シンデレラは、魔法使いのおばあさんも王子様も待たずに死んだ

よろず

本編

第1話 とある青年の独白

 彼女が死んだ。


 あの日から……俺は虚ろのまま。

 ただただ、これまでの日常をなぞり、呼吸を続けている。



 愛する人だった。

 俺の全てだった。



 王都で騎士になったのは、子爵家の三男で何の力も持たない俺が、伯爵家の一人娘だった彼女を手に入れるためで。

 彼女と、幸せになるためだった。



 綿菓子のような金糸の髪。

 この世の美しい物全てが内包された、アメジストの瞳。

 彼女が笑うと世界が輝いた。

 彼女の声は、どんな音色よりも美しかった。


「ねえ、イグナス」


 精巧な人形よりも美しい彼女は、人形らしからぬ性格で。


「わたくしは将来、探検家になろうかしら! 新しい何かを探し出すの」


 様々なことに興味を持って、無謀なことにも挑戦する。そんな、目の離せない人物だった。


「あなたも連れて行ってあげるわ。二人で世界を飛び回るの。どう? 面白そうだと思わない?」


 運動は苦手で、護身術を習えば何故か自分が怪我をする。

 頭でっかちで、手当り次第に本を読んでは夢を語った彼女。


「君がいれば、何だって楽しいと思うよ。ジェレーナ」


 生きているうちに「愛している」と、伝えれば良かった――。



   ※



 俺の父とジェレーナの父親は寄宿学校時代の親友で、彼女とは家族ぐるみの付き合いだった。

 兄たちは小さなレディの相手を嫌がったから、彼女の相手は毎回俺の役目。


「ねえ、イグナス」


 アメジストの瞳を輝かせて彼女が俺を呼ぶ時は、大抵ろくでもない提案が待っていた。


「この屋敷には幽霊がいるんですって! 一緒に探しに行きましょう」


 使用人たちの噂話を真に受けて、大人の目を盗んだ夜中の屋敷内探検。


「あの丘の向こうに花畑があるんですって! 一人では馬に乗れないから、連れて行ってほしいの」


 可愛らしいおねだりもあったな。



 もっと色々話したかった。



 もっと、彼女の我がままを聞きたかった。



「結婚するなら、あなたがいいわ。大好きよ、イグナス」



 俺も君が好きだと、返せば良かった。

 言えていたなら、今も彼女は生きていただろうか。

 助けてと、俺を頼ってくれただろうか。

 味方がいなくなった屋敷の中、孤独に死ぬことはなかったのではないか。



 ジェレーナ。



 君を失って、もう三年。


 だけど俺は、今でも君が忘れられない。

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