分からないや。保存状態は良さそうだからまだ使えそうではあるけど、何か割らないものは使えないよね、残念だけど」

「次はこの箱。見た目は冷蔵庫だけど流石に無人島にはないよね。電気通ってないし。まあ、とりあえず開けてみよう。えっ、なんで冷気を感じるの? どういう仕組み?」

 舞弥は冷蔵庫の隅々まで調べるが掌サイズの石が嵌められているだけで特に変わったところは見つけることが出来なかった。

「なんかよく分からないけど肉の塊が入っている。こんなに大きいお肉見たことない。匂いは…… 腐っているような感じはしない、かな。見た目も新鮮だし。でも、食べるのは流石になー。でも、何となくだけど捨てるのも勿体無いんだよね。まっ、しばらく入れるもの無いし、放置でいいかな。もしかしたら使える時が来るかもしれないし」

 バタンと音をたてて冷蔵庫の扉を閉める。一通りキッチンの確認をした舞弥はトイレへを向かう。

「見た目はまんま日本の洋式トイレだね。水栓式に見えるけどどういう仕組みなのかな? 水を溜めておくようなところは見えないけど。……もしかして、桶か何かに水を入れてきてそれで流す、のかな。それだとちょっと面倒だな」

「流す問題はそれでいいとして、問題は流したあとだよ。この家の持ち主は自力で海まで通る下水管でも作ったのかな。それはそれでかなり凄いけど絶対今はやばい状態よね。見た目はキレイだけどなんだか近づきたくなくなってきたや」

 舞弥は足早にトイレを後にし、脱衣所と浴室へと足を運ぶ。

「脱衣所は見たところ洗面台がないというくらいしか違いはないね。問題は次の浴室、この家の設備には驚かされたけど流石に奇抜なものはないよね」

 覚悟を決めて浴室のドアを開ける。舞弥の目に映ったのはシャワーと浴槽のある普通の浴室。鏡も、シャンプーなどの洗剤もない無機質な浴室。しかし、舞弥は困惑した表情を浮かべている。

「どうしてシャワーがあるのよ。しかもヘッドの部分だけだし。それに、一度に何人も入れるような浴槽だし。これ沸かすの日本でも結構時間かかると思うけど、手作業でとか無理でしょ。この家造った人頭大丈夫かな」

 見るだけで十分だと浴室の確認を終えて舞弥が次に向かったのは寝室。

 最初に舞弥の目に映ったのは大きなベッド。舞弥が使っていたシングルサイズの倍はあるのではと感じる大きさだ。

 舞弥はベッドの側まで近づき、手を押し付ける。長年放置されていたとは思えないほどふんわりとした弾力でその手を押し返す。布団も枕も新品同然で、このまま眠りにつきたいと本能が訴えかけている。

 いつの間にか瞼が重たくなっていたことに驚いた舞弥は急いでベッドを離れ、部屋の隅にあるクローゼットへと向かう。

「服はあまりないのね。見たところ住んでいたのは女性かな。けど、大きい服ばかりだね。私も女性にしたら大きい方だと思っていたけど、家主はそれ以上だね」

 舞弥の身長は175センチと平均以上の高身長だ。そして、クローゼットの中に入っていた服のサイズは、舞弥が来ているそれよりも大きく、2メートル近い人が着るに丁度いいサイズだ。男性であってもそれだけの身長は珍しいが、女性ならそれ以上だ。大きいというのはそれだけではない。体格も細身の舞弥とは違いがっしりとしていたことが服を見るとわかる。

「凄い人がいたものだよ。えーっと、他には。……この箱は何かな? きゃあ」

 クローゼットに置かれた箱の蓋を開けた舞弥は羞恥心で顔を真っ赤に染め、短い悲鳴をあげた。

 箱の中に入っていたのは多数の18禁グッズ。可愛らしい見た目のものから凶悪な見た目のもの、それに、SMプレイに使うようなものまで。ありとあらゆる18禁グッズが箱に入れられていた。興味はあるが、耐性がほとんどない舞弥にとっては見るだけで恥ずかしさが込み上げてくる。

「……。 ここはまた後でにしましょう。数が多すぎます。先にリビングを見て、残った時間でひとつづつ確認です」

 大人のオモチャへの興味を隠すことができず、箱をしまうますら惜しんで小走りでリビングへと向かった。

 リビングへと向かった舞弥は大きめのソファと物干しを無視して隅に置かれている入れ物を調べ始めた。三つある入れ物のうち一つはこの家を発見した時に中を確認していたため、まだ手をつけていない残りの二つの中身を全てリビングに広げる。

 一つ目の箱と違い、二つの箱の中に入っていたものはほとんどが舞弥には使用用途がわからない小物。飾って置くにも見た目は舞弥の好みではなかった。

「ほとんどはよくわからないものだらけだけどこれはビデオカメラのような小さなプロジェクターのような。使い方わからないけど面白そう」

 くぅと小さい音が鳴る。静かなリビングに響き、舞弥に空腹を伝える。

「うーん、お腹すいたけどもう少し待って夕食にしようかな」

 舞弥は腕時計で時間を確認し、食事を引き伸ばす。

 散らかした小物を箱の中に片付け、少なくなった水を川から汲み終えると十分に夜と言えるほどには暗くなった。

 夕食を食べ終えた舞弥は水で濡らした布で体を軽く拭き、着ていた服を洗いリビングにある物干しにかける。一糸纏わぬ全裸であるが、誰もいないので気にするそぶりはない。

 寝室に向かった舞弥は18禁グッズを眠気がするまでと決め確認を始める。

 確認を始めてしばらくすると舞弥は自分の体が火照っていることに気がついた。

「えっ、なんで。何で何もしていないのに体が火照っているし、少しむずむずする。なんか変な気分になってきた。もう寝よう」

 出したものを全て箱の中に戻し、クローゼットに片づける。ベッドに入り布団を頭あままでかぶる。クローゼットを背に丸くなった舞弥だがクローゼットの中が気になりチラチラと振り返っている。

 舞弥の頭にオモチャがよぎるたびに少しずつ体温が上がっていく。布団をかぶっていることもあって汗が滲んでいる。

 今まで味わったことのない感覚に我慢していた舞弥だったが、何度目かの火照りで体の制御が効かなくなる。導かれるように下腹部へと右手を伸ばす。ソコに触れると今まで感じたことのない快感が舞弥を襲った。無心で手を動かしていると快感が膨れ上がり、絶頂に達した。

 快感に包まれた舞弥はそのまま眠りについた。

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